第12話「本物の方が100倍かわいい」
週末のモールで偶然出会った涼也。
兄との何気ない会話に、結衣の胸がざわめく。
思わぬ一言が、心の奥に静かに波紋を広げて──。
週末の午後、久しぶりに兄と会った。
駅前のショッピングモールで待ち合わせて、他愛もない話をしながら ぶらぶら歩いていたときだった。
「なあ結衣、お前さ……もうちょっと気をつけろよ」
「……なにが?」
「SNS。アイコンもプロフィールも、出し過ぎ。加工してるっつっても、あれぐらいならすぐ特定されるぞ」
「え、でも別に困るようなこと何も載せてないし。デジタルタトゥーくらい知ってるし、気をつけてるよ」
「お前が気にしなくても、世の中には変な奴いっぱいいるんだよ。万が一、アンチとかに絡まれたらどうすんだ」
そんなやりとりをしていたとき。
ふと視線を上げると、ほんの数メートル先に涼也さんの姿が見えた。
スーツ姿のまま、コンビニの袋を片手にこちらを見ていた。
「あっ……」
私が口を開くより先に、彼がゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「こんにちは。偶然ですね」
「あっ……こんにちは」
横にいる兄が、少し警戒したように私を見る。
「……誰?」
「あ、えっと、会社の……」
私が言い淀んでいると、涼也さんが軽く会釈した。
「はじめまして。涼也と言います。結衣さんとは、仕事関係で」
兄がじろっと私を見てから、涼也さんに向き直った。
「結衣とSNSの話してたんです。アイコンとか、ちょっと危ないかなって」
「加工してるから大丈夫だよ、って結衣は言うんですけどね」
「そういうとこ甘いんだよ。顔出し系って、何かあったとき本当怖いんだから」
涼也さんは少し考えてから、ぽつりと呟いた。
「……でも、加工されてても、僕は本物の方が100倍かわいいと思いますけどね」
その言葉に、私も兄も一瞬きょとんとして、時が止まったみたいになった。
「なっ……何、急に」
「いや……すみません。つい、口が滑りました」
そう言って、彼はちょっとだけ顔を赤らめて目を逸らした。
兄がぽかんとした顔で私を見る。
私はもう、恥ずかしさでいっぱいだったけど、どこか嬉しかった。
“本物の方が、100倍かわいい”──
その言葉が、ずっと胸の中でぽわんと響いてた。
⸻
(駅前での別れ際)
「……あ、よかったら俺の連絡先、教えときますね」
「え?」
「妹のこと、今後何かあったら教えてください。一応、兄なんで」
「……はい、わかりました」
スマホを差し出し、連絡先を交換する。
二人のやりとりを、私は少し離れた場所から見守っていた。
なんだか、ちょっとくすぐったい気持ち。
二人の間に流れる空気が、どこかあたたかくて。
思わず、口をついて出た。
「……涼也さんみたいなお兄ちゃんなら、よかったのに」
自分でも、何を言ってるんだろうって思った。
でも本当に、そう感じたから。
きっと、兄には聞こえてなかったと思う。
涼也さんには──どうだろう。
ふと目が合って、彼が優しく微笑んだように見えた。
胸の奥が、ふわっとあたたかくなった。
お忙しい中、読んでいただきありがとうございました!