52.突きつけられた答え
メロも何だか緊張しているみたいだった。ユウリやジェイルと一緒。
話に積極的に加わってこないハルヒトもアリスも、さっき急に口を挟んできたユキヤも、何故か一様にあたしの反応を見ている気がする。
あたしは報告を受けている側なのに、観察するような視線が向けられているせいで居心地が悪い。
メロは気まずそうにあたしを見たり視線を外したりしながら口を開いた。
「えーっと、まずはお嬢に謝らなきゃいけないんスけど……」
「……謝る? 朝の態度が随分悪かったことかしら?」
すっと目を細めるとメロがぎくりとする。視線が忙しなく動いていた。
……敢えて咎めなかったけど、ムカついたのも事実なのよ。
「そ、それもあるんスけど……それ以外にも、あって……」
「わかったわ。さっさと言って頂戴」
あたしがそう促すとメロはゴクリと喉を鳴らしていた。……こいつがこんなに緊張してるのも珍しい気がするわ。
周囲もメロが何を言うのか気にしているみたい。
メロが話をし始めるまでの時間がやけに長く感じられる。あたしは静かに足を組み替えていた。衣擦れの音が僅かに響く。
「あのー……お嬢が今日の朝、コーセイさ、んと、散歩してたじゃん?
じ、実は……おれ、お嬢が朝早くから出てくの気付いて、……そのまま後、つけてたんスよ……」
シーンと部屋が静まり返る。誰かが息を呑む音が聞こえた。
――こいつ、何をどうしたって?
あたしはメロの言葉を咀嚼して、理解するまで随分と時間を要してしまった。見れば、ジェイルとハルヒトもあたしと同じ反応をしている。ユウリとアリス、そしてユキヤは何を言うかわかっていたと言わんばかりの表情だったけど。
ガタ、と音を立てて立ち上がったのはジェイルだった。やけに大きく響いた音に肩が震えてしまう。
「花嵜、お前……ッ、六堂家の屋敷で何を――!」
「悪かったって! 勝手な行動したのは悪かったよ! でもさぁ、気になっちゃったんだからしょうがねーだろ!」
「何かあれば責任が問われるのはお嬢様なんだぞ!?」
ジェイルが声を荒らげている。規則なんかにうるさい人間だからしょうがない。
……けど、「六堂家の屋敷で何を」という部分はあたしにもバッチリ当て嵌まるからメロを責めることができないのよね。
どうしてかユウリとアリスも気まずそうな顔をしているし……。
メロに掴みかからんばかりの勢いのジェイルを見て、あたしは軽く手を揺らした。
「ジェイル、その辺にしておいて頂戴」
「し、しかし、お嬢様」
「勝手に行動していたのはあたしも同じよ。それに、先にメロの話を聞きたいわ」
ぐっと拳を握りしめ、ジェイルが不満そうな表情を見せた。
ジェイルはメロを一瞥してから、渋々といった様子で椅子に座り直す。ギシッと椅子が微かに軋む。
メロは胸を撫で下ろしている。ジェイルのことを気にしながらあたしを見て、話を続けた。
「で、朝からギャラリーの方に向かうお嬢をつけて、ずっと様子を見てたんスけど……」
「……あんた、ストーカーの才能あるわよ」
「もお! 違うッスよ! そういうつもりじゃなかったって!!」
思わず突っ込めば、即座にメロが否定をしてくる。が、周囲の視線は冷ややかだった。
……ん? ずっとあたしの後をつけてたってことは――。
「途中で木の枝を踏んだような音がしたけど……あれってあんたなの?」
「そ、そうッス。あの時は見つかるかと思ってめっちゃヒヤヒヤしたッスよ……」
はー、とメロが息を吐き出している。
……何? じゃあメロ相手にあたしはあんなに驚いてたってこと?
相手がメロということもあってどうしても空気が緩む。さっきまでは妙な緊張感があったのに、緊張感がどこかに消えてしまっていた。
けど、そう思ったのも一瞬のこと。
不意にメロが真剣な目をしてあたしを見た。
確実に、あたしの知らない何かを知っている――。そんな目だった。
この先を聞かない方が良いと頭の中で警鐘が鳴っているような気がする。
「前置きが長くなったんスけど、こっからが本題。
コーセイ、さん。あのヒト、”ランニングしてた”って言ってたッスよね。朝、おれらの前で」
「ええ、そうね」
「ギャラリーの前でお嬢に会った時も言ってたんスか? ランニングしてた、って」
「……言っていたわ」
短く答えると、メロが困ったような顔をして腕組みをする。
そして僅かに言いづらそうな顔をしてから、あたしの表情を窺うように視線を彷徨わせた。
「――あのヒト、ランニングなんかしてなかったッスよ」
ドクン。と、心臓が大きく響き、同時にキィンと耳鳴りがする。
一瞬心臓が止まったかと思った。
けれど、ドクン、ドクンと鳴り続ける。その音が室内に響いてるんじゃないかというほどにうるさい。
「少し離れたところからお嬢のことを見てて……なんか結局声かけることにしたって感じだったんスよ。
多分ランニング自体は嘘じゃないんスよね。でも、お嬢に会った時にランニングしてなかったのは間違いないッス。
それで、」
メロが言葉を切り、手に持っていた紙を広げてあたしに見せる。
それはコウセイさんが用意してくれた見取り図だった。あたしに渡したのと、同じもの。
――やめて頂戴。まだ心の準備ができてない。
その言葉が喉元まで迫り上がってきたけど、結局声になることはなかった。
さっきから心臓の音がうるさい。メロの声がかき消されてしまいそうなほどに。
「元々コーセイがいたのがこのへん。お嬢に声をかけるために、ちょっと道を変えてたんスよね」
言いながら、メロが見取り図の上に指を滑らせる。
……ユウリが話している時に、ハルヒトとユキヤに話していたのはこのことなんだろう。ハルヒトに見取り図を借り、見取り図の方角を確認していた。
メロの持つ見取り図。
そこには東西南北の方角が書き込まれている。
そして、メロが指し示したのは――間違いなく”北東”だった。
朝の情景が、コウセイさんの表情や言動が、脳裏でフラッシュバックする。
あたしは今、どんな顔をしているんだろう……。
自分の表情を探すようにメロの目を見る。メロは投げた棒を拾ってきた子犬みたいに無邪気に嬉しそうにしていた。
「さっきユウリが地下室のあるギャラリーが北東って言ってたじゃないッスか。
”あれ?”って思ったんスよね。理由はわかんないけど、ひょっとしたらって――……。
……お嬢? どうかした……?」
急にメロが心配そうな顔をする。さっきまで得意げな顔をしていたくせに。
うるさかった心臓の鼓動はいつの間にか静かになり、まるで全てを諦めたように普段の速さに戻っていた。エアコンが温風を流す音が聞こえてくる。
メロの瞳に映ったあたしは普段通りの顔をしていた。
でも、どこか不格好だった。無理をしているのが一目でわかる表情。
自嘲気味に溜息をつき、顔を隠すように額を押さえる。指先が冷え、微かに震えていることに気付いた。
「別に。何でもないわ」
「何でもないって感じじゃ……ない、んスけど……。
なんか、まずいこと言っちゃった感じッスか……?」
呼吸が震える。あたしは何度か短く呼吸を繰り返して、自分自身を落ち着けた。
ゆっくりと顔を上げて、ジェイル、メロ、ユウリの三人を見つめる。
三人とも、いえ、この場にいる全員がすごく心配そうな顔をしていた。
あたしは何でもない顔を作って笑う。口元に触れる指先は、先ほどと変わらずに冷たい。
「あんたたちの話はすごく有益だったわ。
あたしは何も言ってないし、言う気もないのに……本当に――ありがとう。
伯父様にお願いしてボーナスでも出して貰わなきゃね」
淡々と、感情を抑えて言った。最後に笑みを深くして。
プライドがそうさせたに過ぎず、本心じゃない。どうして今そんなことを報告するのと、理不尽に怒りたい気持ちをぐっと堪えていた。
周囲からは戸惑いが伝わってくる。
中身のない感謝の言葉を口にしたのがわかっているからだろう。
何か言いたいのに言えない。そんな気持ちがひしひしと伝わってくるようだった。
心の準備も、気持ちの整理のつかないうちに証拠が揃ってしまった。
――コウセイさんが黒幕であるという証拠が。
わかったなら、やることは一つ。
なのに、あたしはどうしても動くことがでできなかった。




