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余談3 リタの一日(後編)

 真っ赤な髪を揺らしながら疾駆するエリーゼが目指す先は中央棟方面から校門に掛けてのポジションだ。

 彼我との位置関係がそこから学院裏のがけとの間に捉えることが出来れば市街地へ被害を及ぼす事無く狙撃可能になる。


 嘴で紐をくわえたカラスは空高くを悠々自適に羽ばたいて進み、やがて学院の中央棟の屋上に掲げられた旗のポールへと降りて羽を休めた。


「よし、止まったわね」

「あれ、エリーゼさん、そんなに慌ててどうしたの?」

「赤いのと、ラズのメイドか。変わった組み合わせだな」

「あら、あんた達も珍しい組み合わせね」


 ちょうど校門の方へ移動していたエリーゼをアイザックが呼び止めた。彼は本を抱えておりちょうど図書館を後にしたところのようだ。


「何か困ってるなら手伝うよ〜。ね、ルーカス?」

「嫌だ。僕は忙しい」

「まあ、そう言わずにさ〜」


 制服の上から黒いローブを着たルーカスは眉をしかめて難色を示す。

 先の瘴気災害では王太子と共に事態の解決に尽力し、大きな功績を上げた。

 それによって得た少なくない恩賞は全て研究費へと回している。彼の研究の進捗を送らせる足枷となっていた資材不足が解消された今、足り無いのは時間である。ここ最近は実験とその考察を纏めるのに大忙しなのだ。


「ああ、ちょうどいいわね。あもがふぁ!?」


 あのカラスを落として頂戴、と言おうとしたがよくしゃべる小さな口をリタは手で塞いで、耳打ちする。


「……もしもあれをお二人に見られてしまってはラズ様は後でパニックを起こします」

「……言わなきゃ分からないんじゃない?」

「勘が並外れて鋭いので、恐らく看破されるでしょう。以前お嬢様が脱がれた衣類を一着だけこっそりと私室に持ち帰ったら、その日のうちにバレました」

「あんたも本当に頭おかしいわね!?」


 ヒソヒソ話を始めた二人にアイザックは首を傾げた後、苦笑いをした。機微に聡い彼は空気を読むことに長ける。


「あー、どうやらボクが手伝わないほうがいい話みたいだね」

「ええ、悪いわね。気持ちだけ受け取っておくわ。じゃあ、いくわよ、リタ」

「はい。マグヌス様、クワットル様、これにて失礼致します」

「頑張って〜」

「ふん」


 二人と別れ、再び動きだしたエリーゼとリタは中央棟との距離を取れる位置まで走り、当初目指した地点に到着する。幸いにもカラスはまだ同じ場所に留まったままだ。しかし、いつ再び移動するかは分からないので、予断を許さない状況にある。


 攻撃目標を見上げながら、目測をつけるが表情は険しい。


「ここなら何とか射角が取れるかしら。何とか私が狙い撃つしかないわね……」

「お願いします」


 撃つこと事態は射程内なので問題無い。だが下から上に向かっての狙撃は非常に難しいのだ。

 弾道が重力に引かれて下へずれていくので誤差分を見極めて打つ必要がある。

 仰角を上げ過ぎると当たらないが、下げ過ぎると建物に当たる。しかも直撃すると奪われたお宝ごと駄目になる。

 絶対に至近弾で無くてはならないのだ。


「カラスが物を落したらダッシュで回収しなさい」

「は。お任せください」


 意志の疎通が終わりエリーゼが集中力を高めながら目標を両眼で捉え、詠唱を始めようとしたその時――


「カァ、カァ!」

「あ、離しましたね」


 エリーゼが放った殺気を感じとった野鳥は手に入れたお宝を放棄して、一目散にその場から逃げ去っていく。


「え、これって私要らなかったやつじゃない!?」


 ターゲットはひらりひらりと風に乗って今度は騎士科のある方角へと飛ばされてゆく。それを見て二人は猛追を再開する。全ては紐パンを手中に収め、王都の平和を守る為だ。


「ああ、もう焦れったいわね。てか今更だけどラズの奴何であんなにエロい下着を持ってんのよ?」

「その疑問については僭越ながら私がお答え致します。ラズ様は王都に引っ越してきてからお召し物の追加を検討された際に『流行りがわからないので、リタが見繕って来てください』とおっしゃられたので私が選びました。これが流行りですよ、と言うと驚愕されながらも身に付けてくださってます。だから、悪いのは私です!」

「あんたが色々と悪いのはもう充分わかったわよ、ど変態メイド!」


 高い所から降下してきた布切れは遂にエリーゼのテリトリーである大地へと近づいてきた。


「よ〜し、やっと追いつけそう…… って、まずいわよラズともう一人の変態じゃない!?」

「……婚約者にしてこの国の王太子であらせるギルバート殿下の呼称としては牢屋に入れられてもおかしく無い程失礼かと。否定はしませんが」


 ギルバートに味方はいない。

 

 そんな事になっているとは全く知らない二人の会話が急停止したエリーゼの耳に入る。


「次は……土魔法建設部か。これはまともかもしれないぞ」

「あはは……だといいですね……」


 騎士科の建物の前を通って魔法科の方向へと向かっていく、ギルバートとラズは少し疲れた表情をしていた。

 学生会の活動らしくギルバートはの手には紙の挟まった用箋挟を持っている。

 なお、隣を歩むラズは何故か伊達眼鏡を掛けている。1キロ先の草むらにいる野うさぎのひげまで見える彼女に眼鏡は無用の長物だ。


「いずれにせよ、今日の査察はこれで最後に――ん?」


 空いている方の手を天に向けた瞬間、急に手触りの良い感触が走りギルバートは己の手の平を確認した。

 そこには何やら桜色の布が引っかかっていた。


「ふむ。ハンカチか。突風にさらわれた……か?」


 手中の布を片手で器用に広げると、不思議な事にそれは四角い形をしていなかった。むしろ別の、とある物である事に気が付いてしまった。眉間に深いしわを寄せながら、ゆっくりとラズの方に目を落とすとギルバートはそのまま金縛りにあったように固まる。


 真珠のように白く美しいラズの肌が灼熱に照り付けられたみたいに赤く染まっていた。口はぱくぱくと言葉にならない言葉を紡いでおり、激しい動揺が伺えた。


「な……んで、そんな……それが、そこに……?」


 何故、王太子殿下の手の上に自分の下着があるのか。僅かに残った理性で考えはしたがラズの思考は既に爆発する寸前である。

 ずば抜けて明晰な頭脳はまともに働きはしない。


「ちょっと、あれどうするのよ!?」


 思わず低木の茂みに隠れたエリーゼは同じく木の裏に張り付いたリタに小さな声で吠える。


「……もはや、女神様に祈るしかありません」

「その女神の使徒が今にも憤怒で地上を焼きそうなのよ!?」


 二人が陰で戦々恐々としている間に震えていたラズが大きく息を吸って叫ぶ。


「い、い、い、『清輝イノセンス』」


 その日、王都の一部地域では摩訶不思議な現象が確認された。

 何の前触れも無い穏やかな昼下がりに、まるで太陽が落ちて来たような強い光があらゆる物を包み込んだ。そして、驚く事にその輝きが失われた時には街から汚れという汚れが消え去ってしまう。

 服に跳ねたソースもすすで黒ずんだ竈も野良猫の毛に付いた泥でさえも。


 多くの人々は困惑し、後の世においても怪奇として語り継がれたが、誰一人正解に辿り着くものはいなかった。これが二代目聖女が羞恥のあまり引き起こした現象などと言う馬鹿げた真実はそっと闇に葬られたのである。


「……反射で使う魔法が浄化なのはラズらしいわね」

「あれは使用済みか否かを確かめられる前に浄化する判断力は流石です」


 眩い光と共に自らの大切な物を引ったくってラズは忽然と姿を消していた。

 学院内を駆けずり回ったリタが大急ぎで主人の部屋に戻ると珍しくかんかんに怒るラズが仁王立ちで待ち構えていた。

 既に自分の所業がバレているのを悟ったメイドは己の不始末を報告し、深く謝罪を述べる事にした。


 それでも普段は懐の深い主人の怒りは収まらなかったが、お叱りを一身に受けたリタはこの上なく幸せだった。


――怒っているラズ様もなんて可愛らしいのでしょうか。この様な素敵なご褒美を頂けるなんて。ああ、本日は最高の一日でした。


 今日も今日とてリタはリタである。

次も余談です

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