44.バック・グラウンド・ノイズ ~嫉妬の残響~
何故かユキヤに呼ばれて、廊下で二人きりになってしまった。
とは言え、メロはどうしてユキヤに呼ばれたのか何となく想像はついていた。
(どうせおれの態度に対する小言だろ)
ユキヤは説教という言葉を否定していたが無関係とは思えない。
メロは叱られる直前の子供のような顔をしてユキヤから顔を逸らしていた。ユキヤは困ったような顔をして笑っている。
「花嵜さん、何かありましたか?」
「……何かって、何スか?」
「朝から随分機嫌が悪いようでしたので、お話を窺いたいと思っただけです」
ユキヤは穏やかだ。感情を波立たせることはない。
――あの時、実の父親に銃口を向けた時でさえ冷静に見えたほどである。
ジェイルやユウリを上手く煙に巻いたりおちょくったりする自信はあるが、ユキヤ相手では無理だと思う。
以前からうっすら感じていた苦手意識を思い出しながら、警戒心を込めてユキヤを見つめる。
「ユキヤ、さんに話すことなんかないッスよ」
「”ユキヤくん”で大丈夫ですよ。呼び辛いでしょう? 私は気にしませんので」
そう言ってユキヤがおかしそうに笑う。
六堂家の使用人でも通りかかってくれれば適当に話を終えられるのに、こんな時に限って誰も通りかからない。窓の外は雪が降っており、止む気配はなかった。静かな廊下に二人きりなのが強調される。
自分でも驚くほど機嫌が悪いのは自覚している。
この機嫌の悪さの原因だってわかってる。だが、あまりに子供っぽい理由なので誰にも言いたくなかった。
口を閉ざすメロを、ユキヤはにこにこと見つめる。
そして、しばしの沈黙の後――ユキヤが笑みを浮かべたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……当ててみましょうか。どうして機嫌が悪いのか」
「は? そんなんできるわけ――」
「朝、ロゼリア様とコウセイ様が二人きりで庭を散歩しているのを見てしまったから。
……花嵜さん。君は朝、ロゼリア様をつけていたのでは?」
ドクン。と心臓が跳ねる。
メロは目を見開いてユキヤを凝視した。
ユキヤは顎に手を当てて、思案顔をして続ける。
「流石に何があったのかまではわかりませんが、二人で戻られた時もどこか親密そうだったと聞きました。散歩中にそれ以上の雰囲気があったとしてもおかしくはない気がします。
それが君の気に障った。……どうでしょう?」
ユキヤは正解を求めるように首を傾げた。
メロは何も言えず、ユキヤを見つめ返すことしかできない。
(な、ななな、なんでこのヒトそんなのわかるんだよ?!)
そう、ユキヤの推測は当たっている。
ここ最近ずっと様子がおかしかったロゼリアのことを探るために、朝部屋から出ていったロゼリアをつけていたのだ。まさか途中でコウセイに開い、その後手を繋いでギャラリーを巡るなんて思わなかった。
その時のロゼリアが楽しそうだったのも、コウセイがロゼリアを微笑ましげに見つめることにも――ムカついてしまったのだ。
――こっちはこんなに心配してるのに。という気持ちを思い出してしまう。
メロは知らず知らずのうちに握り拳を作り、ぎゅっと握りしめていた。
ユキヤが困った顔をし、緩く肩を落とす。
「正解、と思っても良いのでしょうか?」
「……んで、……」
「はい?」
「……なんで、わかったんスか……」
ユキヤは苦笑しながら肩を竦める。
「真瀬さんからの情報と、あとは単なる状況、君の雰囲気ですね」
「……ユウリが何か言ってたんスか?」
「朝起きた時にいなかったと言ってましたよ。ただ、同室の真瀬さんが気付かないのは不思議でした」
不思議そうな顔しながら言うユキヤ。
ユウリが気付かなかったのは慣れない環境で疲れてぐっすり眠っていたのと、丁度ユウリが起きたタイミングで戻ったからだろうか。その時は「トイレだよトイレ」と言って誤魔化したので、疲れていたユウリはそれを信じていたに違いない。
まさか、同室でもなければ顔見知り程度のユキヤに看破されるとは思わなかった。
(……こいつ、どういう観察眼してんだよ)
メロのユキヤに対する苦手意識が増す。
そして、メロの不機嫌さの理由を特定して何をしたいのか――ユキヤを探るように見つめた。
「……で? だから何スか? つけててゴメンナサイってお嬢に謝れって?」
「えっ?」
何故かユキヤが心底びっくりした顔をした。予想外の反応にメロも驚いてしまう。
二人はしばし無言のまま見つめ合い――やがて、ユキヤがおかしそうに笑い出した。
「ああ、いやいや。違います、そうじゃないんですよ。
君がロゼリア様とコウセイ様を見ていたとして……その時に何かおかしなことを見聞きしてないかと思っただけです」
「おかしなこと……?」
「ロゼリア様の目的がわからない以上は何が”おかしなこと”なのかすらさっぱりですが……。
ハルヒトさんがロゼリア様の目的を知りたがってますからね。何かヒントでも、と思ったまでですよ」
そう言ってユキヤは眉を下げ、肩を竦めた。彼のセリフに違和感を覚えてメロは首を傾げる。
「ハルくんのためなんスか? お嬢じゃなくて?」
そこはロゼリアのために目的が知りたい、と言うところではないのか。いまいちユキヤの行動理由がよくわからず、ひたすら疑問をちらしてしまった。
ユキヤは視線を窓の外へと向けて、目を細める。
雪は止む様子がなく、しんしんと降り続けていた。
「……うーん。そうは言われても、今の私の優先順位はハルヒトさんであり八雲会ですからね……」
「――は? お嬢は?」
メロは目を丸くした。
いの一番にロゼリアにプロポーズした人間の発言とは思えなかったのだ。
メロにとっての最優先がロゼリアであるように、彼にとってもそうだと思っていた。
しかし、ユキヤはまるでメロの心の中を見透かしたかのようにゆるゆると首を振る。
「今のロゼリア様が優先順位を間違えるような人間を好くとは思えないんです。
花嵜さんにとっては耳が痛いかも知れませんが……自分の仕事よりも恋愛感情を優先するとかね」
うっ。と呻き、メロは表情を歪ませた。
心の中で(やっぱり説教じゃん)と思いながらも、図星だったので何も言えない。
「もちろん下心がないわけじゃないですよ。ただ、自分の中の優先順位を間違えないようにしているだけです。
今の私は八雲会に所属しています。だから、直接ロゼリア様を助けることはできません。ハルヒトさんを通して助力するしかないんです」
――でも、君は違うでしょう?
そんな声が聞こえてくるようだった。
メロの頭の中は真っ白で、上手く何か考えることができない。
「君は今朝明確に行動を起こしたのに……嫉妬で目が曇っていて、勿体ないですよ。
君が見たもの、聞いたもの――ロゼリア様の欲しい情報だったのかも知れませんからね」
小さな子供に言い聞かせるような言い方だった。
彼が冷静さを『是』とする理由を垣間見た気がする。彼のようには到底できないし、これからもメロは自分の感情に振り回されるだろうけど――今回のことはまだ遅くはないはずだ。
握りしめていた拳を解き、もう一度握り直す。
「ユキヤくん」
「はい、何でしょう」
「……ありがとッス」
「どういたしまして。……一つ確認したいんですが、花嵜さんが持っている情報はギャラリーに関することですか?」
「え? ま、まぁ、たぶん……?」
答えがあやふやなのは自分でも確証が持てない情報だからだ。
メロの答えを聞いたユキヤが少し考え込む。そして、眉間に皺を寄せながら、メロに耳打ちをした。
「もし、可能ならすぐに真瀬さんか白雪さんにその情報を共有してください」
「えっ。な、なんで……? っていうか、あいつら図書室――」
「多分、二人は図書室で調べ物をするはずです。その時、花嵜さんの情報が何かヒントになるかもしれないでしょう?」
そう言ってユキヤはメロから離れる。
二人が図書室に残った理由なんて考えもしなかったが――ユキヤの推測には納得できた。というか、メロの不機嫌さを言い当てたユキヤの言葉なら信じるしかない。
ユキヤに図書室の場所を確認してから、早足にその場を離れるのだった。
――ロゼリアの役に立つ、という自分の言葉を実現させるために。




