「命令と記号と、名前のない帰還」
夜、寮の部屋に戻った僕は、灯りも点けずに机に向かっていた。
手元には古びた公文書が一枚。ノイシュタット家に僕を“戻す”ことを記した、王国発行の命令書だ。
そこには、僕の名前すら載っていなかった。
「第三子、対象個体を家系に復帰させ、王立魔法学園への入学を命ずる」
ただそれだけ。まるで“人”ではなく、“物”のような扱いだった。
けれど、それでいいと、あのときは思った。
僕は家を捨てられ、《影の手》に拾われた。
そして今度は、《影の手》の命令で家に“戻された”。
当時、組織の上層部が言った。
「ノイシュタット家は、腐敗の温床だ。中から腐食の拡大を監視し、必要なら切除する。君が適任だろう?」
そう、僕は“戻された”のではない。
“再配置”された。ただの任務として。あの家の三男坊という、“名札”をつけて。
あの瞬間から、僕は自分の名前を少しずつ捨てていった。
生まれた名も、家族との繋がりも、記憶さえも。
(でも――まだ、完全には捨てきれていないのかもしれない)
窓の外には星が瞬いている。
同じ空の下で、兄たちはどこかで酒を酌み交わし、父は家の名誉を守ることだけを考えているのだろう。
「……なら、僕が守るのは“名誉”じゃない。秩序だ」
誰が泣こうと、誰が死のうと――
国が、世界が、平穏である限り。
僕はそのために、今日も仮面をかぶる。
静かに、確実に、《排除》の判断を下すために。




