39.とりあえず様子見
「ザイン、あんたはいいの? 予定とか仕事とか」
話もつき、朝食も終わり――全員が席を離れようとしたタイミングで声をかけた。
ザインは眉間に皺を寄せてあたしを見る。……何よ、その目は。
「この雪で全部ナシだよ。あいつがワーカホリックなだけ。
デートの約束もあったのに全部パァだし、嫌になるよな~」
ザインの言い方は一々演技がかっているというか、わざとらしいというか……癇に障るのよね。
まぁいいやと思いながら、カミルへと視線を向ける。カミルは朝食の席では随分静かだったから気になるわ。
「カミルは?」
「……え。ああ、はい。兄様と同じです。それにお客様を置いていくなんてできませんから」
反応がやけに鈍かった。何かあるのかしら。
まるでフォローをするようにザインがカミルの頭をぽんぽんと叩く。カミルが「やめてよ」と言いながら振り払おうとしていた。
「こいつ、ちょっと朝が弱いだけ。いつものことだから気にしなくていいぜ。
――で、外出は無理だけどどうする? シアタールームで映画でも見る?」
ザインがあたし、そしてハルヒトを見ながら言う。突然の提案に面食らってしまった。
返事に困っているとハルヒトが不思議そうに首を傾げる。
「え? どういうこと?」
「兄貴たちはおめーらを泊めるための準備で席を外したし、ディディエは仕事だし?
必然的にオキャクサマのお相手は俺様たち、ってワケ。流石に放置しねーって」
当然だと言わんばかりの態度だった。
フリーになれたら楽だったけど、そんなに上手い話はないわよね。朝、自由に動けたのが奇跡だわ。
あたしだってハルヒトを椿邸に泊めていた時は気にかけていたわ、流石に。
映画か~……ザインは楽だろうけど……。
悩んでいるとハルヒトがユキヤに何か耳打ちをされていた。
ハルヒトは少し考え込んでから、笑顔でザインを見つめる。ザインがその笑顔を見て怯んだ。
「ねぇねぇ、シアタールームの他に何があるの?」
「あーっと……図書室とか、遊戯室とか? 辛うじておめーらが楽しめそうなところは」
「ふーん。色々あるんだね。――そうだ、良かったら案内してくれない?」
ハルヒトが笑顔のまま提案すると、ザインはあからさまに面倒くさそうな顔をした。
……昨日、あたしがギャラリーの案内を頼んだ時と同じような顔だわ。
「……おめーらさぁ、なんで揃いも揃って俺様に案内させようとするんだよ」
独り言にしては大きく、ハルヒトへの返しにしては小さな声。
昨日と同様に面倒臭がっているのが伝わってくる。
しかし、ハルヒトは笑顔のまま、諦める気配を見せなかった。
「オレが君に頼むはこれが初めてだよ。……ロゼリアは知らないけどね。
どうせなら色々見てから予定を決めたいし、ね? いいでしょ?」
ハルヒトは笑顔とフレンドリーな態度を崩さない。
あたしは立場と傲慢さで押し通すけど、ハルヒトはあくまでも『お願い』ってスタンス。でも、そこに立場が加わると断るのは非常に難しい。……ハルヒトも立場を上手く使うようになったのね。
ユキヤの入れ知恵もあるんでしょうけど。
そう思ってユキヤを見ると、ユキヤはにこりと笑うだけだった。う、推しの微笑み……!
やがて、昨日同様に拒否しても無駄だと悟ったのか、ザインがゆるゆると首を振った。
「はいはい、喜んで案内させていただきますゥー。
シアタールームの鍵しか持ってきてねぇから……ちょっと待ってろ。すぐ戻る」
そう言ってザインが早足に食堂を歩き――、出入り口で何か思い出したように足を止めた。そしてカミルを振り返る。
「カミル。ダリィなら部屋戻って寝てろ」
「ううん、大丈夫。鍵だよね、僕が持ってくるよ。だから、兄様は皆さんと先に図書室に……」
「……わかった。ゆっくりでいいからな」
「すぐ戻るよ」
カミルは苦笑しながら歩き出し、ザインを追い越して食堂から出ていってしまった。
足取りはしっかりしてるけど、どこかぼんやりしていた。
……ゲームでも、確か低血圧気味って設定があった、気がする。しかも今日は特に寒いし、余計だるいのかも?
しっかし、こういうところを見るとザインって本当に”お兄ちゃん”よね。
思わずザインをじーっと見つめてしまった。ザインが不審そうに顔を歪める。
「……何だよ、その目は」
「ディディエに対してもカミルに対しても……”お兄ちゃん”してるな、って思っただけよ」
「おにっ……バカにしてんのかよ……」
ザインがぎょっとする。別にそんなつもりないんだけど……。
軽くため息をつき、ゆっくりと歩き出した。
あたしの足取りに合わせ、その場にいた人間がゆっくりと移動を開始する。
「してないわ。――感心しただけよ」
「へぇ~……明日は雪でも、ってもう降ってるか。
っていうか、おめーや他の奴らはハルヒト君の希望通りでいいわけ?」
あたしは頷く前にメロ、ユウリ、アリスの三人を振り返った。
ユウリとアリスは「問題ありません」と答え、メロだけは何故かずっと不機嫌なままだった。……何なのよ、本当に。
まぁいいわ。
「別に問題ないわ。いつになったら帰れるかわからないんだし、ちょっと体も動かしたいしね」
「へいへい。なら、そういうことで……」
言いながら、ザインが歩き出す。
あたしたちは彼の後に続いて食堂を出て、屋敷の廊下を歩いていく。
……本当に広いのよね。部屋から食堂に行くまでだって結構な道のりだったもの。
ただ、確かシアタールームと遊戯室はゲストルームの傍にあったはず。ゲスト用に解放してることもあるんでしょうね、きっと。
図書室はコウセイさんに貰った見取り図には記載がなかった。
ハルヒトがあたしを追い越して、ザインの傍まで近付く。
「こんなに広くてよく迷わないね」
「自分ちで迷ってたらダセーだろ? 流石に二十年住んでりゃ迷わねぇって」
「そっか。オレは未だに迷うからなぁ……」
ハルヒトがぼやくとザインが目を丸くした。「マジ?」と言いたげにハルヒトを振り返る。
「あはは。オレがちゃんと今の家に住み始めて、あちこち自由に歩き回れるようになったのってここ最近だからね。
去年までは軟禁状態で、部屋の外をウロウロしてると怒られたし……。
この屋敷ほどじゃないけど広くて、まだ迷うんだよね。呼ばれた部屋に辿り着かないこともあるんだ」
軽く笑い飛ばすハルヒト。
あたしやザイン、メロたちはドン引きしていた。
ユキヤだけは苦笑している。そこまで暴露しなくても、と言わんばかりの表情だった。
「……まぁ、一年も住んでりゃ慣れるだろ」
「そう? そうだといいな。ところで、図書室ってどんな本があるの?」
ハルヒトが目を細めて笑い、話題を目的地のことに戻す。
ザインはやりづらそうな雰囲気を出しつつ、ハルヒトから視線を逸らした。
「色々だよ。まぁ、多いのは……一つ上の兄貴の蔵書コレクション。小難しい本ばっか」
「……一つ上、って言うと……?」
「名前はジークリード。今留学中だからしばらく帰って来ねぇんだわ」
あら、ここでジークリードさんの話題が出てくるのね。
まぁ、彼は事件が起こってから慌てて戻って来る人だから多分今回は会えないのよね。
ハルヒトとザインの会話はぽんぽん進んでいく。
ハルヒトは天然気味だし、ザインがどうも苦手意識を抱いているようだから、いい感じに進んでるっぽい。あたしはついついきつい口調になっちゃうしね……。
話をしている間に、いかにもって感じの扉の前に辿り着いた。
うちにも図書室って感じの部屋はあるけど、やっぱり規模が違うわ……。
扉の前でザインが振り返る。
「わりーけど、カミルが来るまで待って」
ここにいる全員、カミルのだるそうな様子を見ている。
流石に誰も何も言わず、カミルの到着を雑談をしながら待つことになった。




