第一話
息苦しい。辺りが燃えている。
僕の周りでは、みんなが騒いでいる。
いくつもの悲鳴が聞こえる。
当然か。
ついさっきまで、僕は薄汚い牢屋に監禁されていたのだから。
牢屋の鉄格子は半分ほど吹き飛び、赤い炎が揺れている。
――助かったのかな
その後は家で9番目くらいに腕っぷしの立つ剣士、ガルデに担がれ、装甲の厚い馬車へと押し込まれた。
そこから先の記憶は、曖昧だ。
一週間ほどか。
意識は何度か浮かんでは沈み、そのたびに絶望だけが積み重なっていった。
――僕は、死ぬのか。
それが、ガールデン家百六男レイン・ガールデンとしての最後の思考になった。
◇
最初に思ったのは、「静かすぎる」という違和感だった。
目を開けると、見知らぬ天井。
白い石造りで、やけに高い。
「……どこだ、ここ」
俺は確か、部屋で『カード・オア・オンライン』をプレイしながら、コーラ飲んでたはずじゃ...
というか、自分の声が妙に幼い。
柔らかなベッドの感触。
どこか懐かしい香り。
身体を起こすと、違和感はさらに増えた。
手が小さい。
視線が低い。
――いや、それだけじゃない。
頭の中に、知らない記憶が“混ざっている”。
日本で二十九年間、何もせずに過ごした自分の記憶。
それとは別に、六歳の少年――レインの記憶。
「まじか......」
不思議と納得できてしまった。最近読んでいる小説のお陰だろうか。
流石に四徹は不味かったか。まぁ心配する奴なんていないだろうけど。
その時。
コンコン、と扉が叩かれた。
「レイン様、起きていらっしゃいますか?」
知らないはずの名前が呼ばれる。
なのに、違和感がない。
「……うん、起きてる」
自然と口が動いた。
侍女が手に持ったお盆を小さな机にトンっと置く。
「 こちら朝食です。」
◇
「レイン様、今日は昨日の続き、『第二次人魔大戦』から始めます」
勉強机の隣で、僕の専属メイド兼歴史の先生でもあるクラムが教科書を開く。
「ねぇ、クラム......この、英雄にしか抜けないとされた"伝説の剣"を第六勇者が家にあった食器用洗剤で岩との間をつるっつるにして、抜いたって話は本当に合ってるの?」
なにか、勇者としての誇りみたいなのが、足元から崩れ去っている気がするけど......
「あら、なにか気になりますか?」
「いやぁ、気になり過ぎて、一瞬僕の初恋相手なのかと勘違いした程だよ」
「うふふ、レイン様の初恋は、7年前に私が奪ってしまったでしょうに」
「あはは、7年前の僕はまだ母上のお腹の中だね」
このメイド、なんてノリがいいんだ。
結局、この日の授業は、第六勇者の奇行を教えられまくった。
授業が終わり、クラムはメイドモードに移行しようと眼鏡を外し、エプロンを巻いていた。
「あ、そういえばレイン様ーーもうすぐあの日ですね」
「あの日?あぁクラムの誕生日だね。勿論忘れてないよ。ちなみにプレゼントは茄参の栽培キッドでいいかな?」
「私、何かレイン様にしましたっけ?」
「いつも素敵な一日をくれてるよ」
転生してから丸々一週間、初めは見慣れない人達に萎縮して、よそよそしい態度しか取れなかった。
でも、三日目くらいで気づいた。僕が住んでいる家には、兄一人と姉一人、そしてメイドさん15人が共に住んでいるのだ。
自慢じゃ無いが、20人以外の空間なら僕は、焦らず行動出来るのだ。中学校時代に似てるからな。
「って、違いますよそうじゃなくて、もう三日後ですよ"適性鑑定の儀式"!」
「あぁぁぁ!そうじゃん!」
適性鑑定の儀式。異世界ものではお決まりと言っていいイベントの一つだ。
「レイン様は、何になるんでしょうねぇ。大胆不敵な炎適性かなぁ?それともクールビューティーな水流適性かなぁ?」
「どうしよう。これで適性なしとかだったら......」
流石に過酷系のラノベみたくはなりたくないな......
「大丈夫ですよ。もし、適性なしって出ても、ガールデン家だったら、それ希少適性確定演出みたいな物ですもん」
ーーそれ迷信じゃないよな。
どういう理屈か。レインには、アース兄様とライ姉様の他に二百六人の兄弟がいる。その中で僕は百八十六人目の百六男にあたるのだ。
そして、本来、適性持ちは百人に一人ほどしかいない筈なのだが、ガールデン家の適性鑑定の儀式を受けた全員が、適性持ちなのだ。
その力もあって、ガールデン家は上流貴族の座を揺るがないものにしている。
「とにかく、今日は、早く寝た方がいいですよ。」
「え?どうして?」
「明日から魔術学園が長期休みに入りますから、ライ様が帰って来るんですよ。」
「.....! や、やばいじゃん」
「"おかえりの会"の準備はこちらで出来ておりますので、早めに休んで体力を温存しておきましょう?」
「そ、そうするよ」
まだ一度もライ姉様とは会ったことはない。だが、"レインの記憶"が、面倒な事が起きるぞと警告を鳴らしている。
ーーどんな人が来るんだ?折角ならお淑やかな美少女が望ましいが......
そんな淡い期待を胸に僕は眠りについた。
♢
『むにゅ?むにゅ?』
ーーなに、コイツ。
『にゅむむにゅむ』
薄暗く、湿っぽそうな石製の通路。まさにダンジョンと言えそうなところに僕は立っていた。まぁ恐らく夢だろう。僕がこんな所に来るはずがない。それに、なんか視界にボヤがかかっている。
『にゅむっ!にゅむっ!』
少し先にある分かれ道や、通路脇の木製のドアが、冒険心をくすぐる。
『にゅ......』
所々が苔むしていて長く放置されてい......ゴバッ!!
「ク、クソこいつ!」
きみ悪いし、夢だろうから無視してたのに、耳みたいなのに、殴られただけじゃなく痛いなんて。
『にゅむっ!』
話を聞かなかったお前が悪いといった様な態度で、黒い点の様な目が睨みつけて来る。
それは、手のひらに収まるほどの小さな生き物で、全身は、雪みたいに白い。
毛というより、綿菓子のようにふわふわしていて、輪郭が少し曖昧に見える。
丸い体に、ちょこんと付いた短い手足は、あるのかないのか分からないほど小さい。
代わりに、全身と同じ......いやそれ以上に長いうさぎの様な耳が生えている。
『にゅむむ〜』
そいつは、こちらを案内するかの様に通路奥の暗闇へと消えていく。
「お、おい待てよ」
すると突然、白い光が通路奥から、順に辺りを包み込む。それと同時に胸の奥がじんっと温かくなった。
ーーこれ......魔法か?
今まで感じたことの無い感覚が全身に走る。
しばらくすると、白い光が引いていく。
「スゲェ.........」
薄暗く、湿っぽかったダンジョンは、まるでオシャレなホテルの渡り廊下の様に変わっていた。
暖かなランタンの灯りに磨かれたダークオークの壁。
それにどこか落ち着く香りもしており、さっきまでの不気味さが、嘘みたいに消えている。
思わず息を呑む。
これが、この世界の魔法なのか。
『にゅむっ』
♢
ベッドの上で目が覚める。
ーーなんだ夢か......と、いつもなら思ってしまうかもしれない。
しかし......
『にゅむむっ』
「なんだ、お前」
身体を起こすと、膝下に、ふわふわとした丸い生き物がこちらを見つめていた。
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