表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
再生回数7回のラブストーリー  作者: 市善 彩華
第17章 バーベナ ── 分かち合う幸せ、家族のカタチ
98/108

第98話「ありがとうの再会」

大悟と里奈の「律くん、預かるよ」という言葉に背中を押され、久しぶりに二人きりの時間を過ごした結衣と涼也。

何気ない日常の中でふと蘇ったのは、忘れかけていた“出会いの記憶”。

あの日、言えなかった「ありがとう」が、今ようやく届いた。

小さな再会が、二人の絆をそっと温めていく。

朝。

結衣はソファに座り、律を腕に抱きながらスマホを見ていた。

ゆっくり まどろむ息子の体温が腕に伝わる、静かなひととき。


ふとした静寂の中、スマホの通知音が鳴った。画面に映っていたのは、里奈からのメッセージだった。


「お疲れ様! 律くん、今度ウチで預かるよ。二人でリフレッシュしてきなよ!」


思いがけない言葉に、結衣は思わず微笑んだ。

そして、隣にいた涼也にスマホを見せながら、少し驚いたように言った。


「……里奈ちゃん、こう言ってくれてる」


涼也が画面を覗き込み、「ありがたいね」と優しく頷いた。


すると、すぐにもう一通通知が届いた。今度は大悟からだった。


「いつでも言って! 可愛い甥っ子に会えるの、俺らも楽しみだからな」


画面の向こうに、いつものように笑いながらスマホを打つ兄の顔が浮かぶ。結衣の心がほんのりと温かくなった。


「うん……ありがとう、兄と里奈ちゃん」



その週末。

結衣と涼也は律を連れて、大悟と里奈の家を訪ねた。


玄関を開けると、里奈が明るい声で迎えてくれる。


「律く〜ん、いらっしゃい!」


その声に反応するように、律もぱっと手を伸ばし、人見知りの気配もなく笑顔を見せた。


「お、覚えてたな?」

大悟がすぐに抱き上げ、くすぐると律は楽しそうに身をよじらせる。


「そりゃ、毎週のように写真送ってるもんね」

結衣が笑って言うと、里奈も「今日は任せて♪」と張り切っていた。


「じゃあ、甘えてもいいかな?」

「もちろん! 楽しんできて!」



久しぶりに手を繋ぎながら歩く道。

特別な場所じゃないのに、二人きりの時間が胸を軽くする。


ベンチに腰かけて、アイスを食べながら、涼也がぽつりと呟く。


「こういう時間、やっぱり大事だね。

律がいてくれることも、こうして二人でのんびりできることも……どっちも幸せだなって思うんだ。

律がもう少し大きくなったら、三人で行ける場所も増えてくるよね。

それも今から凄く楽しみでさ」


結衣は頷いて、ふと思い出したようにポーチからスマホを取り出す。


「あ、そういえばさ──ちょっと見てほしい写真があるの」


「ん?」


「この前、実家に行ったときに古いアルバムを撮ってきたんだけど……これ」


結衣がスマホを差し出す。画面には、色褪せた写真が写っていた。

公園のベンチのような場所で、幼い結衣とその弟が並んで座っている。

その隣に──見知らぬ少年が笑っていた。


「弟と迷子になった日の写真なんだけど、誰かに助けてもらったっていう記憶があるの。

名前も聞けなかったけど、すごく優しいお兄ちゃんだったって……なんか懐かしくてさ」


涼也は、画面をじっと見つめたまま動かない。


目の前の少年──短く刈られた髪、膝に擦り傷、はにかんだ笑顔。


胸の奥が、ふいにぎゅっと掴まれるような感覚。

喉の奥が熱くなり、言葉がすぐに出てこなかった。


──そうだ。あのとき、公園の隅で泣いていた可愛い女の子がいた。

弟を探して、必死に呼びかけてた。あの声、今でも耳に残ってる。

何かしてやりたくて、咄嗟に声をかけた。名前も聞かずに別れたけど──


間違いない。


「……これ、俺だ」


結衣がきょとんと涼也を見た。

「えっ?」


「この写真、覚えてる。弟を泣きながら探してた女の子を、たまたま見かけて──

そっか……あれ、結衣ちゃんだったんだ」


「ほんとに……?」


涼也は、ゆっくり頷いた。

「偶然って、すごいな」


結衣は小さく笑って、目を伏せた。


「……なんだか、会うべくして会った気がするね。

あのとき助けてくれた“ありがとう”も、今言えるのが凄く嬉しい。……弟の分も、私の分も、ありがとう」


「ううん、俺こそ。……こんな風にまた出会えたことが、何よりのご褒美だよ。

……思えばさ。あのとき、結衣ちゃんのこと“可愛い子だな”って思ってた。名前も聞けなかったけど、多分──あれが俺の初恋だったんだと思う」


涼也は、そっと結衣の手を握った。


「あのとき助けた女の子が、今、俺の隣にいる。……なんか、不思議だ。

結衣ちゃんとは運命って思えることがたくさんあるな」


「ふふ。赤い糸で結ばれてたのかな…なんて」


結衣は微笑みながら、そっと言葉を紡いだ。


「前にも言ったけど、大変なこともあるけど……それも、涼ちゃんと一緒だから楽しいって思えるのかも。

後から振り返ったとき、“大変だったね”じゃなくて、“いい思い出だったね”って言える気がする」


涼也は、その言葉をかみしめるように目を細め、静かに微笑んだ。

「……うん。そう思えるように、俺も頑張る」



夕方、迎えに行ったとき。

律は ご機嫌な様子で大悟の腕にしがみつき、ニコニコと笑っていた。


「ずーっと笑ってたよ! めっちゃいい子だった」

「離乳食も完食でした♪」と里奈が続ける。


結衣は思わず胸をなで下ろしながら、優しい声で言った。


「本当にありがとう。二人がいてくれて、よかった」


涼也も丁寧に頭を下げる。

そして、律を抱き上げると、律は眠そうに目をこすりながらも嬉しそうに笑った。


「また来てねー!」

「次は、お泊まりもありかもな」

そう冗談めかす大悟の言葉に、笑い声が広がる。



夜、帰り道の車の中。

律は、すやすやと眠り、結衣は その寝顔を見つめながらつぶやく。


「こういう時間があると、また頑張れるね」


「うん。俺たち、ちゃんと支え合えてるなって思った」


やがて家の前に車が止まり、涼也がそっとエンジンを切る。

二人は律を抱えて静かに車を降り、ゆっくり歩き出した。


そのとき、結衣は ふと立ち止まり、隣を歩く涼也の手をそっと握る。


「ありがとう。これからも一緒に、こうやって笑っていこうね」


涼也は、何も言わずにその手を優しく握り返した。


「もちろん。俺たち三人で、これからもずっと」



久しぶりの二人きりの時間がくれたのは、

小さな心の余裕と、家族としての絆。

そして――『ありがとう』を、まっすぐに伝え合える優しさだった。

お忙しい中、今日も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ