第11話「“彼女”という響き」
「結衣さんみたいに素敵な方が彼女で、納得です」
否定されたはずのその一言が、なぜか結衣の胸にあたたかく残っていた。
名前の呼び方、メッセージの言葉──少しずつ、距離が近づいていく。
帰り道、足元に差し込む夕暮れの光が、やけにあたたかく感じた。
さっきの翔平さんの言葉が、頭の中で何度もリピートされている。
「結衣さんみたいに素敵な方が彼女で、納得です」
――“彼女”。
その一言が胸の奥でふわっと響いて、今もほんのり頬が熱い。
涼也さんは、すごく驚いた顔をして、すぐに否定してた。
「違うって……」
たしかに、そう言った。でも、その声は どこか柔らかくて、完全に拒むような感じではなくて。
ちょっと照れたような顔も、見逃さなかった。
翔平さんが話していた“涼兄”のこと。
「昔から真面目で不器用で。でも、俺の学費まで全部稼いでくれて……」
あのとき、ふと横を見たら、涼也さんが少し恥ずかしそうに目を伏せてた。
そんなふうに、自分のしたことを口にする人じゃない。
きっとこれからも、そんな言葉を本人の口から聞くことはないんだろうな。
でも、そんな涼也さんの優しさを、翔平さんの言葉で少しだけ知れた気がした。
誰かのために、静かに頑張れる人。
照れくさくて不器用で、それでもちゃんと想ってくれる人。
“彼女”って言葉が、頭から離れないのは、
多分その響きに、どこかで少しだけ期待してしまってる自分がいるからだ。
まだ、何も始まってない。
でも、今日の出来事は確かに、小さな灯みたいに心の中で揺れていた。
───
電車に揺られていると、スマホが小さく震えた。
涼也さんから、LINEだった。
⸻
【涼也】
今日は楽しかった、ありがとう。
少しでもゆっくりできて良かった。
⸻
ふわっと心があたたかくなって、思わず返信を打ちかけて、
いったん考え直してから、こう返した。
⸻
【結衣】
結衣です。
今日は、楽しかったです!
ありがとうございました。
ゆっくり休んで下さい。
(返信不要です。)
⸻
(……え、返信不要って何?)
送ってすぐ、自分のメッセージに心の中でつっこみを入れた。
けれど、すぐに返ってきた返信に、思わずくすっと笑ってしまう。
⸻
【涼也】
返信不要って書いてたけど、返信したいので返します。
こちらこそ、ありがとう!
結衣さんといると居心地よくて、あっという間に時間が過ぎちゃった。
またね!
(返信は気にしないでね)
[おやすみ]のスタンプ
⸻
その画面を見つめたまま、胸の奥がじんわりと温かくなった。
名前が少しだけ特別な響きに聞こえたのは——きっと気のせいじゃない。
もうすぐ駅。
夕暮れの空は、さっきより少しだけ暗くなっていたけど、
私たちの歩幅は、あのときよりも、ほんの少し近づいていた。
お忙しい中、読んでいただきありがとうございました!




