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踏切の電子警報音。定型的なパルス音のなかに、老朽化したスピーカーの振動板の歪みから生じた、微細な高周波のブレ――およそ四千ヘルツの鋭利なノイズ――が混ざり合っている。
「あ、」
声にならなかった。
その4キロヘルツの正弦波に近い鋭利なノイズが、まるで加熱された針のように、私の耳小骨を突き破って脳幹へダイレクトに突き刺さる。
脳内の神経細胞が一斉に過電流を起こし、視界が明滅した。
平衡感覚が消失する。吐き気が胃の底からせり上がり、私はその場に膝を折った。コンクリートの冷たい感触すら、巨大な質量となって私を押し潰そうとする。
両手で耳をきつく塞ぎ、頭を膝の間に埋めて体を丸める。外界からのインプットを物理的に遮断しようとするが、一度閾値を超えてバーストした脳幹の激痛は止まらない。
痛い。うるさい。熱い。
世界がノイズで破綻していく。このまま私は、この雨上がりの不快な路面の上で、過剰なデータに押し流されて死んでしまうのではないか――。
その、完全な暗黒と混乱の渦中。
ふっと、頭上からノイズが引き算された。
耳を塞いでいた私の両手の上に、柔らかく温かい別の皮膚の感触が重なり、続いて強固な物理隔壁が私の両耳を包み込んだ。
耳を覆う密閉型のシリコンパッド。アクティブ・ノイズキャンセリング・ヘッドホンが逆位相の音波を出力し、狂ったような踏切の警告音と外界の雑踏を、水底のような静寂へと強制的に沈めていく。
「――っは、」
息を吸い込んだ私の鼻腔に、今度は鋭く冷涼なハッカ油の香りが滑り込んできた。
目の前に差し出された、清潔なコットンのハンカチ。ゲオスミンの泥臭さも、人工柔軟剤の毒々しさも、その一条のメントール成分によって一瞬で中和され、上書きされていく。
冷たい静寂。
過熱した私のプロセッサが、急速に冷却されていくのがわかった。
涙で滲んだ視界をゆっくりと持ち上げる。
私の前に屈み込み、心配そうにこちらを覗き込んでいる人影があった。
肩のあたりで無造作に切り揃えられた、少し癖のある柔らかな茶髪。いつもの、少しサイズの大きなカーディガン。
彼女の輪郭は、RAWデータの世界のなかで、不思議とボケていた。鋭利な輪郭を持たず、私を傷つけないファジーなシステム。
「大丈夫、英里菜?」
ヘッドホンのスルー機能(外音取り込みモード)を通じて、適度に減衰された千紗の優しい声が鼓膜に届く。
彼女のぼやけた笑顔と、ハッカの清涼な空気だけが、私とこの地獄のような外界とを繋ぎ止める、唯一のセキュアなバッファ(緩衝領域)だった。
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