14:アナドリア沖海戦 前編
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6月4日 午後13時20分 サドレア大陸沿岸 揚陸部隊橋頭堡アナドリア海岸沖
地上では陸自地上部隊が破竹の勢いで進撃を続け、ミレリヤ軍は防戦一方であった。
ミレリヤ軍がより一層、各戦線で敗北する要因は様々だがその中でも大きいのが、ここアナドリアの存在だろう。
東だけでなく南からも兵力を送り続けられるという脅威はミレリヤ軍にとって悪夢以外何でもなく二正面作戦を余儀なくされ続けている。
よってミレリヤ軍がアナドリア沖に居座る海自艦隊を排除しようと考えるのは当然のことと言えようーー。
「敵艦隊が接近しているだと……?」
揚陸部隊を護衛する第2護衛隊群旗艦「いせ」のFICで速水 信 海将補は正面の大型ディスプレイを睨みつけた。
偵察衛星や情報本部の通信傍受などによって自衛隊は逐一ミレリヤ軍の動向を把握している。
「衛星画像によれば敵艦隊の構成は巡洋艦三隻、駆逐艦八隻、小型艦四隻、ミサイル艇六隻。速力20ノット以上の高速で航行しており、24時間以内に接敵しますーー」
考え込む速水海将補を代弁するように幕僚たちは言い合った。
「揚陸部隊や輸送船団を護りながら対処するのは厳しいぞ……」
「それにこの『いせ』の問題もある。洋上決戦を仕掛けるなら陸自ヘリコプター部隊への支援ができなくなる」
尤もだった。
揚陸部隊の指揮は、半々で分担していた掃海母艦の「ぶんご」が全て背負えば問題ない。
だが「いせ」は水陸機動団上陸後、持ち前の航空能力で哨戒ヘリだけでなくAH-1SやUH-60JAに加えてCH-47といった大型機も搭載している。
橋頭堡の飛行場が完成するまでは『いせ』を動かすことは不可能に近く、必然的にイージス艦のような通信設備の充実した艦へ司令部を移動しなければならない。
顔を上げた速水海将補はとある一隻の存在に思い至った。
「諸君、『しらね』があるじゃないか。旧式とはいえ旗艦としては十分で、それだとイージス艦も対水上戦闘に集中できる」
そうと決まったからには急がねばならないーー。
何しろ敵艦隊は至近に迫っており、護衛部隊から抽出する艦の選定をさっさと決めないと間に合わなくなる。
「陸自には本艦を置いていく代わりに『しらね』に加えて『はたかぜ』か『しまかぜ」のどちらかを持っていけないか頼み込もう。『はたかぜ』型の方も旧式だが対空対艦共に優秀だからなーー」
ーーー
翌日 6月5日午前9時50分 アナドリア沖(西サドレア海)ミレリヤ帝国海軍大東洋艦隊旗艦 巡洋艦「ヴォンゲルク」
大海原はさながら荒れ狂う大蛇の如く波打っていた。
波濤が洋上を征く艦艇を襲い、特に海防艦やミサイル艇といった小型艦は時折スクリューを見せるほどの船体の動揺を見せている。
『大東洋艦隊は海洋の覇者なり』という標語が本国の海軍少年たちの合言葉になるほど大東洋艦隊はミレリヤ海軍にとって本国艦隊に匹敵するほどの重要度を持っていた。
大東洋艦隊はケンドラン南西部のタランド海軍基地を根拠地とし、その名の通り極東世界とを行き来する部隊だ。
一般的に植民地に駐留する艦隊は旧式艦が多く将兵も粗暴な者が多いというのが定番であるが、大東洋艦隊は例外だった。
その任務の重要性から艦艇は旧式なものもあるが近代化改修も成されているし、将兵たちも優秀な者が多い。
特に司令官のメルト-ベー-エディアス中将は海軍随一と呼ばれるほどの将官で、将兵たちからの人気も高かった。
そのエディアス中将が座乗する巡洋艦「ヴォンゲルク」はベラン-ヴェルド級巡洋艦の四番艦で配備から14年と比較的新しい部類に入る大型艦だ。
艦隊旗艦に相応しい設備と通信装備の充実さも評価する点だが、何よりも目を見張る点が152ミリ連装砲を背負い式で前後に二基ずつ配置されていることだろう。
対艦ミサイルが海戦の趨勢を決するこの現代に、旧時代的な艦砲を幾つも装備するというのは時代錯誤のように見受けられるが、対地支援やミサイルを保有しない弱小海軍への掃討、砲艦外交での威圧など十分な役割を持ち続けている。
それらの兵装や回転式の大型三次元レーダー、多種多様な通信装備のおかげでベラン-ヴェルド級は良く言えば重厚すぎる威容、悪く言えばあらゆる装備を詰め込みすぎた結果トップヘビーとなっていた。
その「ヴォンゲルク」艦橋直下の艦隊指揮所ではエディアス中将以下、多くの幕僚たちが詰めかけ来たる海戦に向けての議論を重ねていた。
海軍本部からはニホン海軍は南サドレアのアナドリア海岸へ大兵力を揚陸させるため少なからぬ規模の艦隊が存在し、その実力は『我が方より劣るものと考えられるが決して油断するべからず』という不明瞭かつ優柔不断な通達があったが、地上戦で相次いで敗北する陸軍の有様を見ている限りニホン海軍の実力は相当なものだろうとエディアスは見ていた。
ニホン海軍は強力であるかもしれないという見方に懐疑的な者もいたが、エディアスらが決めた作戦は至って単純明快で、接敵直後に対艦ミサイルの飽和攻撃で殲滅するーーというものだった。
それゆえにミサイル艇などをも遥々引っ張ってきたのだが、発達した低気圧の影響で海は大時化だった。
荒波を難渋しながら越えてゆく僚艦を見つめていた時、索敵に当たっていた艦載ヘリからの通信が入った。
『1号機より全艦隊、ニホン海軍と思われる艦隊あり。距離方位は0-3-0、速力20ノット以上で接近中ーー』
「大型対艦ミサイル、発射用意……。他の艦艇も射程に入り次第、攻撃を開始せよ」
射程400kmという長大な射程距離を持つがゆえに巡洋艦などの大型艦でしか運用できないという欠点もあったがーー。
矢継ぎ早に各所で号令が飛び交うが数秒も立たぬ間に艦長のウズン大佐が準備完了ーーと告げた。
水平線の彼方を見据え、エディアスは命令を下した。
「攻撃開始!」
直後、両舷に設置されていた大型発射筒から突き破るようにして対艦ミサイルが断続的に飛び出してゆくーー。
海戦の口火を斬ったのはミレリヤ側だったーー。
次話は週末辺りですかねぇ




