余談5 ギルバートの一日(後編)
前編後編合わせて一万字超えでいつもより時間が掛かりました
再び回廊を経由して騎士科棟の前にある芝の張られただだっ広い広場に辿り着くと、騎士科と思われる軍服のような服装をした学生が10人程が何かの訓練をしていた。
何故か大きな網を数人で抱えて走っているが、まさかあんなものが捕獲訓練なんて抜かさないだろうな。
「あ〜、グリフォン飛空騎士隊会の代表者はいるか?」
「こんにちわ〜」
真剣な表情で走り回る彼らに声を掛けると、その内に一人が素早くこちらへと駆け寄って来た男子学生がオレ達の面前で跪く。
「お前が代表者か」
「はっ! 自分であります!」
「楽にしろ。活動の査察に来ただけだ」
「はっ!」
短髪に長身といった出で立ちをしたその男は立ち上がって肩幅程度に足を開くと、手を身体の前で組んだ。
「色々聞きたい事はあるが、とりあえず教えてくれ」
「もちろんであります!」
「お前達は今、何をしているんだ?」
「はっ! グリフォン捕獲を想定した作戦の訓練であります!」
頭が痛くなってきた。
ただの網でグリフォンを捕まえるときたか。相当に重い刑罰よりも更に過酷だと思うんだが。
それとどうでもいいが、縄製の網では耐久性が全く足りないだろうな。せめてミスリルで編んだ網でもあれば破れないかもしれないが、どうせ網に掛ける前に全滅してるだろうからまるで関係ない。
「グリフォンは風の魔法を使うぞ。どうやって対策するのだ?」
「そ、そうなのでありますか? 今後の課題と致します」
「警戒が強く接近する前に勘付かれると思うが?」
「そ、その……や、夜間に仕掛けるであります!」
「夜間に魔物の跋扈する山中で行動など自殺行為もいいとこだな」
夜間は見通しが悪いので歩くのもままならない。かと言って松明など焚こうものなら、どんどん魔物が集まってくる羽目になる。奇襲を掛ける前にこちらが夜行性の魔物の餌食となって終わりだろうな。
「あ、あの、それは……」
「自殺行為といえば、グリフォンは高位のドラゴンに匹敵する存在らしいが捕獲した後はどうやって使役するつもりだ?」
「え〜と、捕獲してから徐々に慣らしていく予定であります」
「魔物が動物のように懐くものではない。人のレベルが上回っていなければ、どう足掻いても隷属化は出来ん。ついでに言うとお前達では山の麓ですら攻略出来ないだろう。生息域に至る前に一人残らず死ぬだけだ」
先の戦いで激戦の果てに撃破したトロールが束になって掛かっていってもグリフォンとなると傷一つ浴びせられないほど絶望的な差が存在する。
彼らは使役しようしている魔物の危険度すら理解していないらしい。
「無謀な計画しか立案出来ない以上、申請は却下だ。どうしても騎乗して空に上がりたいなら、スカイマンボウにでも乗っておけ。せっかく網を持ってるのだからな」
大空に悠然と浮かぶ魚の形をした魔物であるスカイマンボウはそこら辺の空にも時々飛んでるので、高度が下がっていれば簡単に捕まえられるだろう。
馬よりも大きく、乗る事自体は難しくない筈だ。
攻撃手段をほぼ持たず、野鳥に負けるくらいの雑魚なので、いくら彼らでも死者は出ないだろう。
「並んで飛んでるのとか可愛いですよね。わたくしがうっかり近付くと何故か死んじゃうんですけどね……」
たぶんレベル差でショック死しているのだろう。その辺は所詮マンボウだから仕方ないな。
「そんな!? スカイマンボウなど飛行すると言っても歩くのと変わらない速さであります!」
空を漂うデカイだけの魚に乗る騎士隊、『スカイマンボウ飛空騎士隊』のメリットは上空から敵が見える事くらいだろう。なんせ人が走った方が早いくらいだからな。
「それがお前らの現状だ」
突き放すつもりで冷たく吐き捨てるが代表者の男は尚も食い下がる。
「ならば、実力を示せば再考して頂けるということでありますか?」
「ふむ。グリフォンを打倒するだけの力量があれば問題は無いと言えるだろうな」
「でしたら、自分と模擬戦をして下さい。必ずや力を示して見せるであります」
オレに勝てたとしてグリフォンに勝てる訳でも無いのにこいつは何を言っているんだか。
まあ……現実を突き付ければ目も覚めるかもしれない。
オレの現在のレベルは比較するなら王国の熟練騎士と同程度まで上がっている事から、魔法も使えない学生相手に遅れをとる事はまず無い。
戦闘に使えるマジックアイテムでもあれば話は別だが、彼らが普段からそんな物を持ち歩いているとは考えにくい。
この無意味な提案をオレは素直に受け入れる事にした。何故そこまでグリフォンに拘るのかは知らないが、危険を顧みないならば放置する訳にも行くまい。
「いいだろう。掛かって来い」
「殿下の得物も木剣で構わないでありますか?」
「いや、私は不要だ。お前は真剣でも槍でも好きにしろ」
「なっ!? 徒手空拳で戦うおつもりでありますか……!」
「いや、板を持ってるだろう。これが武器だ」
適当に返事をすると彼の目の色が変わる。
甘く見られている事に納得がいってないのだろうか。あるいはこれをチャンスと捉え一念発起したか。
「自分が勝利したら、部として認めて頂くであります……!」
剣帯に納められていた木剣をするりと引き抜くと、迷う事無く直線で襲い掛かってくる。当たり前だがオークなどに比べると動きは遥かに鈍重で蝿が止まりそうだ。
「ご覚悟を――へぶっ!?」
瓦割の要領で振りかぶられた甘い剣筋をあっさりすり抜け、後頭部に用箋挟を叩きつける。
前のめりに斬りかかった分、彼はなんの受け身も取れないまま地面に転がって、腹を打つ。
「どうした。グリフォンは私より圧倒的に強いぞ? そのような体たらくで良くもまあ捕獲などと口に出来るやら」
さあ、とうするか。まだ挑むか、諦めるか。諦めが悪そうだから、まだまだ立ち上がってくるかもしれない。
「ぐぅ、仕方無いであります……! 総員、殿下に突撃!」
いや、タイマンじゃないのか。仲間を呼ぶのは予想外だ。
一応王子であるオレへ向けられた攻撃指示にも関わらず、何故かなんの躊躇いも無く襲い掛かってくるのはいっそ清々しいな。
ただし動きはかなり悪い。
まあレベルも一桁だろうから、こんなものか。
襲い掛かってきた男子学生に足を払ったり、板で叩いたりとさくさくと地面に転がしていく。
「多勢に無勢とは騎士科の底が知れるな。誇りの一つも持てぬ痴れ者はこの国の守護者に相応しくない。そのねじ曲った騎士道を直々に叩き直してくれよう」
「共通の夢で繋がった我らの絆、盛大にご覧に入れてみせるであります!」
ん、共通の夢?
「まさかお前達……グリフォンに乗りたいだけとか言うんじゃないだろうな……?」
最後の一人を転倒させて振り返ると、代表の男は握った拳で地面を叩いて、悔しさを滲ませた。
「それの何がいけないでありますか……!」
「なんだって、また……せめてワイバーンくらいなら頑張ればいつか――」
「物語に出てきたグリフォンの騎士団が……カッコ良かったんであります!!!」
「グリフォンで颯爽と現れて、女の子にモテたいんだよぉぉぉぉ!」
「鱗なんかいらねぇ! もふもふしたいんじゃあ!」
訂正しよう。彼らの騎士道は曲がってなんていなかった。そもそも、騎士道を歩んですらいない。
ただの浅慮で男子特有の病を患った残念な連中だった。
「……まずは臥薪嘗胆で強くなることだ。その気があるなら来年また申請しろ」
「でも、わたくしはマンボウ飛空騎士隊を見てみたいので、そっちもよろしくお願いします」
「そんなー……」
きっと来年には飽きていることだろう。
いずれにせよここで見るものはもう無い。
「はぁ……行くぞ、リア」
「はい……ギル様〜」
多数の男子学生が地面に這いつくばる騎士科棟前の空地を後にして中央棟の方角へと向かう。後ろからとてとてとついて来るリアも珍しく疲れた顔を浮かべていた。変な活動ばかりだったから無理も無い。
「あと一つ見にいったらそれで最後にするか」
「はい、どんな団体ですか」
紙を一枚めくって目を通す。
「次は……土魔法建設会か。これはまともかもしれないぞ」
「あはは……だといいですね……」
どうやら魔法科の空き研究室で活動しているらしい。
実のところ魔法科が一番怪しい研究が多いのであまり行きたくない。
「いずれにせよ、今日の査察はこれで最後に――ん?」
最後にしよう、そう言いかけたた時に何か肌触りの良い……絹のような感触が指先に走る。
目を移すとそこには予想通り布が引っかかっていた。桜色……ああ、リアの色だな。
「ふむ。ハンカチか」
誰の持ち物か広げてみれば何か分かるかも知れん。
「突風にさらわれた……か?」
ハンカチというよりもこれはどう見ても女性の下着だな。所謂、紐パンというやつだ。
リア色の下着とはな。まさか本人の物なんてことはないよな?
そうは思いながらゆっくりと誰かの下着から目を移して、全ての言葉を失った。
そこに居たのは朗らかで明るい普段の彼女ではない。
かつて口付けを手の甲に落とし、爆発しそうになった時よりもさらに色濃く赤面しており、今にも噴火しそうな火山を見ているようだ。
そして、空気の足らない魚のように口を開けたり閉じたりを繰り返しながらうわごとが漏れ出しており、動揺しているのは火を見るより明らかだろう。
「な……んで、そんな……それが、そこに……?」
握られた拳がぷるぷると震え、ちょっとした刺激で狂乱状態に陥りかねない。
これがラブコメディーならここでビンタの一つでも貰うかもしれないが、あの細い手が力任せに振るわれればそれはもはや終焉の一撃。
オレの命などノミより容易く潰える自信がある。
つまりオレに残された可能性はなるべく穏便に話を済ませる他無い。
平静を装い普段と変わらぬ口調を心掛けて対話を試みる。
内心は心臓が潰れて弾けそうなほどであるが、表に出しては絶対にいけないだろう。
「いいか、落ち着くんだ。オレは何もしていないし、何も見ていない。これはなかった事にしよう。こんな馬鹿げた話などあるはずが無い、そうだろ、リア?」
決死の呼び掛けに呼応したのか、やがてリアは壊れた機械のように小刻みに震えながら、大きく肺に空気を送り込んだ。
(やばい、来るぞ……!?)
何が起こるかは全く読めやしないが、せめてもの抵抗をする為、身体を身構える。
「い、い、い、『清輝』」
裏返ったような叫び声とともに純白の聖光が爆ぜるようにどこからともなく広がった。強すぎる光に思わず目を閉じるが瞼の上からでも眩い輝きがしばらくの間続く。それも長くは続かずに、やがて世界を包むような光が急速に失われていった。
完全に魔法の効果が失われたのを感じ、恐る恐る目を開いて周囲の状況を確認する。
まず、手にあった例のブツが消えていた。
次に、リアはどこにも居なかった。
そして最後に、首から上も下もちゃんとあった。膝から崩れ落ちそうなるのを何とか堪える。
「ふぅ……九死に一生を得る、……か。ふん、マーガレット、絶対に貴様だな」
何食わぬ顔で木陰から飛び出して来たメイドの背中を発見し、『飛火槍』をぶち込んでやろうかと思ったが、何一つ得るものはないので流石に我慢する。
ただし後で呼び付けて、文句は言う。
それにしてもアレだな。
リアはその……あんなに大胆な下着を身に着けているんだな。
「………………………………あれは……いいものだ」
結局、残りの査察を諦めたオレは城に戻って政務に向かってみたものの、ややしばらく上の空だったのは不可抗力であると言っておこう。
おめでとう。ギルバートのせいへきに『ひもパン』がついかされました。




