46.あたしの知らない動き
あたしは、周囲の人間があたしのために情報収集をしているとは思わなかった。
それを知るのは、もう少し後のこと――。
ほどなくして、ユキヤだけがシアタールームに戻ってきた。
既に映画も始まってるので邪魔をしないように静かに。
しかし、ユキヤしかいないことにあたしもハルヒトも顔を見合わせ、ハルヒトの方が先に口を開いた。
「あれ? メロは?」
「真瀬さんに鍵を預けっぱなしだったようで、一度図書室に戻りました」
「……あ、そっか。二人部屋だっけ。で、メロとは何の話してたの?」
「ふふ、秘密です」
ハルヒトの問いかけにユキヤは口元に人差し指を立ててにこやかに答えていた。
堂々と「秘密」と言われてしまうとちょっと面食らう。ハルヒトもザインも同じだったようで目を丸くしている。
ただ、ハルヒトが更に「秘密」について尋ねるかと思いきや――肩を竦めて苦笑するだけだった。
「……それならしょうがないね」
この反応に少なからず驚く。
ハルヒトは好奇心旺盛と言うか、知りたがりな側面があった。だから、「秘密」なんて言葉ではぐらかされたら益々興味を持ってしまうんじゃないかと思ってたのに、あっさり諦めたのが本当に意外。
ユキヤは何喰わぬ顔であたしとハルヒトの後ろにあるソファに腰掛けた。
そして、スクリーンに映っているワンシーンを見て、「おや」と声を上げる。
「”窓の多い建物”ですか。いいですね」
ひと目見ただけで映画のタイトルを当てるユキヤ。
あたしは思わずユキヤを振り返ってしまった。
「知ってるの?」
「ええ、クローズド・サークルものの映画としては評価が高い映画です。私も見たことがあります」
「……犯人、言わないでよ」
「そんな無粋なことはしませんのでご安心を」
釘を刺すとユキヤがおかしそうに笑う。
会話はそこまでにして、全員スクリーンに視線を向けた。
……悔しいことに普通に面白くて見入ってるのよね。この時間に考え事でもしようと思ってたのに想定外だわ。もっとつまらなさそうな映画を選ぶべきだったかも。
ユキヤ以外の三人は普通に集中してしまっていた。
「……あの女が怪しい。ほら、代理で来たとかいう姪の……」
第一の殺人が起きたところで、あたしは思わず呟いていた。
ハルヒトとザインの二人が何か言いたげにあたしを見て、先に口を開いたのはハルヒトだった。
「えー? それよりも第一発見者じゃない?」
「いやいや、何見てんだよ。遅れてきた男が明らかに怪しいだろうが」
などと、三人で盛り上がってしまう。
まだ序盤で、これから連続殺人が起こるという段階。なのに、特に理由もなく印象だけであたしたちは「こいつが怪しい」とめいめいに推理をしていた。ちなみに特に根拠はなく、ただの印象での決めつけ。
それを聞いて、笑いを噛み殺していたのは他ならぬユキヤ。
思わず振り返ってユキヤを睨んでしまう。――ハルヒトもザインも同様。
ユキヤは口元を押さえて、ゆるゆると首を振っていた。
「す、すみません。何でもないです。……どうぞお気になさらず」
ユキヤは申し訳なさそうにしていたけれど、それ以上に笑いが押さえられないようだった。
……これ、多分あたしたちが「こいつが怪しい」と言った相手は犯人じゃない、ってことよね。犯人は確かに言ってないけど……! まるで推理の浅さや第一印象での決めつけを笑われた気分……。
気にしてもしょうがないと映画に集中し直したところで、メロがそーっと部屋に入ってきた。
――映画鑑賞中というのをわかっているからか、いつになく静かで行儀が良い。
一瞬だけ視線が合ったけど、朝の態度の悪さのことがあったから無視をしてしまった。
メロは小声でユキヤと二、三言葉を交わしてから、あたしの座っているソファの背後から顔を出す。
そして、こそりと耳打ちしてきた。
「……お嬢、あとで時間くれないッスか」
映画の音声にかき消されてしまいそうなくらいな小声。
あたしは耳だけ貸して、振り返らずに答える。
「どういう風の吹き回しよ」
「えっと、あの……あとで説明するんで……」
「ふーん? いいわよ、別に」
「じゃ、またあとで……」
それだけ告げると、メロはユキヤの隣のソファに腰掛けた。
……別れるまでの機嫌の悪さはどうしたのよ。急に殊勝になるからびっくりしたわ。
この短時間でどういう心境の変化があったのかしら?
それを聞くのも、映画が終わってからね。
そして映画の内容――。
まさか、あたしたち三人が「こいつが犯人に違いない」と怪しんでいた人間が次々と殺されるとは思わなかったわ。
犯人じゃなく被害者をピンポイントで当ててたんだもの……ユキヤが笑うのも無理はない。
映画は一時間半ほどだった。結構集中して見ちゃったわ……。
スタッフロールが始まったところでザインが立ち上がった。
「面白かったな。次、どうする?」
「ちょっと休憩させて頂戴」
言いながら、ゆっくりと立ち上がる。
映画の最中にメロに「あとで」と言われたことは流石に忘れてない。早い内に話を聞きたいと思ってメロを振り返る。
メロはすぐにでも話をしたそうな雰囲気があった。
どこか場所を変えて、と思ったのだけど……。
そんな思惑を邪魔するみたいに、コンコンとシアタールームの扉がノックされる。
全員がそちらを向くと、カミルが扉を開けてゆっくりと入ってきた。朝よりは調子良さそうだわ。
「良かった。映画が終わったところみたいだね」
カミルがスクリーンを見てほっとした顔を見せる。ユウリとアリスも入ってきた。
減った三人が戻ってきて、今は七人。あとはジェイルとディディエだけね。
朝よりは調子良さそうなカミルを見てザインが小さく笑う。
「――カミル。どうよ、調子は」
「図書室で休ませてもらったおかげでかなりよくなったよ」
「そりゃよかった。……二人に礼は言ったんだろうな?」
そう言ってザインがユウリとアリスに視線を投げた。釣られて二人の方を見ると、二人ともどこか気まずそうに肩を竦める。
カミルは「やだなぁ」と言いながら笑った。
「そこまで礼儀知らずじゃないよ。図書室を出る時にちゃんとお礼は言ったって」
カミルは「ね」とユウリとアリスを振り返る。
二人とも「はい」と答えているものの――何だか違和感。作り笑いというか、取り繕っていると言うか?
あたしは思わず二人を交互に見つめてしまう。
ただ、あたしの向けた視線の意味を”カミルがお礼を言ったのは嘘じゃないか”と勘違いしてしまったらしく、二人ともわたわたしだした。
「ほ、本当です。何度もお礼を言われてしまいました」
「そこまで感謝されるほどではなかったと思うのですが……お役に立ててよかったです」
ユウリとアリスの弁明を聞いてカミルが苦笑している。
……あたしが気にしたのはそうじゃなくて、”なんか二人とも様子がおかしくない?”ってことだったんだけど……。今聞くことじゃないかも。あとでチャンスがあれば聞いてみよう。
それで。
メロの話を聞きたいのだけど――。そう思いながらメロを見る。
すると、メロは何とも言えずに気まずそうな顔をしていた。……なんで?
「メロ?」
思わず声をかけると、メロがちょっと焦った様子を見せた。
「や、お嬢。今はいいや。後で、ちゃんと時間が取れる時で……」
しきりに周囲を気にしている、ということは、人が多いのが気になるのね。
どんな話かもわからないし、ゆっくり時間を取れる時が良さそう。
「わかったわ。じゃあ、また後で――」
「ごめんね、失礼します」
ノックをしながら部屋に入ってきたのは――なんとコウセイさんだった。
全員の視線が一斉にそちらを向き、あたしとハルヒトを覗いたメンバーに緊張が走る。
なんだかんだで会長や次期会長不在の屋敷では、長男であるコウセイさんが全ての決定権を握っている。
そういう意味では一同が緊張するのも無理ないこと。
ザインとカミルがあからさまに「げっ」という顔をしていたのが印象的だった。




