「令嬢と王子と、演技の裏で」
昼下がりの中庭は、花と笑い声に彩られていた。
だがその華やかさの裏で、静かに――いや、正確には“無音”の気配がひとつ、膨らんでいた。
僕は校舎の影に座り、ノートの上に指先を滑らせながら、周囲に気を配っていた。ミレーヌ・グレイスの周辺情報。神殿関係者との会合、教育財団の設立。どれも意味を持たない“点”に見えて、確実に“線”を描こうとしている。
(この動きは――地ならしだ)
王家と宗教を繋ぎ、民衆の思想と法をコントロールする。そうなれば王太子アシュレイを“王”に据える準備は整う。だが――
その先に、何を求めている?
「またひとりで、難しそうな顔してる」
声をかけてきたのは、ミレーヌだった。制服の胸元にさりげなく神聖印のブローチを飾り、手には宗教倫理の書を抱えている。
「昨日の会話、面白かったから。……もう少し、あなたのこと知ってみたくなったの」
「僕なんか知っても、得にならないと思うけど?」
「それでも、気になるのよ。不自然なくらい目立たない人って」
彼女は静かに笑う。その瞳の奥に、探るような光がある。
「ねえ、ノイシュタットさん。あなた、自分の立場……正義って、どう定義してるの?」
一瞬、空気が変わった。彼女の言葉は、ただの知的好奇心ではない。試している。僕の内側にある“何か”を。
僕は微笑んだまま答える。
「“我が国を脅かすものは、排除する”――ただ、それだけ」
ミレーヌの瞳が、わずかに揺れた。
「方法や犠牲を問わず?」
「方法も、命も。……必要なら、問わないよ」
淡々と、それでいて乾いた笑みを浮かべて、僕は告げた。
言葉ではない。“本物”にしか出せない冷たさ。
「それが、僕の“正義”の形さ。誰が相手でもね――たとえ、それが、すぐ隣にいる誰かでも」