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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆リノア鉱山~山賊のアジト~
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7.真実の奥には更なる真実が息を潜める

「てめぇら伏せろ!」


 クリストフが叫ぶと、フィオールはミハエルを抱いているカイザに覆い被さった。手下に抱き起こされるバンディがはっと顔をあげる。クリストフはガトーの背後から飛び上がり、轟音と共に石畳の床に拳を沈めた。石が飛び散り、粉々になった石の埃が空を舞う。


「げほっ……逃がすな! ブラックメリーと鍵は、逃がすんじゃねぇ!」


 石の礫で目を負傷しながらも、バンディは叫ぶ。


「鍵?」


 バンディの言葉に、カイザは固まってしまった。


「ボケっとすんな! 行くぞ!」


 クリストフがカイザ達の服を掴み、立ち上がらせた。


「お前、伝説のクリストフなのか?」


 カイザを中心に、時が止まる。クリストフもフィオールも、何も言わずに彼を見つめる。

 奥宮で会って、薄々とわかっていた。わかってはいたが……カイザは、改めて聞いた。クリストフは笑いもせず、困りもせず、灘らかな声で答えた。


「…そうだ」


 ガトーの槍に貫かれる盗賊の断末魔が交差する。カイザとクリストフの視線が交差する。カイザはその時やっと、背負った物の重みを知った。伝説が真実なら、ミハエルもまた……受け入れたくなかった事実が無理矢理カイザの中に入り込んでくる。湧き上がってくるのは恐怖でも驚きでもなく、嫉妬だった。


「話は後だ」


 クリストフは呆然とするカイザの視線を断ち切って座っていた大きな石の台座を細い腕で持ち上げた。今すぐにでも問い質したい気持ちでいっぱいだったが、カイザは言葉を飲み込んで目の前のことに集中した。今はとにかく、逃げなくてはならない。


「隠し通路だ。お前ら先に降りろ」

「でも、ガトーが!」


 フィオールが指を差す方へカイザが目をやると、石埃の中で一人、襲いかかってくる盗賊を相手にしているガトーの姿があった。


「こっちは大丈夫です!」


 ガトーが槍を豪快に振り回しながら、心配そうに自分を見つめるフィオールとカイザに微笑む。確かにガトーはかなり腕がたつようだが、二人の足は動かない。


「あいつなら心配ない! あたしの息子だからな!」


 クリストフの言葉にカイザとフィオールは固まった。


「だから……早く降りろ!」


 クリストフに怒鳴られ二人は我に返り、言われるがまま隠し通路を降りる。


「行かすかよ!」


 最後にクリストフが降りようとした時、バンディが爆弾を投げつけてきた。


「しまった!」


 ガトーの頭上をすり抜け、爆弾がクリストフ目掛けて飛んでくる。


「ローザ!」


 爆弾が視界に入り、カイザが叫ぶ。すると、クリストフは扇を開き、爆弾に向かって飛び上がった。


「ガトー!」


 名前を呼ばれ、ガトーは隠し通路に向かって大きく飛び上がる。二人が空中で交差した瞬間、クリストフは爆弾を扇で叩き落とした。導線が短くなった爆弾はバンディのもとへ勢いよく戻ってゆく。


「!」


 響き渡る爆音。盗賊の悲鳴と肉片が激しく飛び交った。暫くして、爆風と天井や壁の崩れがおさまる。煙と石埃が淀めき、白く華やかだった部屋は真っ赤な血と黒い焦げ跡で染め上げらている。


「…くそっ!」


 血と火薬の臭いが溢れかえる部屋の片隅で、掴んでいた死体を放り投げバンディはヨロヨロと立ち上がった。彼は手下を盾にしてなんとかやり過ごしたのだ。


「まさか、ローザがあのマザー・クリストフだったとはな」


 立ち上がったかと思うと足元の死体を踏みつけ、喉元で怪しく笑った。


「逃がさねぇ……ブラックメリーも、美女の鍵も!」


 焦点が合っていない目で通路の入り口を見ながら、バンディは死体を激しく踏みつける。血が飛び散り、骨が折れる音がした。


「バンディ」


 血が滴る頭を抑える一人の男がバンディに歩み寄る。


「サイ、生きてたのか」


 乱れた黒い髪を整えながら、サイは言った。


「追わないのか?」


 バンディは鼻で笑い、通路に背を向けた。


「マザーとガトーは予想以上の手練れだ。駒も随分と減らされちまったし、追ったところで返り討ちに合うのがオチだろうよ」

「俺なら勝てた。今回は駒が多くて逆に邪魔だったんだ」

「まあ焦んなって。ここも堕としたし、鍵集めも始まったばっかりだ。そう遠くないうちに必ず追い詰めてやるよ」


 バンディは出口へと歩き出す。


「行くぞ、西の巫女が住んでいたノースの町へ」

「そのことなんだが……」


 バンディが振り返ると、サイは無表情で彼を見つめていた。真っ黒な瞳が、虚ろに彼を捉える。


「カイザが死体を大事そうに持っていただろう」

「それが?」

「あれ、エドガーじゃないか?」

「……」

「もしそうなら、あの気難しいマザーが奥宮にカイザを入れたことにも納得がいく。何であいつがエドガーの死体を持ち歩いてるのかはわからないが」


 サイがそう言うとバンディは再び喉元で怪しく笑い始めた。そして、石の壁に響く程に大きな高笑いした。サイはそれを、やはり無表情の冷めた瞳で見つめるばかり。


「面白くなってきたじゃねぇか! あいつも鍵を狙ってんのか!」


 サイに背を向け、肩を震わせるバンディ。


「これだよ、これこそ俺が求めていた乱世だ! そしてこの戦いを制した奴こそ……神の業輪に選ばれる!」


 いきなり叫んだかと思うと、震えも止まってぴたりと静かになった。


「カイザ……運命には逆らえない。俺が選ばれるという運命にはな」


 こうして、リノア鉱山陥落により暗い地下の奥宮で開戦の狼煙は上がった。歪な運命の歯車はゆっくりと、軋みながら動きだす。










「息子って、どういうことだよ」


 カイザ達は冷んやりとした薄暗く入り組んだ地下道を歩いていた。フィオールの問いかけに、先頭を歩くクリストフが振り返る。


「どういうことって、どういうことだよ」

「お前、どう見てもガトーより年下じゃねぇか! というより、ローザが伝説のクリストフならお前らは何歳なんだ?!」


 隣で混乱しているフィオールと全く同じことを考えていたカイザ。黙ってはいたが、気になって仕方がなかった。


「…年は答えないぞ」

「百歳はゆうに越えてる怪力ババアが女ぶってんじゃねぇ!」


 混乱し過ぎて興奮し始めたフィオールはクリストフのゲンコツを喰らって大人しくなった。頭を抑えるフィオールを見て呆れるカイザと、苦笑するガトー。


「…今のはお前が悪い」

「すいません、麗しきマザー……」


 カイザが注意すると、フィオールは涙目で小さく謝った。


「伝説を知っているなら疑問に思うこともないだろう。あたしは宴で神と寝所を共にするのが役目なんだ。その時懐妊し、地上に戻ってから産んだのがガトーなんだよ」


 不機嫌そうにしながらも質問に答えるクリストフ。


「じゃあ、ガトーは神の子供?!」

「はいはい、そうだ」


 驚くフィオールを面倒臭そうにあしらうクリストフ。


「だからあんなに強いのか」


 フィオールが先程の戦いぶりを振り返り一人で納得していると、クリストフは得意げに笑って見せた。


「あたしが賜った不老の身体と思いのままに動く手足……つまり、圧倒的な"力"。それを見事に受け継いだからな。当然だ」


 親馬鹿なクリストフのすぐ横で、ガトーは少し照れ臭そうに笑う。


「…ローザ」

「クリストフだ」


 ぴしゃりと言い放たれ、一瞬口を噤むカイザ。少し間をあけて、おずおずとその名前を呼ぶ。


「…クリストフ、リノア鉱山はどうなる」

「今は盗賊の手の内だが、心配はいらない。一日あればまた取り返せる」

「でも、俺のせいで……」


 カイザが俯くと、クリストフは立ち止まった。カイザが見た少女の顔は、


「気にするな」


 慈愛に満ちていた。


「バンディの目的はブラックメリーとあたしが持つ鍵だったようだし、お前がいてもいなくても、こうなっていたよ」

「その、鍵は大丈夫なのか?」

「……」


 笑顔が曇り、少女はカイザに背を向けた。


「あたしの鍵は、もう使ったから手に入れたところで意味はない」


 少女の言葉に、カイザとフィオールは顔を見合わせる。


「鍵を使って開いた扉が、お前達も通ったあのリノア鉱山大門だ」


 地下道の行灯が、クリストフの背中を寂しげに照らし出す。カイザはそれを、じっと見つめた。少女が手放したあの場所は、聖母が神から賜った愛の証だったのだ。立ち止まって向けたあの慈愛に満ちた笑顔は、自分を気遣ったものなのだとカイザは気付いた。


「リノア鉱山こそ、富を絶やさぬ宝石。あの門の向こうこそ、神があたしのために用意した一室」

「…クリストフ、俺、」

「それを開くためには二つの鍵が必要だった」


 カイザの言葉を遮り振り返るクリストフは真剣な眼差しでカイザを見た。


「一つは、あたし達がそれぞれに与えられた天界に繋がる扉を開く鍵。そして、あたし達が代わる代わる手にしなくてはならない金の輪……」


 カイザの心臓が、大きく音をたてる。


「"業輪"、と呼んでいる。カイザ、おそらくお前が探しているモノだ」


 クリストフの金の瞳がてらてらと火の光を反射する。その視線は、真っ直ぐカイザの瞳を射る。


「お前が探しているのは乱世の核となるもので、お前が背負っているのはその業輪を最後に所持していた女」

「……」

「エドガーだ」






ーーーーーーーーーーーーーーー







 満月が傾く夜の墓地。嗚咽もおさまり、大人しくなってぐずぐずと涙を拭く少年。そんな少年の頭を優しく撫でる彼女。二人は墓地の隅にある丸太に腰をかけていた。


「名前は?」

「…カイザ」

「カイザ、いい名前ね」


 少年は、この名前が嫌いだった。


「"神に選ばれし戦士"……この名前をつけてくれた人はとても高名な方なんでしょうね」


 彼女はにっこりと笑う。しかし、少年はどこか浮かない顔をしていた。彼女はその様子を見て、首を傾げる。


「…嫌なの?」

「だって、俺は捨てられたんだ」

「……」

「それなのに、こんな名前」


 腫れた目に再び涙が溜まってゆく。彼女は愛おしそうに微笑んで少年を抱きしめた。


「私は素敵だと思うわ。だって、私とあなたがこうして出会ったのも神のお導きなんだもの」


 彼女の言う、お導き。少年は幼い頭でそれを運命というものなのか、考えた。


「あなたは、名前の通り神様に選ばれているのよ」


 不思議な温もりに包まれる。呪っていた運命を少しでも受け入れることができれば、自分の名前も好きになれるのではないか。


「…名前、なんていうの?」

「私はミハエル」


 ミハエルがいれば、運命もまた素敵な贈り物になるのではないか、そう、考えた。


「涙を拭う妖精の名前だ」

「そうよ。よく知ってるわね」


 優しく笑う彼女にぴったりだ。少年は思わず頬が緩む。


「でもね、もう一つ他の意味があるのよ」


 彼女は空を見上げて微笑む。少年もつられて夜空に目を向けた。そこには沈みかけた満月と、その反対で散り散りに輝く星があった。


「闇に囚われてしまった"カイザ"の手を引く天使……"神の遣い"。」


 少年が彼女を見ると、彼女もまた、少年を見つめていた。


「ね? 神様は誰も捨てたりなんかしないわ。私達はちゃんと見守られている」


 ヴィエラ神話に出てくる神に選ばれし戦士は、戦いの途中で闇に囚われてしまう。そんな彼の手を引いて光ある世界に導いたのが、神の遣い。

 これを運命と言わずに、何というのか。少年はこの時、自分の名前がカイザでよかったと心から思えた。心臓の鼓動が、彼女の微笑みが、少年の心を熱くする。


「…俺、名前気に入った」

「私もよ。カイザに会って、もっと好きになったわ」


 赤い目を細めて嬉しそうに笑う少年。大人になって、神話のような戦士になれたら……そう、幼い夢を思い描いた。








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