第94話「はじまりの名前」
まだ見ぬ我が子を想像する時間は、どこか夢みたいで、少し くすぐったい。
名前を考える。服を選ぶ。写真を見つめる――。
それだけで、少しずつ“親になる”実感が、心に灯っていく。
休日の午後。
駅前のベビーショップで、涼也と結衣は手をつないで歩いていた。
カラフルなスタイや小さな靴下、ぬいぐるみに囲まれて、二人の足取りもどこか軽やかだった。
「哺乳瓶って、こんなに種類あるんだ……」
涼也が驚いたように棚を見つめ、結衣は笑う。
「そうだよ。素材も形もいろいろあるし、赤ちゃんによって好みも違うんだって」
「すご……すでに難易度高くない?」
「ふふ、全部やっていけば慣れるよ。私たちなら、大丈夫」
店内を見て歩きながら、二人はベビー服やオムツ、ベビーベッドなどを手に取り、名前の候補をぽつりぽつりと出し合った。
「……二文字の名前って呼びやすいよな」
結衣が「女の子だったら、“まい”とか、“はな”とか?」と例を挙げると、
「いいね。今のうちにいっぱい候補あげとこう」
涼也は手にしていた小さな靴下を見ながら、少し笑った。
結衣が笑うと、涼也も「そうだ!」と目を輝かせた。
「“けい”とか“とも”とか、性別問わず いけそうな名前もあるなって」
「確かに。どっちでも似合いそう~」
そんなやりとりをしながら、結衣はバッグから小さな封筒を取り出す。
中から出てきたのは、二人にとって特別な一枚――エコー写真。
「……まだ小さいけど、ちゃんといるの。不思議だよね」
そう言って、結衣は写真をそっと涼也に見せた。
「性別は、まだ分からないけど……」
涼也が横から ふいに口を挟む。
「……大悟さん、めっちゃデレデレしそうじゃない?」
「するする! そういう感じするよね! 知らないところでお小遣いあげたりして。笑」
「絶対やるわ~。“これは内緒な”とか言ってさ」
二人は顔を見合わせて笑い合う。
生まれる前から、こんなふうに想像されて、待ってもらえる存在。
そのあたたかさが、結衣のお腹の奥までじんわりと伝わってくるようだった。
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