38.それぞれの判断
雪のせいで濡れてしまったので一度部屋に戻った。
髪の毛とメイクを直したところで朝食のために移動する。
朝食の席で、アオさんから天気の状況と交通情報について教えてもらった。
外は雪が降っている。
しかもどんどん酷くなっていて、前を見て歩くのが困難なほど。
そんな天気だから、あちこちで渋滞や通行止め、場所によっては事故も起きているらしい。
「そんな状況だからね、帰るのは危険だと思うよ。うちは気にしないから落ち着くまでいて欲しい」
にこにこと笑いながら言うアオさん。
あたしとしては願ったり叶ったりなんだけど、流石に申し訳なさがある。
ハルヒトに「どうする?」と言わんばかりの視線を送られつつ、少し考えてから口を開いた。
「流石に連日泊めていただくのは申し訳なくて……近くのホテルにでも移動させていただければ――」
「いいよいいよ、本当に気にしないで。父さんにも許可は得てるから。ぜひ泊まってもらいなさい、ってね」
アオさんは気楽そうだし、隣にいるコウセイさんも口を挟む様子はない。
ここまで言われてしまったら泊まっていくしかないかしら。あたしは視線をハルヒトに向けた。
「――ハルヒト。どうするの?」
「え。オレはお言葉に甘えようと思っているよ。……ユキヤとも昨日少し話したんだけど、オレたちが急に泊まることでホテルの方が困るんじゃないかつて話だしね」
確かにそうだわ。この状況だと他の宿泊客も多そうだし、甘えておくのが最善だし自然よね。
あたしにとってはラッキーなことに変わりがない。
コーヒーを飲んでから、小さく息をついた。
「アオさん、急にこんなことになってごめんなさい。状況も読めませんので、お言葉に甘えさせてください」
「良かった。帰るって言われたらどうしようかと思ったよ。
連泊に対応できるように必要なものは用意させるから、気兼ねなく過ごしてね」
「わかりました。よろしくお願いします」
そんな感じで話がついた。
……本当に予想外の展開だわ。まさか六堂家に連泊できるなんて。
でも理由が雪だから、簡単に外に出られなくなっちゃったのよね。またギャラリーに行こうものなら怪しまれること間違いなし。
やり方を変えた方が良さそうね。
コウセイさんとアオさんはほどほどのところで切り上げて、朝食の席を離れてしまった。
さっき言っていた”準備”があるのだそう。
あたしだけ特別待遇で化粧品と服を貰っちゃったけど、他のメンバーがそうじゃないから……そのあたりの準備みたい。あたしの以前の噂が尾を引いている結果よね、昨日の対応は。
コウセイさんとアオさんには出されなかったデザートが出てくる。
フルーツと生クリームが添えられたプリンだった。
うわ、美味しそう……!
昨日散々お菓子はもらったけど、全然飽きない。すごいわ、あたしの胃袋。
こっそり目を輝かせていると何故か目の前にプリンがもうひとつ増えた。
「オレはいい。お前にやる」
ディディエだった。
立ち上がり、わざわざあたしのところまで来てプリンを置いた。
朝食の席にはザイン、ディディエ、カミルもいた。けど、アオさんがメインで話をしていたせいで三人は昨日の夕食時同様にすごく静かだったのよ。
突然のことに混乱し、ディディエとプリンを見比べる。
「え? いや、別に二つも要らないわ。自分で食べたらどう……?」
「オレはもう出るからな」
「出るって――」
この雪の中? そう不思議に思っていると、ザインがガタッと椅子を押して立ち上がった。
「おい、どこ行く気だよ」
「仕事だ」
「いやいや、何言ってんだお前。こんな雪じゃどうしようもねぇだろ」
「事務所に行くだけだ。大した距離じゃない」
突然始まった兄弟喧嘩(?)に周囲は置いてけぼり。
雪が降ってても仕事に行く人はいるでしょうけど……まさかディディエもそういう人種だったとは。
「一人で行動すんなって言ってるだろ」
「お前が過剰に心配しているだけだ。子供じゃないんだから好きにさせろ。
――スケジュールも押してるんだ。これくらいの雪で休むわけにはいかない」
これくらいって……結構な雪だけど!?
窓の外をちらりと見ながら思うけど、どう考えてもあたしが口を挟める話じゃない。
っていうか、こんな場所で言い合いしないで欲しい……。
不意に一瞬ザインから視線を向けられた。
……なるほど。こういう時に仕事とは言え、弟を一人にしたくない、と。
あー、どうしよう。でも、ザインの決定じゃないにしろ、泊めてもらってる立場なのよね。
あたしは思わずジェイルに視線を送っていた。
ジェイルは視線を受けて僅かに困った顔をした後、自分の手元にあるプリンをアリスの方へと移動させる。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「ディディエ様、ザイン様。ご迷惑でなければ、自分がディディエ様に同行させていただけないでしょうか」
「は?!」
「えっ!?」
「なんで!?」
声を上げたのはメロ、ユウリ、ハルヒト。
当事者である二人は驚きはしても声は上げなかった。
ちなみにあたしも驚いている。今の一瞬でジェイルがあたしの意図を汲み取り、動いてくれたことに。
目を丸くしているディディエを尻目にザインが笑う。安堵と愉悦の入り混じった表情だった。
「えー? マジぃ? 助かるわ、お願いしてイイ?」
「ええ。ディディエ様が同行を許してくださるなら、ですが……」
ジェイルがディディエの様子を窺う。本人は驚きから復活できていないようだった。
全員の視線がディディエに集中する。あんたの答えを待ってるのよ、全員。
ディディエははっと我に返り、ジェイルとあたし、そしてザインとを見比べた。
「……いや、断る理由は、ないが」
突然のことにディディエはしどろもどろだった。けれど、誰かが傍にいることの安全性は理解しているみたい。
ジェイルが静かに頷いた。
「では、ご一緒させていただきます。何時に出発されますか?」
「……三十分後だ。正面玄関まで来てくれ」
「承知しました」
そう言ってディディエが踵を返して食堂を出ていく。
ジェイルがあたしの元へ来て、軽く頭を下げた。
「――お嬢様、少しお傍を離れます」
「悪いわね。よろしく」
言いながら、労うように腕を軽く撫でる。ジェイルはふっと笑ってから食堂を後にした。
ジェイルに変な仕事を頼む形になって申し訳ないわ。伯父様にお願いして何かボーナスを出してもらわなきゃ。
そう考えていると、ザインが意味ありげな視線を送ってきた。
何となくアイツの思惑に嵌ったような気がして癪。思わず無視をしてしまった。
「なんでジェイルがついて行くの?」
ひたすら疑問と言わんばかりに声を発したのはハルヒト。
……当然の疑問よね。
この事情、ザインとあたし以外は知らないわけだし……。
困っているとザインが意味ありげに笑う。
「色々あんの」
「……いろいろ?」
「そう、色々。ハルヒト君には関係ない話」
煙に巻くみたいに言うザイン。当然ハルヒトは納得してないし、他のメンバーも「なんで?」と言わんばかりの顔をしている。この言い方で納得できる人間がいたらすごいわ。
とは言え、事情を話すわけにもいかないし……。
ハルヒトが更に何か言おうとするのを、ユキヤが制する。
「ハルヒトさん、何かご事情がお有りのようです。
それにロゼリア様、ザイン様、そしてジェイルの三者では話がついているようですし……部外者があれこれ言うことではないでしょう」
「物わかりが良くて助かるわ」
ザインの言葉にユキヤがにこやかに笑う。
「恐縮です。
……事情があるとは言え、一番信頼するジェイルを一時的にでも手放さざるを得ないロゼリア様のご心痛は図りきれませんし、私にとっては大切な幼馴染なので、心配ですけどね」
空気が冷えた。
ザインがものすごく気まずそうにユキヤを見つめている。ユキヤはにこにこと笑って受け止めていた。
ユキヤ、悪意なんてありませんって顔で笑ってるのに、言葉に潜ませた毒がすごい。
っていうか、なんで喧嘩を売るの? あんたそんなキャラじゃないでしょ?
内心ヒヤヒヤしていると、ザインが苦々しげな表情をしてハルヒトを見た。
「……ハルヒト君。おめーもイイ側近連れてるな……」
「え? あ、褒めてられてる? こういう時、なんて言うのが良いんだっけ?
”それほどでもない”? それとも、”いいでしょ”って自慢した方が良いのかな?」
ユキヤが一矢報いてくれたからか、ハルヒトは機嫌良さそうだわ。
ザインは何も言わず、乾いた笑い声を零すだけだった。




