47.何事もなく
コウセイさんは室内をぐるりと見回して、「あれ?」と声を上げた。
あたしとザインを交互に見て、首を傾げる。
「ディディエと……えーっとジェイル君は?」
コウセイさんは二人がいないを不思議に思った様子。
あたしは思わずザインを見てしまった。ザインはこちらを見ることもなく、面倒臭そうにコウセイさんを見た。
「仕事だってさ」
「この雪の中?! おま、止めなかったのか?」
「止めたよ、止めましたー。それでも行くって聞かなかったんだからしょうがねぇだろ」
ザインの言い分はまるで子供みたいだった。コウセイさんもそう思ったようで、渋い表情をしている。
しかし、ディディエの仕事についてはしょうがないと感じているみたい。
それ以上の追求はせず、もう一人の不在について口にした。
「ジェイル君は? トイレ?」
コウセイさんは不思議そうな顔をしたまま。
正直に答えるしかないし、あたしから言った方が良いかと思い、口を開きかけた――けど、ザインの方が早かった。
「雨宮がついてってくれたんだよ」
ピクリとコウセイさんの眉が跳ねる。ザインとカミルに責めるような視線を向けた。
一瞬、室内の空気が張りつめた。暖房の低い音だけが、やけに大きく聞こえる。
彼の表情からは客であり部外者をどうして、という感情がありありと読み取れる。
また兄弟喧嘩に巻き込まれるのは真っ平。
そう思いながら、コウセイさんを見た。
「流石にこの雪じゃディディエ一人を行かせるのは心配だったの。あたしの指示よ、コウセイさん」
「……本当に?」
「ええ、本当よ。この雪だもの、イレギュラーは仕方ないんじゃないかしら」
視線を逸らさず、あえて瞬きもしなかった。
こういう時、やっぱり堂々と言い切ってしまうに限る。自信なさそうにしていたり、あやふやな言い方では、どうしても相手に不信感を抱かせてしまう。
案の定、コウセイさんは口を閉ざしてしまった。
主人であるあたしがこう言っている以上、それこそ部外者のコウセイさんは口を出せない。
コウセイさんはやれやれとため息をつき、肩を落とした。
「わかった。そういうことなら……俺が口を出すのは無粋だった。
――ザイン、カミル。変に疑ってしまって悪かった」
そう言って弟たちに謝罪するコウセイさん。誰も言葉を返さず、視線だけがそれぞれ別の場所に散った。
ザインとカミルは何とも言えない顔をしている。……本当は文句を言われてもしょうがないんだから当然の反応よね。
そして、改めてと言った雰囲気でコウセイさんがあたしとハルヒトを見た。
「で、だ。俺がここに来た用件なんだけど……。
ロゼリアさん、ハルヒトさん。ちょっと来てくれないかな?
父さんから連絡があってね。二人にどうしても挨拶したいんだって」
思わずハルヒトと顔を見合わせ、ほぼ同時にソファから立ち上がった。
室内にいるメンツの中に、あたしたちの行動に異を唱えるものはいない。
……そりゃ、六狼会の現会長であるジョウジ様に呼ばれたら従うしかないわよ。事情があるとは言え、宿泊させてもらってるんだし、何よりも立場が相手の方が上だもの。
こういう機会でもなければ直接お礼も言えないしね。
「ちょっと席を外すわ」
「オレも。映画、適当に見てていいからね」
そう言ってあたしとハルヒトはコウセイさんとともに部屋を一度出ていくことになった。
ユウリ、アリス、ユキヤの三人は「いってらっしゃいませ」と見送ってくれ、メロはものすごく何か言いたげにしつつ「いってらっしゃい」と朝よりはマシな反応を見せた。
ザインとカミルは微妙な表情をしてたけど、何も言わなかった。
部屋を出ると、コウセイさんが「こっちだよ」と先導してくれる。
あたしとハルヒトは大人しくその後をついていく。
三人の足音だけが響く。廊下がやけに長く感じられ、雪の降り積もる音すら聞こえてきそうだった。
無言で歩いていき――やがて、沈黙に耐えかねたようにハルヒトが言葉を発した。
「コウセイさん。アオさんを見ないけど、どうしたの?」
「ああ……」
問いかけを聞いたコウセイさんが苦笑する。
「アオは事務仕事の方が性に合ってるらしくてね、前に出るのは好きじゃないんだよ。
だから皆の応対は俺が、それ以外はアオが、って役割分担してるんだ」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、アオさんは今どこかで他のことを?」
「うん。急な連泊で、しかも父さんが不在だからね。屋敷内ではアオが指示出しをしてる」
あたしはハルヒトと一緒になって「なるほど」と感心してしまった。
兄弟が多いとこういう時便利よね……業務を分担できるし、兄弟だから性格もわかってて話がしやすい。ま、まぁ、そのせいで後継者争いが起きるんだけど……。
けれど、それはそれとして急な連泊という単語に引っ掛かりを覚えてしまった。
「急に泊まることになって本当に申し訳ないわ」
「えっ?! い、いやいや、そんなつもりじゃないんだよ。
何事も助け合いだからね、本当に気にしないで。――じゃあ、こっちにどうぞ」
焦るコウセイさんが通してくれたのは、昨日とは別の応接室。
準備万端とばかりにテーブルの上には電話が鎮座している。
……一気に緊張するから、こういうのやめて欲しいわ。
「そっちのソファに腰掛けて、少し待ってて。俺が父さんに連絡するから」
言われた通り、あたしとハルヒトは言われた通りにソファに腰掛ける。
目の前でコウセイさんがどこかに電話をかける。
どうやら秘書に繋がるようで、コウセイさんの「ああ、俺です。父さんは?」と話をしてジョウジ様を呼び出していた。程なくして、ジョウジ様にあたしたち二人と別室にいることが伝えられる。
そして、コウセイさんが「はい」と受話器を手渡してきた。
――あたしに。
くっ、あたしからか……! 番号順で、八雲会のハルヒトかと思ったのに……。
緊張しつつ受話器を受け取り、そっと耳に当てる。
「お電話代わりました。ご無沙汰しております、九条ロゼリアです」
『久しぶり、ロゼリアさん。六堂ジョウジです。愚息が考えなしに招いてしまって悪かった』
う、わー。相変わらずの超低音ボイス。
体の芯に響くというか何と言うか……緊張を煽る声だわ。
「いえ、とんでもありません。こちらこそ急なことだったのに、宿泊させていただけて感謝しています」
『そう言って貰えると助かるよ。何か困ったことあればコウセイに言ってくれ。
雪が落ち着くまでは滞在して貰って構わないからね。遠慮は無用だ。
申し訳ないが、ハルヒト君に代わってもらえるかな?』
「お気遣いありがとうございます。では、代わりますね」
ふーーーー。と、長めに息を吐き出しながら、ハルヒトに受話器を手渡す。
流石のハルヒトも緊張しているみたいだった。受話器を耳に当てて、あたしと同じように挨拶から入っている。
「はい。いえ、そんな……勉強させて頂きました。まだまだ若輩なのでコウセイさんとアオさんには色々と教えてもらってばかりです。はい、はい、ぜひまた機会を頂けると嬉しいです。
では、コウセイさんに戻しますね」
何の話? と疑問に思ったけれど、すぐに氷解した。
ハルヒトはコウセイさんたちと交流会で、その流れで帰れなくなって滞在してる。そのことが話題になってたのね。
ジョウジ様との話を終えたハルヒトはホッとした様子で受話器をコウセイさんに戻していた。
「代わりました、コウセイです。うん、うん……こっちはこっちでちゃんとやっておくから、心配しないで。
じゃあ、また何かあれば連絡します」
通話が切れ、コウセイさんがそっと受話器を置いた。
受話器が台に置かれる乾いた音がやけに響き、その音と共に部屋を支配していた妙な緊張感がふっと解ける。
そして、コウセイさんはあたしたち二人の顔を見ておかしそうに笑った。
「二人共お疲れ様」
「……昨日はコウセイさんが父さんと連絡してるのを見て笑いそうになってたけど……こんな気持ちだったんだね。
やっぱり他の会長と会話するのは緊張するなぁ……」
「とは言え、俺とは違って二人共全然堂々としてたよ。やっぱり次期会長に近いからかな?」
さっきまでの緊張を和らげようとしてか、コウセイさんの言い方はどこかおどけた感じ。
しかし、あたしもハルヒトも『次期会長』という言葉に何とも言えない顔をしてしまう。
……確かに『後継者候補』ではあるけど、残念ながら『次期会長』に興味がないのよ。あたしたちは。
とは言え、そんなことを目の前にいる彼に言えるはずもなく、「そんなことない」とあやふやに笑うしかなかった。




