第10話「慕われてる素敵なお兄ちゃん」
退勤後、偶然再会した二人。静かな時間の中で、心の距離が少しずつ変わっていく──。
そして涼也からの、思いがけない一言とは。
結衣が退勤したとき、ちょうど同じタイミングで涼也もオフィスを出て、すぐ近くの信号で二人は鉢合わせた。
「……この後、少し時間ありますか?」
信号待ちのタイミングで、涼也がふいに言った。
驚いて横を見ると、やわらかく笑っていた。
「駅前に、前から気になってたカフェがあって。もしよかったら、ちょっとだけ」
私のうなずきを待ってくれる、その感じが優しくて。
自然と、「行きたいです」って答えていた。
───
カフェに着く頃には、夕方の空がゆっくり色を変え始めていた。
窓側の席に案内されて、向かい合って座る。
注文を終えると、涼也は少し照れたような表情で言った。
「ちょっと、弟に会ってもらってもいい?」
「え……?」
突然の提案に驚いたけれど、「すぐ近くにいるから」とのことだったので、うれしくなって、うなずいた。
───
10分後。小さな公園の前に、涼也より少し背が低くて、どこか雰囲気の似た男性が立っていた。
「涼兄!」
「翔平、待たせた」
彼は笑顔で近づいてきて、私の顔を見た瞬間、ふと目を丸くした。
「はじめまして、翔平です。結衣さん……ですよね?」
「はい、はじめまして……」
どこか気恥ずかしくて、ついお辞儀が深くなる。
翔平は、少し笑ってから真面目な顔になった。
「涼兄、昔から真面目で不器用で。でも、俺の学費まで全部稼いでくれて……」
「翔平」
涼也がそっと制するように声をかけたけれど、翔平は構わず続けた。
「いやぁ、涼兄がちゃんと人を紹介してくるなんて、初めて見たかも」
「別に“紹介”ってわけじゃ……」
涼也は照れくさそうに視線を外す。
翔平は、ふふっと楽しそうに笑いながら、さらに言った。
「こんなにしっかりしてて優しいし、モテるのに、彼女もいなくて心配してたんですよ。
結衣さんみたいに素敵な方が彼女で、納得です」
「えっ……」
心臓がドクンと跳ねた。視線を落としたまま、言葉が出てこない。
その言葉に、涼也が一瞬固まる。
私も、顔が一気に熱くなった。
「ちょ、翔平……!」
「え? 違った? いや、俺は てっきり……」
「違うって……」
涼也は苦笑しながらも、どこか嬉しそうだった。
翔平が口にした“彼女”という言葉。
それを否定したのは、きっと——
今の関係を急がず、大切にしたいという気持ちの表れなんだろう。
でも、少しだけ。
そう、ほんの少しだけ、心の中で期待してしまったのは……私も同じだった。
───
帰り道。再び並んで歩く私たちの距離は、
さっきよりもほんの少し、近かった気がする。
駅前まで来たところで、涼也がふと足を止めた。
「……あの、よかったら。連絡先、交換しませんか?」
少しだけ照れたように、でも真っ直ぐに私を見るその声に、胸が高鳴る。
「はい……ぜひ」
少し緊張しながらスマホを取り出すと、涼也も笑いながら画面を操作してくれる。
互いの名前が並んで表示されたとき、
胸の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じた。
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