第70話「やさしい記憶の重なり」
何気ない言葉や、さりげない行動の中に宿る想い。
ノート、写真、やりとりが、今の幸せをそっと支えてくれる。
穏やかに流れる、二組の二人――それぞれの想いが重なる時間。
リビングに入ってきた大悟が、笑いながら里奈に声をかける。
「どうした? ニヤニヤして」
里奈はソファに座ったまま、少し照れくさそうに笑った。
「大ちゃんが冗談で言ってくれたあの言葉、ふと思い出してたの」
大悟が首をかしげる。
「俺、何か言ったっけ?」
「『言いづらいのは分かるけど、もし何かあったら“全部大ちゃんのせいにする”って手もあるぞ?』って。いつも私が呼んでる名前で、しかも“責任押しつけていいよ”って笑顔で言ってくれたから。全力で受けとめてもらってる感じがして、嬉しかったの」
そう話す里奈の頬は、少し赤くなっていた。
大悟は優しく微笑むと、彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「あれか。そんなに喜んでもらえるとはな。本気でそう思ってるから」
(……俺の彼女、かわいすぎるだろ。里奈と付き合ってから、結衣を思う涼也の気持ちが痛いほど分かる)
──その頃。
結衣は花火大会の帰り道に、こっそり撮った写真をスマホで見返していた。
そこには、並んで歩く大悟と里奈の後ろ姿が映っている。穏やかで、どこか幸せそうな二人。
結衣は その写真を添えて、大悟にLINEを送った。
『 あのときのお返し(笑)』
しばらくして、大悟からすぐに返信が届く。
『おお、やられた! ありがとう、すごくいい写真だ!』
そのメッセージを見た結衣は、くすっと笑いながらスマホを閉じた。
夜、家に戻った涼也と結衣は、それぞれ以前に渡し合ったノートを取り出して並べた。
ページをめくりながら、懐かしそうに声を弾ませる。
「このおみくじ、懐かしい! 涼ちゃんの手作りなんだよね」
「そうそう。結衣ちゃんが喜んでくれて、すごく嬉しかったんだ」
涼也は微笑みながら、ノートに貼られたおみくじのページを指でなぞる。
「おみくじといえば、本物の方もね。俺があげたはずのが返ってきて、ちょっと不思議だったけど。結衣ちゃんがノートに貼ってくれたおかげで、ずっと思い出として残るから嬉しい」
「運気って変わるものだけど、このときの気持ちは残るよね」
「ほら、恋愛と縁談のところ。見て見て! “これ、当たってるかも”って書いてる結衣ちゃん、かわいすぎるよ」
くすくすと笑う涼也に、結衣も笑顔で返す。
「手作りおみくじに星座の相性占いのスクショまで貼ってくれた涼ちゃんの方がかわいい……ううん、カッコイイ、だね!」
ページをめくる手を止めて、二人は顔を見合わせる。
自然とこぼれる微笑みに、静かな幸せが宿る。
「また、こうして一緒にノート作りたいな」
「うん。次は、どんなことを書こうか」
ふとした瞬間、涼也の脳裏に浮かぶのは、さっきの結衣の笑顔だった。
思わずニヤニヤとしてしまう。
「……あ、やば。俺、今めっちゃ気持ち悪い顔してたかも」
そのつぶやきに気づいた結衣が、不思議そうに首をかしげる。
「どうしたの?」
「いや、ただ……結衣ちゃんのこと考えてただけ」
そう言う涼也に、結衣もにっこりと微笑んだ。
「私もね、涼ちゃんのこと考えてニヤけてることあるんだ。似たもの夫婦だね」
「だな」
──ノートに刻まれた思い出、何気ないLINEのやりとり、さりげない日常の会話。
全てが今を彩り、これからをつくっていく。
小さくても確かな幸せが、そっと積み重なっていくように。
物語には様々な伏線や細かい設定がありますが、今回は後書きで多くを語らずにお届けしました。
それぞれの描写が、読者の皆様の想像で繋がっていけば嬉しいです。
お忙しい中、今日も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!