第一話
息苦しい。
辺りの建物は燃え、そこかしこからは人の悲鳴が聞こえてくる。
僕の居た牢屋の鉄格子は半分ほどが、吹き飛んでいる。さらに、先程まで寝ていた布で赤い炎が揺らめいている。
すると、聞き覚えのある叫ぶ声が聞こえた。
「レイン様ーーーー!!!」
助けが来たのかな? ぼろっちいズボンをギュッと握りながら、僕はひたすら待つ事しか出来なかった。
気づくと僕は、家で9番目くらいに腕っぷしの立つ剣士、ゲインに担がれて装甲の厚い馬車に乗せられてた。
そこから先の記憶は、曖昧で。
一週間ほどだろうか、僕の意識は日に日に薄れていく。
その間、僕はメイドたちには迷惑を掛けまいと気丈に振舞っていたが、そろそろ限界だ。
三月の夜、レインは満身創痍のままベッドに横たわる。心臓の音が生々しく、やかましい。
僕.......死ぬのかな?
その夜、ガールデン家百六男レイン・ガート・ガールデンは静かに......
◇
それが、この身体の最期か......
俺、佐藤 光輝26歳は、ある日激しい雨の中でカーブを曲がり切れず、ガードレールを突き破り、崖から車ごとぽーんと転落した。
そして、気づいたらこんな部屋にいた。
白い壁紙の高そうな絵に、隅に置かれた木製の棚とミニチュアのような観葉植物。今俺がもたれかかっている天蓋の付いた綺麗なベッドと、とにかく高貴な部屋だ。
ここがホテルとかだったら、一泊何十万とかかるだろうその部屋で俺は昔の記憶を辿るようにこの身体(名前はレインというらしい)の過去を見ていた。
どうやら俺にはレインの記憶が残っているようで、なろう小説で見たとか高校の頃に何度も妄想したとか関係なく、俺は現状を冷静に見れらていた......きっと。
とりあえず冷静を証明するのと、この世界の事を知るために部屋を漁ってみるか。
そう思い、立ち上がろうとした瞬間、コンコンと扉の叩かれる音がし、外からドア越しに女性が呼びかけてくる。
「レイン様〜〜起きてますか?」
その声にどこか懐かしさを覚えたが、勿論俺の記憶ではなく僕の記憶だ。
レインの記憶は、まるで昔の記憶のように思い出す事が多いので、そのせいもあるのだろう。
「レイン様?」
その女性は、なかなか返事が来ないせいか、心配したような声で再度呼び掛けた。
「う、うん起きてるよ」
えぇっと名前は確か...
「クラム!!」
不意に声が大きくなってしまった。
「はい?なんでしょうか」
クラムが、そう言いながら手にサンドイッチを乗せたお盆を持って部屋に入ってくる。
「あ、いやなんでもない」
あんまり変な事を言い過ぎると怪しまれるかもしれないからな......発言には気をつけよう。ハムうまっ!!
◇
あれから二週間程が経過した。
初めは見慣れない人達に萎縮して、よそよそしい態度しか取れなかった。
しかし、三日目くらいで気づいた。僕が住んでいる家には、兄一人と姉一人、そしてメイドさん15人しか住んでいないのだ。
自慢じゃ無いが、20人以内の空間なら僕は焦らず行動出来るのだ。僕の全盛期中学校時代に似てるからな。
「レイン様、今日は昨日の続き、『第二次人魔大戦』から始めますよ」
いつものように、僕の専属メイド兼歴史の先生でもあるクラムが伊達メガネをくいくいとしながら教科書を開く。
「ねぇ、クラム......この、選ばれた英雄にしか抜けないとされる"伝説の剣"を第六勇者が家にあった食器用洗剤で岩との間をつるっつるにして抜いたって」
なにか、勇者としての誇りみたいなのが、足元から崩れ去っている気がするけど......
「第六勇者様は、様々な奇策を用いて魔王討伐をこなした英雄の一人ですよ」
「勇者としてそれはありなの?」
「疑問なら第二次人魔大戦を聞けば、きっと慣れて来ますよ。だってこれに出てくる偉人第六勇者様くらいしかいませんからね」
「えぇ」
結局この日の授業は、口にマンドラゴラを咥えて植物に擬態したり、魔王城の窓から青い光を浴びせ続け不眠症にしたりなど数々の奇行を教えられまくった。
授業が終わり、メイドモードに移行しようと伊達メガネを外しエプロンを巻きながら、クラムが言った。
「あ、そういえばレイン様ーーもうすぐあの日ですね」
あの日?
「あぁクラムの誕生日でしょ。勿論忘れてないよ。ちなみにプレゼントは茄参の栽培キットでいい?」
「私、何かレイン様にしましたっけ?」
クラムがエプロンを巻く手を一瞬止めた。
「って、違いますよそうじゃなくて、もう三日前ですよ"適性鑑定の儀式"!」
「あっ!そうじゃん」
「忘れてたんですか」
「........」
適性鑑定の儀式。異世界ものではお決まりと言っていいイベントの一つだ。
「まぁそれより、レイン様の適性は何になるんでしょうねぇ。大胆不敵の炎適性かなぁ?それともクールビューティーな水流適性かなぁ?」
適性って性格まで変わる物なのか?
しかし、適性鑑定か......
「これで適性なしとかだったらどうしよう」
過酷系のラノベみたくはなりたくないぞ。
その言葉にクラムは大丈夫ですよ、と返す。
「もし、適性なしって出ても、ガールデン家だったら、それ、希少適性確定演出みたいなものですもん」
なにその八字熟語?
そう、どういう理屈かレインには、アース兄様とライ姉様、そして他に二百四人の兄弟がいる。つまり、ガールデンの子は二百六人おり、僕は百六人目にあたるのだ。
そして、本来は千人に一人と言われている適性を、ガールデン家はその全員が持っているというのだ。
その不思議な力もあって、ガールデン家は上級貴族の座を揺るがないものにしている。
とはいえ、転生なんてイレギュラー的な僕がそれに当てはまるのかは、正直不安でならない。
「まぁとにかく、今日は早く寝た方がいいですし気にしない方がいいですよ」
クラムはそう言いながら、ベッドを指さす。
いつもならまだ起きている時間なのになぜだろう、といった表情をしていると...
「明日から魔術学園が長期休みに入りますから、ライ様が帰って来るんですよ。」
……驚きの返事が返ってきてしまった。
「まじか」
思わず声に出てしまった。
「"おかえりの会"の準備はこちらで出来ておりますので、早めに休んで体力を温存しておきましょう?」
「そ、そうするよ」
ちなみに、まだ一度もライ姉様とは会ったことはない。それに記憶も何故かあんまり無い。だが、"レインの身体"が、大変な事が起きるぞと警告を鳴らしている。 すごく怖い。
どんな人が来るんだ?折角ならお淑やかな美少女が望ましいんだけど....
そんな起きるわけのない期待を胸に僕は眠りについた。
♢
『むにゅ?むにゅ?』
なんだコイツ。
『にゅむむにゅむ』
薄暗く、湿っぽそうな石製の通路。
そう、まさにダンジョンと言えそうなところに気づいたら立っていた。
と言うか、気づいたら知らない所にいるの二回目なんだけど。本当にやめてほしい某果実の姫じゃないんだから。
『にゅむーにゅむー』
...まぁ別に攫われた訳じゃないだろうけど。
というか恐らく夢の中だと思う。なんか視界にボヤがかかってるし。
『にゅむっ!にゅむっ!』
少し先にある分かれ道や、通路脇の木製のドアが、冒険心をくすぐる。
『にゅ......』
所々が苔むしていて長く放置されてい……ゴバッ!!
「ク、クソこいつ!」
気味悪いし、どうせ夢だろうからと無視していたら、耳みたいな部位で殴られた。しかもなぜか夢なのにすごく痛い。
『にゅむっ!』
話を聞こうとしなかったお前が悪いといったように黒点みたいな目でこちらを睨みつけて来る。
そいつは、手のひらに収まるほどの小さく、全身は、雪みたいに白い生物で、丸い体には全身と同じ......いやそれ以上に長いうさぎのような耳が生えている。
........結構可愛いじゃないかコイツ。
『にゅむむむ』
…まぁそうでもないかすぐ暴力振るうDV気質みたいだったし。
『にゅむむ〜』
謎の生き物に対する評価を考えていると、その白い生き物は通路奥の暗闇の方へと歩いていく。というか浮いていく。僕を案内しているようにも見えるな。
「お、おい待てよ」
あいつが完全に見えなくなったと思ったら、突然白い光が現れ、通路奥から順に辺りを包み込んでいく。同時に僕の胸の奥がじんっと温かくなった。
これ......魔法かな?
今まで感じたことの無い感覚が全身に走る。考えてみれば異世界にきて一度も魔法を見たことがなかった。しかし、これはなんかすごい魔法っぽい。
数秒、あまりの眩しさに目を閉じていると、徐々に白い光が薄くなっていく。
「うわぁ…」
さっきまでは薄暗く湿っぽかったダンジョンがまるでオシャレなホテルの渡り廊下のような内装に変わっていた。
暖かなランタンの灯りに磨かれたダークオークの壁。そのうえ懐かしいような良い香りまでしてきた。
さっきまでの不気味で質素なダンジョンが嘘みたいに、今では心地の良い音楽まで流れてきそうな廊下になっている。
思わず声を出してしまうほど美しかった。
これが………魔法なのか。
『にゅむっ』
僕はいつのまにか隣に居たそいつに言った。
「ねぇ君って………
♢
ベッドの上で目が覚める。
なんだ夢だったのか......と、いつもなら肩を落とす展開だったかもしれない。夢落ちなんてサイテー!!となっていた。
しかし......
『にゅむむっ』
「なんでコイツ」
身体を起こすと、ふわふわとした丸い生き物がじっとこちらを見つめていた。
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