53.冷えた手のままで
「……そう言う割に、嬉しくなさそうだね? ロゼリア」
室内に漂う気まずい沈黙を破り、普段より控えめなトーンで発言したのはハルヒトだった。
あたしはハルヒトを見つめ返す。感情的になりそうな自分を抑えつけ、極力平静を装った。足を組み替えながら、肩を竦めて小さく笑う。
「全部あたしが集めるつもりだったんだもの。今の話は。
……勝手に集まってきたら拍子抜けしてもしょうがないじゃない?」
「集めるつもりだったって……何のために?」
「言ったでしょ。言わないわ、絶対に」
やや食い気味になったセリフには棘が混ざってしまった。ハルヒトがむっとする。
喧嘩をしたいわけじゃないんだけど、どうしても今のあたしには余裕がない。
事情が話せないのは当然としても、それ以上に今のあたしの感情をこいつらに悟られたくないという気持ちが強い。
――どうして裏切ったような、後ろめたい気持ちになるのよ。
舌打ちをしたい衝動を抑え、みんなの視線を遮るように額を押さえた。
「六人がかりであたしを責めないで頂戴」
「責めてないけど……拗ねたくはなるよ」
ハルヒトが言葉通り拗ねたような顔をして溜息とともに肩を落とした。
「君のためなら何でもしたい、って思ってるのに。君は何もさせてくれないから」
……こういう時。
相手を傷つける言葉、遠ざける言葉はいくらでも思い浮かぶ。
けれど、それ以外の言葉は何も思い浮かばない。
彼らを信じてないわけじゃない。でも、”ここはゲームの世界で、前世の友人が拉致監禁されている”なんてことを馬鹿正直に話す気には到底なれなかった。
あたしが必死になっていることを、僅かでもぞんざいに扱われたり馬鹿にされたら、きっと絶対許せない。
だから、話せないし話さない。
だから、あたしだけの問題にしておきたい。
エアコンの羽が動き、温風が吹き出す音だけが聞こえてくる。
あたしはゆっくりと立ち上がった。
「報告は以上でいいかしら? 用事ができたから解散よ」
はっきり言うと、全員のぎょっとした視線が集まった。
「ええっ!? お、お嬢、なんで、」
「あんたたちの話のお陰でやることができたの。だから、部屋から出てって頂戴。
ああ、椅子もちゃんと持っていってね」
あまり感情的にならないよう、極力静かに言う。全員びっくりしていた。
「ほら早く」と追い立てるように手を揺らせば、渋々と言った感じで全員が立ち上がる。
けれど、アリスだけが我慢できないとばかりに近付いてきて、あたしの両手をガシッと掴んだ。
「ッ、ロゼリアさま!」
「な、何よ……」
何故かアリスは泣きそうだった。アリスの手は温かく、あたしの手が冷えていることを思い出させる。
「……む、無理しないでくださいね」
「してないわよ、無理なんて」
「あの、わたしは……いえ、わたしたちは、責めてるんじゃないんです……ロゼリアさまの役に立ちたいのに、上手く役に立てないのが、歯がゆいんです……」
アリスが手にぎゅっと力を込める。まるで冷えたあたしの手を温めるように。
真っ直ぐな視線と手の温かさに耐えきれず、ふっと顔を逸らした。
「……言ったでしょ。あんたたちの話は有益だった、って。ちゃんと役に立ってるわ」
「で、でも――!」
有益だったのは本当。役に立ったのも本当。
ただ、みんなの働きに対して心から感謝を言えないだけ。
悔しそうに言い縋るアリスの肩に誰かの手が乗る。
「白雪、止せ」
「白雪さん、一度出ましょう」
ジェイルとユキヤだった。流石年上二人組って感じの対応。アリスを止めてくれてホッとする。
アリスはちょっと泣きそうな顔をしてからあたしを見上げてから、渋々手を離した。一歩離れてから、頭を下げて「失礼しました」と言う。
ジェイルに連れられる形でアリスが出ていく。
他のメンバーは不満そうな、或いは不完全燃焼な表情とともに部屋を後にした。
誰もいなくなった部屋に一人、さっき座っていたソファに倒れ込むように腰を下ろす。
ぼんやりと天井を見上げた。エアコンの音がさっきより大きく感じる。
「……とりあえず、ディディエに話を聞いてみなきゃ」
まず何をするかを口に出す。けど、ディディエに話を聞いてからどうするのかはまだ決めてなかった。
――そもそも、どうやってコウセイさんに罪を突きつけるのか。
あたしは夢のおかげでヴィオレッタが監禁されていることを知っているだけに過ぎない。つまり完全な部外者。部外者が急に「ヴィオレッタはギャラリーの地下室に監禁されているのよ!」と言ったところで、周囲が信じるとは思えなかった。
というか、お家騒動に口を出すのはまずい……。
ザイン、ディディエ、カミル。三人の誰かに動いてもらわないと……。
……ああ、また遠ざけようとしている。
迷うことで時間を稼ごうとしている。
そんな自分が嫌で、あたしはもう一度立ち上がった。
ゆっくりと息を吐き出し、両手で思いっきり頬を叩く。誰もあたしを叩かないなら、自分で叩くしかない。
「よし」と気合を入れ、さっき食べきれなかったサンドイッチを食べてから早足に部屋を出る。サンドイッチはきっと美味しかったと思うのに、味はよくわからなかった。
◇ ◇ ◇
……勢いよく部屋から出たものの、あたしはディディエの部屋がどこにあるか知らなかった。
コウセイさんがくれた見取り図にも流石に個人の部屋までは記載されてない。
屋敷の使用人を探して、ディディエの部屋を聞いて、何とか辿り着くことができた。道中は相変わらず静かだった。
「……入れてくれるのかしら」
一抹の不安を覚えながら、ゆっくりと手を持ち上げる。
コンコンと扉をノックしてみた――。が、反応はない。
二度、三度とノックをしてみるものの、全く反応がなかった。
顎に手を当てて扉を見つめ、首を傾げる。
「まさか、いない?」
「何の用だ」
「きゃあっ!?」
不意に背後から聞こえてきた声にビクッと肩を震わせる。
慌てて振り返ると、不機嫌そうな顔をしたディディエが立っていた。冷たい気配が背中に触れる。
周囲に人影はなく静かで、窓の外では相変わらず雪がちらついている。
ディディエはあたしの悲鳴を気にするでもなく、じっと見下ろしていた。
「何の用だ、と聞いている」
「……あんた、もうちょっと愛想よくできないの?!」
「お前にする必要はないだろう。で、何なんだ」
「……話がしたいのよ。部屋に入れてくれない?」
ディディエの”とにかく用件を言え”と言わんばかりの態度にこっちが折れることになった。溜息をつきながら、ちらりと部屋の扉へと視線を向ける。
が、ディディエは腕組みをして、視線を逸らした。
「断る。話ならここでしろ」
「はあ!?」
「お前と自室で二人きりなんて絶対に嫌だ」
素気ない態度とセリフ。
手がぷるぷると震えてしまった。――怒りで。
……落ち着け。落ち着くのよ、あたし。
まず、ディディエはあたしを嫌っている。
嫌いな相手を部屋に入れたくないのは当たり前の話で、そもそも話をしたいと言ったのはあたし。聞く聞かないはディディエに決定権がある。ディディエが「話なんてしたくない」と言う権利は当然ある。
あたしはゆーっくりと深呼吸をした。心を落ち着かせてから、ディディエを見つめる。
「……わかった。話をしてくれるならここで我慢するわ」
「手短に話せ」
「……。あんたがジェイルと話したことを聞いたの。ジェイルに話したことは全部事実というか、本当のことって受け取って良いのかしら」
怒りと苛立ちを抑え、極力静かに話す。
あたしの言葉を聞いたディディエは少なからず驚き、ようやく視線があたしに戻った。
「……嘘をついてどうする。というか、何故そんなことを気にするんだ?」
「ザインからの話を踏まえると、気になる話だったのよ。
何をどう聞くのが正解かわからないけれど……あんた、何か困ってるの?」
いきなりヴィオレッタやコウセイさんのことを口に出すのは違う気がしたので言葉を濁す。誰かに聞かれても困る話題だし……。
ディディエの表情には焦りや困惑、戸惑いなどの感情が浮かぶけれど、言葉が発せられることはなかった。
あたしもディディエも何も言わず、沈黙が続く。
外で雪の落ちる音が聞こえてきた。
小さく溜息をつき、視線を落とす。
「ザインから聞いた話と照らし合わせると……あんたは何か知ってるのよね。
ザインとカミルの意向を優先して何もしないのが不思議なんだけど……何か理由があるの?」
可能な限り言葉を選びながら聞いてみる。
ザインとカミルの名前を出した瞬間、何故か視線が鋭くなり、普段通りの不機嫌そうな表情に戻っている。
というか、……なんか怒ってる?
ディディエがこんな表情をする理由がわからなくて、あたしはその場に立ち尽くしてしまった。




