42.これって三角関係?
また二人減った。
今はあたし、ハルヒト、ザインの三人。
ザインが棚からいくつかテープを持ってくる。……この世界、配信もなければBlu-rayもDVDもないのよ。そのうちもっと便利になると期待したいわ。
「で? 何がいい? 恋愛ものにしとくぅ?」
ザインはすぐいつもの調子に戻っていた。さっきの態度が嘘みたいだわ。この切り替えは流石というべきね。
あたしはザインの持つ恋愛映画のタイトルをチラ見してから軽く首を振った。
「嫌よ、このメンツで恋愛ものなんて」
「あっそ。――ハルヒトくんは何かリクエストある? 有名どころからニッチなのまで結構揃ってるぜ」
話を振られたハルヒトはのんびりとした足取りで映画のテープが収められている棚に向かう。
あたしはその様子を見て、映画選びは二人に任せることにした。適当なソファに腰を下ろす。
棚の前に立ち、しげしげと背表紙を眺めるハルヒト。
「うーん、気楽に見れるのがいいよね。……あー、感動ものは嫌かな」
「へー、なんで?」
「うっかりロゼリアの前で泣きたくないじゃない」
ソファに預けた背中がずり落ちる。
見れば、ザインが目を丸くしてハルヒトを見つめていた。ハルヒトは気にした風もなく、テープを一つ一つ手にとって内容を確かめている。
あたしは何も言わない。っていうか言えない。
「ホラーもやめておきたいよね。情けないところは見せたくないし」
「……お前」
ザインの驚いた声がやけに響く。
ハルヒトの声のトーンは一定で、恥ずかしさや照れくささなどという感情は一切感じられない。そう答えるのが自然だと言わんばかりの言い方だった。
ハルヒト、何で急にそういうことを言い出すのよ……!
いたたまれない気分になってしまい、口を挟もうか悩んでいる内に、ハルヒトがザインを見つめて目を細めた。
「――君、以前ロゼリアと付き合ってたんだって?」
「……そうだけど。それが?」
「別に。事実確認したかっただけ」
ハルヒトが笑っているのに目が笑ってない。その上、敵意が見れ隠れしているからか、ザインは警戒気味だった。
っていうか、そういう話を本人がいる前でするのはどうなのよ……。
「――ハルヒト、やめて頂戴。終わった話よ」
釘を刺す意味で言うと、ハルヒトが肩を竦めた。手に持っているテープを戻しながら、するりと映画のタイトルを撫でていく。
「ごめんね。さっきの会話を聞いてたら、終わった話には思えなかったから」
ハルヒトの視線は言葉以上に雄弁だった。
……こんな視線を向けられたことはなくて、息苦しさを感じてしまう。
以前だったら「あんたには関係ないでしょ」と言ってたでしょうけど、それを言うことで相手が傷付くという認識がちゃんとある。あたしだって必要以上に誰かを傷付けたい訳じゃない。
ザインがどこか呆れたように「どうにかしろよ」と言わんばかりの視線を投げてきた。
あたしだってこんなところでこんな話をしたいわけじゃないのよ……!
思いっきりため息をついて立ち上がり、二人の方に向かっていく。
そして、ハルヒトを睨むように見つめた。
「ハルヒト、そういう話はもっと時と場所を考えて頂戴」
「当事者しかいないのに?」
「だからこそよ。――ザイン、これにしましょ」
言いながら、適当に一本映画テープを抜き出した。
恋愛ものでもなければホラーでもない。ミステリもの、所謂『クローズド・サークル』系。何となく現状のヒントになるかもという理由でもチョイスだった。
そのテープをザインに手渡して、さっき座っていたソファに座り直す。
ザインが小さくため息をついてテープ片手に準備を始めた。ほどなくして正面のスクリーンに映像が映し出される。
ハルヒトは無言で移動してきて、あたしの隣のソファに腰掛ける。
……良かった、一人用のソファに座って。ハルヒトのことだから二人用ソファだったら絶対隣に座ってきたわ。
「飲み物どうする? 一応、こっちの冷蔵庫に色々入ってっけど……コーヒーとかが良けりゃ出してやるよ」
ザインが部屋の隅にある冷蔵庫をぽんぽんと叩いた。
なんだかんだで面倒見がいいと言うか、ちゃんとしてるのよね。
「あたしは水でいいわ」
「じゃあ、オレも」
「へいへい、手が掛からなくて助かるわ」
そう言ってザインは冷蔵庫から水の入ったペットボトルを二本、自分用に炭酸飲料を取り出して、傍にあるテーブルに置く。
何を思ったのか、あたしの隣に座る。あたしを挟んでハルヒトと反対側に。
あたしは無視したけど、ハルヒトが何か言いたげにザインを見る。ザインは呆れ顔でハルヒトを見返した。
「おめーさぁ、男の嫉妬は見苦しいからやめろよ」
「……。嫉妬が見苦しいのは同意するけど、別にそれだけじゃないよ」
「ふぅん? 」
「そういう話はあたしのいないところでやって頂戴。映画に集中できないわ」
呆れ全開で言うと流石にザインは口を閉ざした。おかしそうに笑ってたけど。
静かになるかと思いきや、ハルヒトが笑いながらあたしを見ていた。映画を見なさい、映画を!
「君がいるからこういう話をしてるんだよ、ロゼリア」
「はあ?」
「意識するでしょ?」
にっこりと笑うハルヒト。
もう本気で呆れるしかない。こんなところで本当に何を言ってるのよ……。
映画は既に始まっており、登場人物たちが画面の中で話して動いている。テロップで名前と年齢、職業が出てくるあたり、ミステリものって感じがするわ。こういうのって最初に登場人物を覚えるのが大変なのよね。
――なんて、映画に無理やり集中しようとするものの……左右の二人がそれを許してくれない。
「知らねーうちにモテモテじゃん。何? どういうカラクリ?」
「うるさい」
「今なら俺らの時と違って合法的にふたま――」
ボコッ!
小気味の良い音がする。
ペットボトルでザインの頭を殴った。殴ってしまった。
”しまった”と思う反面、どうしても我慢ができなかったので後悔はしてない。
突然の行動にハルヒトが目を丸くし、ザインは殴られたところを押さえてあたしを睨んだ。
「ってぇな! 何すんだよ、急に!」
「それはこっちのセリフよ! 何を言うつもりだったの!?」
「何ってふた――」
「言わなくていいわ。っていうか、それ以上言ったら侮辱と見做すわよ」
言葉を遮るとザインが嘲笑した。……もう、嫌な笑い方だわ。
「侮辱って。ほんとのことだろ?」
「あたしに対してじゃないわ。――ハルヒトに対してよ。
あんた、八雲会の『後継者候補』が、そういうことを”される側”だって言ってるようなもんよ。理解してる?」
静かに、声を低めにして言うと、ザインが目を見開いた。突然名前を出されたハルヒトも驚いている。
スピーカーからは登場人物たちの声が聞こえてくる。まだ事件は起きてないから、和気あいあいとした雰囲気。
けれど、そんな映画内容に反して部屋は不自然なほどに静まり返っていた。
……わかってるのよ、ザインがあくまでもあたしの過去のことをからかうつもりで言ったのは。
けど、ハルヒトの立場上どこの誰が悪意を持って吹聴するかもわからない。悪評の芽になりそうなことは放置もできない。
あたしの言わんとすることを理解したザインはバツが悪そうに顔を背ける。
「……悪かったって。ンな怒るなよ」
「怒ってないわ。……ただ、気を付けて頂戴。あたしもハルヒトも、微妙な立場なのよ」
そう言うとザインはどこか不貞腐れたみたいに「へいへい」と生返事をした。
一旦これでこの話題はよし、と……。
ほっとしていると、横からハルヒトがあたしのことをにこにこと見つめているのに気付いた。
「……何よ」
「ううん、ありがとうね」
「あんたも自分の立場をちゃんと自覚して頂戴」
「うん、もちろん。――がんばるね」
何を頑張る気なのかは敢えて聞かず、視線をスクリーンに向ける。
自然と映画に集中し、何事もなかったかのように映画についての雑談をすることになった。誰が怪しい、次の被害者はこの人だ、とか。
それはそれとして……。
ジェイルはディディエとうまくやってるのかしら。大丈夫だとは思うけど。
アリスがどうしてユウリと図書室に残ることにしたのかも不明。
すぐ戻ると思っていたユキヤとメロもまだ戻らない……本題とは別の不安が胸をよぎった。




