第97話「大変だけど、幸せだよ」
夜泣きにおむつ替え、慣れない育児に二人は てんてこまい。
だけど、その“はじめて”の全てが、結衣と涼也にとっては かけがえのない時間だった。
「大変なのに、楽しい」――その理由に気づいたとき、二人の絆は さらに深くなる。
夜中2時。静まり返った寝室に、小さな泣き声が響いた。
「えっ……ぎゃ……ぎゃああっ……!」
「りっくん、どうしたの? お腹すいたかな……?」
結衣が眠そうに目を開けて、ベビーベッドの中をのぞき込む。
隣の布団では、涼也も寝返りを打って、もぞもぞと起き上がった。
「俺、ミルクつくるね」
「ううん、大丈夫。涼ちゃんは、もうちょっと寝てて……」
そう言いながらも、ふらつきながら台所に向かう涼也を見て、結衣は思わず笑ってしまった。
「……結局、起きちゃうんだもんね」
「そりゃあ、気になって寝てられないよ。俺たちの律だもん」
二人の腕の中で、律は まだ小さな声で ぐずっている。
けれど、その泣き声さえ、結衣には愛おしく思えた。
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朝。カーテンのすき間から差し込む陽の光が、リビングをやさしく照らす。
結衣はソファに座って、律を胸に抱きながら微睡んでいた。
そばでは涼也が、ぼさぼさの髪で湯気の立つマグカップを持ってきた。
「はい。カフェインレスだよ」
「ありがと。……あったまる」
「今日は、ちょっとだけ寝れたね」
「うん。でも……りっくんがかわいすぎて、ずっと見ていたくなっちゃう」
涼也がふっと笑う。
「わかるな、それ。俺もずっと見てたくなる」
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その夜、また律の泣き声で起きた二人。
おむつを替えたり、抱っこを交代したり……。
「泣いてもいいよ。わからなくても、一緒にいるからね、律」
涼也がそう声をかけると、律は少しずつ泣き声を弱めていった。
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明け方、眠る律の小さな顔を見ながら、結衣がぽつりと呟いた。
「大変だけど……幸せだね」
涼也は彼女の隣で頷く。
「うん。俺たち、ちゃんと“律の親”になってるよ」
結衣は、静かに微笑んで、律の手をなでた。
「ねぇ涼ちゃん……この“大変だな”って思うことも、いつかは もう経験できなくなるんだよね」
「……うん」
「そう考えたら、夜泣きも、おむつ替えも……今しかできない大事な思い出なんだなって思うの」
結衣は、眠る律の小さな指をそっとなぞった。
「大変なのに……涼ちゃんと一緒だから、楽しいって思えるのかも」
涼也が優しく微笑む。
「俺も。結衣ちゃんがいるから、がんばれる」
「ありがと、涼ちゃん」
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初めての家族三人での夜は静かに、けれど確かな温もりに包まれていた。
律の存在が、二人の未来にやさしい光を灯していた──。
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