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余談4 ギルバートの一日(前編)

また、分ける事にしました


なんか、王子の手にヒロインのパンツが落ちて来るだけの話の癖に本編一話分の倍くらいの長さになったので

 時折吹く殴り付けるような強風がやって来るたびに窓ががたがたと揺れる音が普段と変わらず人気(ひとけ)の少ない閑静な学生会室に響いていた。、


 この時期の王都は頻繁にこういった突風が走るのだ。『夏の先駆け』なんて呼ばれ方をすることもあり、季節を彩る一つとして広く知られている。


 風物詩を感じる余裕が出てきた事にオレは密かに安堵を覚えていた。


 例の瘴気災害の後始末には王太子であるオレも当然の如く駆り出された。おかげで被害状況の確認、発生した魔物の調査、復興支援、原因究明。これらの膨大な調査報告書に目を通して追加の指示を送るという日々を暫く過ごす事を余儀なくされたのだ。


 今回程の規模が二箇所で同時多発は建国期以来の出来事であり、発災からを含めて対応には課題が残ったと言わざるを得ない。だが、リアのお陰で奇跡的に人的被害はごく小規模だ。


 特に戦闘魔法使いの中から死者を出していれば国としては少ない損失だったので、二箇所の被災地の浄化を一日のうちに完遂してくれたのはそれこそ女神の御業だ。

 あれが無ければ派遣された部隊は未だに先の見え無い殲滅戦を続けていたことだろう。


 一月近く掛かったものの後始末もなんとか一段落を迎え、長い事手付かずになっていた学生会の事務に手を付けられている今、ようやく忙殺の日々から解放された喜びを噛み締めている。


「リアは本当に偉いな。それに引き換え他の奴らは薄情なことだ」


 部屋の中に居るのはオレと彼女の二人だけだ。書類の整理を手分けしてくれており、今日やりたかった分の処理は間もなく終わる。彼女は事務処理も得意なようだ。


 なお、他の面子は何をしているのかは知らない。小姑のようなウォルターは一人地下訓練場に篭っているらしいが、オレとしては野郎の行方などどうでもいい。

 だから、二人っきりというのはむしろ願っても無い状況だ。

 

 勝利の抱擁をしてからというもの、彼女の挙動一つ一つを目で追ってしまっている。最近では夢にまで出てくる始末だ。自らの単純さに呆れるが、嘆いたところで結局気づいた時にはリアの方を眺めているので自分ではどうにもならなさそうだ。


「なにやら皆さん、それぞれ忙しいみたいですね〜」


 今日のリアは何故かふちの黒い眼鏡を掛けており、いつもと雰囲気が少しだけ違った。

 似合っているのはもちろんだが、普段と異なる彼女の姿が見れて少しだけ優越感がある。


「まあ、オレとしてはリアがいてくれれば何ら問題は無いがな。本当にいつも助かっている。ありがとう」


 これは本音だ。驚異的な力を保有するという情報だけが先行し、実際に会うまでは不安だった。だが慈愛に満ち溢れた美しい心の持ち主と知る意味は、むしろ力を手にしたのが彼女で良かったとさえ思う。

 善意ある彼女の力がいつも救ってくれている。


「ふふ、大袈裟ですよ。ギル様ならお一人だとしてもこの程度の書類、いとも容易く処理出来ることでしょう」


 かなり遠回しに口説いていたのだが彼女はまるで気付いた素振りも無く、さらりと流される。とはいえ、オレの事務処理能力だけはよく見ていたらしい。指摘通りこの程度は一人でも十分に捌ける物量である。


「うむ。確かにその通りだが、君の声援があれば倍の速さでオレの手が動く。そのほうがとても効率的だろう?」

「ええ〜、そうなんですか? ふふ、ギル様はとっても面白い方です」


 口に手を当てて上品に笑ったリアは今日も実に可愛いらしい。眼の保養とはこのことだ。


「さて、書類の整理はこのくらいでいいだろう。これから部活動の認可願の提出があった同好会の査察に行こうと思うが付き合ってくれるか?」

「はい。もっちろん、お伴しますよ〜。どこから見にいくんですか?」


 子供のように両手を上に伸ばして立ち上がると、慣性に引かれて大きな胸がボヨンと跳ねて視線が吸い込まれる。

 はっ、いかん!?


「まずは見るからに不適切そうな申請から当たるとしよう。団体名は『色々発明会』。活動内容の欄には『色々と便利で役に立つ物を研究、開発し、実用化を目指す』と書いてある。どうだ、胡散臭いだろ?」

「う〜ん、確かにあやしいですね……」


 万が一本当にやる気があるのならば、団体の名称を真面目に考えるところから始めろと言いたい。

 いっちょ前に訪ねてもいない部費の希望額まで記載されており、たった一枚の紙からすら厚かましさが顔を覗かせている。賭けてもいいがこれを書いたのは絶対に碌な奴らじゃない。


「場所は普通科棟の空き部屋に居るらしい」

「早速行ってみましょう。直接見たほうが話が早そうですし」

「そうだな。まずは行こう」


 思い立ったが吉日でオレとリアは学生会室のある中央棟の外に出て普通科棟に移動する。学生の中には平民もいる為、すれ違う者達の中にはひどく驚いた顔で慌てて脇へと退き、頭を下げる者も居る。


 別に敬ってほしい訳では無いので放っておいてくれればいいのだが、それをウォルターに話したら小言を貰ったのを思い出した。

 エリーゼ程無礼に接してくれとは思わないが無駄に堅苦しいのはあまり本意ではない。


 時々風が吹き付ける中、回廊を経由して普通科棟の入り口をくぐり、入ってすぐ近くの階段を昇る。


 普通科では農業や医術に経営学といった実用的なものから哲学や文学等の文化的学問まで幅広く取り扱っており、それらの研究も当然行っている。その為、建物は比較的大きい。


「三階東の最奥の部屋は……お、ここだな。おい、色々発明会の者はいるか?」


 口に出すと一層ふざけた名前だ、と思いつつもガラリと扉を横に滑らせて中に入る。


「……あれ、暗いですね?」


 室内は昼間にも関わらず薄暗い。何の目的かは不明だが厚い黒地カーテンで窓は覆われており、ろうそくの明かりだけが部屋を照らしていた。

 もう既に怪しい。

 まさか、ダンジョンに繋がっているとかではないだろうな?


「デュフふふふっ! これはこれは王太子殿下では御座いませんか! 此度は我々の華麗なる活動を部として認めて頂き、恐悦至極に存じますぞ!」


ぶ厚い眼鏡を掛けた恰幅の良い男子学生が満面の笑みでこちらに頭を下げてきた。こいつが代表者なのだろうか。

 とりあえず、イラッとするやつという事だけはわかった。


 横にいた細身の男も同様に慌てて頭を下げるが、出してもいない許可に感謝されても迷惑だ。



「何を言ってるのかさっぱりわからんが、正式に部として認めた覚えはないぞ」

「な、なな、なななんと!? 承認のご連絡では無かったのですかな!? そ、それでは、本日はどのような御用向きでございましょうか?」

「部として相応しい活動であるかを見極める為のの査察だ。架空の団体や違法な団体を見逃す事が無いようにな」


 語気を強めて睨みをきかせる。これでも王族の端くれだ。それなりの迫力はある筈だ。

 そう思っていたのだが眼鏡の男は怯む様子はなく、それどころか余裕すら感じる怪しげな笑みを浮かべていた。


「なるほど。それは至極当然の話ですな。その様な不届き者を野放しにしてはなりませぬなぁ」


 お前が言うな。


「しかし、ご安心くだされ。我々は健全で有益な研究をモットーとする優良団体の中の優良団体。王太子殿下のお眼鏡にも適うだけの成果をご覧に入れてみせますぞ」

「それはちょうどいいですね。発明会とおっしゃるぐらいですから何か製作したものを見せて下さい!」


 リアの方はどうにも食い気味で話を聞いている。エリーゼの変身セットは彼女の自作らしいので、研究者気質なところがあるのかもしれない。

 こいつらとは正直、同じ空気も吸わせたくないくらいなんだが。


「デュふふふふふふっ、もちろんですぞ! 何なら、使用感などを試していかれますかな。聖女台下にぴったりの発明品にございますぞ! あれをここに!」

「は、はい、部長……!」


 机の上にマゼンタ色をした謎の液体の入った瓶が置かれる。ドロドロとしたそれはとてもまともな物には見えないが果たして用途は何なのだろうか。


「こちらは美容と健康に効果のある秘薬ですぞ」

「ほう。効能と用法は?」


 作っている物は意外とまともなのか。詳しく確認したほうが良さそうだな。


「飲んでよし、塗ってよし、掛けてよし、入れてよし、ですぞ!」

「まて、掛けるってなんだ。そして、入れるってなんだ」


 そのキャッチフレーズの当てはまる薬って言ったら、あれしか無いと思うんだが。いや、オレの心が汚れているだけか?


「デュふっ、しかも即効性ですぞ。使えばたちまち身体が熱く、そして極めて敏感になるばかりか、筆舌しがたい高揚に包まれてゆくのです。一度使えば滲み出る疼きは半日以上収まる事を知らぬでしょうぞ。これは最高の悦楽へ招待する極上の薬なんですぞ!」

「おい、やっぱり媚薬か!?」


 というか人の話を聞かない奴だな、このでぶ。

 部活動として認可など文句無しの棄却決定だ。清らかな学び舎でなんて邪悪な物を開発してやがる。


「びやく、ってなんですか?」


 好奇心旺盛な彼女は分からないことがあれば何でも聞こうとするが、まだ知らなくていい事だ。


「リアにはまだ早いものだ。これは忘れろ。いいな?」

「は、はい……?」


 疑問を抱きながらも頷いてくれたので、ひとまず大丈夫だろう。


「でゅ、でゅふ、王太子殿下といえども塗ったり入れたり掛けたりしたい相手がいますよねぇ。試してみたくありませぬかぁ?」


 下がってきた眼鏡を中指で整えながら、薬の入った瓶を差し出してくる。


「我々はこの素晴らしい薬を販売するために量産を計画していますぞ。しかしながら、資金が不足しておりましてですなぁ、御心付などを頂けましたら同じものをお渡しできるやもしれませぬ。まずはお試しという事でこれを持っていってくだされ。今すぐ使っていただいても結構ですぞぉ、デュふふふふふふ」

 

 生理的に嫌悪感を抱く嫌らしい笑みでリアのほうをちらっと一瞥してからこちらに目を戻す。


 下衆が。リアにこんな得体のしれぬものを試す訳無かろう。

 はらわたが煮えくり返る思いをなんとか押さえ込みながら、オレはこんなところからはさっさと去る事に決めた。


「なるほどな……ではすぐに試してみるとしよう。用法は飲んで使用してもよかったな?」


 瓶の口からコルク栓を抜き、瓶底を握る。


「ええ、もちろんですぞ!! ですがそのままでは効果が強すぎるので十倍に希釈した物をひとすくい程で――もがっ!?」


 さっきから五月蝿い口に瓶の内容物を一気にぶち込むと、虚をついて口内に押し寄せる液体を男は反射的に飲み干す。


「な、何をして――」

「効果を試しているのだ。そういえば、即効性だったな?」

「はうあっ、かっ、かっ、身体が熱うぃですぞぅ!?」

「ぶ、部長!?」

「お前らのような違法薬物を作る奴らを認めるわけが無かろう。今日から活動停止だ、馬鹿者」


 オレの呵責がどれだけ聞こえているかは定かではないが、またやりそうなので後で見張りをつけよう。


 というかお前らまだ部じゃないだろうが。部活昇格どころか有害指定確定だぞ。


「あの〜、なんか、うつ伏せでお腹のあたりを抑えたままビクンビクンして倒れてますけど、大丈夫でしょうか?」

「捨て置け。次に行くぞ」

「あ、はい。ああ、ええと、皆さん頑張って下さい……?」


 薄暗くて最低な部屋から速やかに退室して次の申請者の元へ向かう。

 あのような無法者が野放しになっているのが非常に恐ろしいのがこの学校だ。あの首謀者も地方貴族の子息という身分にあり魔力こそ無いが相応の学力はあった為、普通科へと入学を果たしている。秀才や天才には違いないが才能を使うべきベクトルが大きく狂っていると評さざるを得ない連中が一定数いるのだ。

 

「次はどこに行きますか?」


 リアに聞かれ、用箋挟の紙をめくってみせる。


「え〜と、今度は騎士科ですかぁ」

「これも駄目そうだろう。まず団体名が『グリフォン飛空騎士隊会』だそうだ。まったく、隊なのか会なのかはっきりしろ」

「あはははは…… でも、活動内容は真剣に取組んでいるかもしれませんし――」

「活動内容だが『戦闘における航空戦力は大きな影響力を持ち、直接的戦力のみならず敵勢力の偵察や背面からの奇襲など幅広い運用の可能性を秘めている。従って効果の高い飛空騎士隊を早期に配備する為、我々はイニエパ山脈の頂上付近に生息するグリフォンの捕獲し、騎乗を目標とする部活動の設立を許可頂けますよう何卒お願い申し上げます』だそうだ」

「う〜ん……グリフォン捕まえるところからスタートするんですね……その部活……」

「ああ……」


 二人とも同じ事を考えたようで、遠い目になってしまった。


 大鷲の上肢と獅子の下肢を持つグリフォンは獰猛で力強く、対峙して生き残れる学生などリアを除いていないだろう。現在進行形で異常な成長を遂げているオレ達でも全く歯が立たないことが考えるまでも無くわかる程度には高位の魔物なのだ。

 討伐ですら困難を極めるのに、捕獲など夢のまた夢だ。


「活動場所は騎士棟の前にある空地らしい。既に微塵も期待出来ないが、一応様子を見に行くか」


 捕獲に向けて彼らがどういった訓練をしているのかは皆目見当もつかないところではあるが。


「そうですね。もしかしたら正当な方々かもしれませんし、確認すらせず差し戻すのは可哀想です」

「オレはこんな穴だらけの計画を持って来た連中の落ち度だと思うが、リアはやはり優しいな」

「そんなこと無いです。ギル様こそ、そのように思っていてもきちんと足を運ばれるのですから、とっても真摯に向き合っていらっしゃるではありませんか」


 そんなつもりも無かったが、書類の時点で刎ねても許されるくらいには酷い内容なのでわざわざ見るまでもないのも確かにそのとおりではある。

 個人的な思いで語るなら企画しただけでも心意気は認めるし、理由も告げずに弾くのは趣味じゃない。

 それも、傍から見ると手ぬるい考えなのかもしれないが。


「……優良な者を万が一取り零す事が無いよう、念を入れて確認しているに過ぎん。他意はない」

「ふふふ、そうですか〜」


 急拵えの言い訳はあまり効果が無さそうだ。色恋沙汰以外なら彼女の勘は油断ならないほどに鋭い。


 だがこうやってリアと話していると意外な発見によく出会う。きっと他者とは見えている物が違うのだろう。

 彼女と二人で過ごす時間は今や心地の良い物になっている。


 オレは移動する時は前を向いたまま話す事にした。一度リアの方を見ると目が離せなくなるから。

部長「ハァ……ハァ……デュフ、デュフふふふ、お前思ったより……ハァ……ハァ……可愛い顔をしているですぞ……」


部員「ぶっ、ぶちょう!? ちょっと、ま」


以下略



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