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10 戦いの始り

 ルースが目を覚ますと、心配そうにこちらを見つめる幼い女の子の顔が目の前にあった。


「……あたしにもついに天使のお迎えが来たのね」


 ふと口から出た弱々しい言葉にルースは疑問を感じ、むくりと起き上がる。


「つか、あたしそんなに生きてないじゃんっ!」


 思わず出たセルフツッコミにルースは顔を赤くする。

 目を細めて周りに視線を向けると、そこには石造りの部屋と、壁の隅っこで横たわる蒼髪の少年リクトの姿があった。

 嫌な記憶が頭をかすめる。

 背中を触るとちくりとした痛みが走った。


「痛っ! やっぱこっちが現実だったかー」


 重い腰を上げたルースの目の前に《妖精(フェアリー)》がひらりと宙を舞って現れた。

 リクトの胸ポケットの中でひと休みしていたエレウだ。


「あんたは確か、蒼毛(あおげ)のペット──」


 そう言いかけた途端、エレウはほっぺたをプクリと膨らませる。


「あ、ごめんね! ペットじゃないよね? 頼もしい《妖精(フェアリー)》だもんね!」


 そう言われて気を良くしたのか、エレウは満足げにえっへんとドヤ顔を見せた。


(う~ん。この子、くっそかわいいな……)


 すると、視界の隅にいたリクトが寝返りを打ち、小さな声で寝言を言っている。

 ルースはリクトのもとに近づくと、耳を澄ました。


「急いで女の子を助けないと……悪魔に食べられてしまう!」


 ルースはため息まじりにリクトの夢に返事してみた。


「で? どんな悪魔なのよ。言ってみなって。

 あたしだったら何か対策法を知ってるかもしれないよ~?」


「ん~……たしか、名前は“ルース”ってヤツだ」


 ボフッ!!


 リクトは脇腹に与えられたとてつもない痛みと共に目を覚ました。



 * * *



 無意識の世界で突然、凄まじい痛みが脇腹に走った。

 こんな最悪な目覚めは生まれて初めてかもしれない。

 まるで誰かに蹴られたような感じだ。

 不思議だな。そんな非情なことをする人なんていなかったはずなのに。


「あら。ようやく目が覚めたみたいね。大丈夫?」


 脇腹を手でおさえると、上からルースさんの心配する声が降ってきた。

 リクトはしばらく答えられなかった。代わりに口から飛び出たのはむせるような咳の連続だった。


「足にそんな力入れてないのに、あんた見た目以上に貧弱ね」


 犯人はおまえかよ……。

 恨めしげにルースさんを睨んだリクトだが、お陰で気味の悪い夢から覚めたんだから、ここはむしろ感謝するべきか。


「それよりも、この状況見てみなよ。かなりまずいよ」


 飛んできたエレウをキャッチして再び胸ポケットに入れたリクトはルースさんにそう言われて起き上がると、外の様子がやはり気になるのか、ひょいっと胸ポケットからエレウが顔を出した。

 そして、リクトはようやく今の状況を理解した。


 ここは、石造りの壁に囲まれた四角い部屋の中のようだ。

 周りには使い古された大きな蝋燭立てや、首無しの石像、壊れた陶器類などが散乱している。


「あのくそウサギ! まんまとしてやられたわ……気配が全く無かった」


 ルースさんは忌々しそうに爪を噛んでいる。

『くそウサギ』とは、この部屋に閉じ込めた者のことを指しているのだと思う。


「それ、神官が使う台詞じゃないよ」

「まだ見習いだからいいの」


 ルースさんの扱いに困り果てていると、足元の床からヌッとフクロウの仮面を被った小男が姿を現した。


「うぎゃあああ!!」


 思わず叫んだ──が、ルースさんのほうをちらりと見ると、至って冷静な顔だ。

 さっきの情けない叫びを咳払いで誤魔化してみる。


「……だっさ」

「しょうがないでしょ!! いきなり下からズイ~って、出てきたら誰だってビビるって!!」 


 色々と言い訳を投げていると、小男がコホンと咳をした。そうだ。今は口論してる場合じゃない。


「宜しいでしょうか?」


 恥ずかしいので沈黙で答えると、小男は名を名乗った。


「第38回目の鼠狩り(カカラトス)にねずみ役として選ばれた皆さま。

 おめでとうございます。

 わたくし、このゲームの案内人を務めさせていただくフェリーロと申します」


 そう言うと、フェリーロは気品たっぷりに華麗に挨拶してみせた。


「あなた方はこれから脱出ゲームの参加者となっていただきます」


 片手の人差し指を立てて、フェリーロはそう言った。


「もうお察しがついていると思いますが、ここはとある遺跡の中であります。

 遺跡は40階層に分かれており、あなた方が現在いるのは、最下層。

 ねずみの皆さまはここから出口の最上階を目指していただきます」


「なるほどね。でも、あたしたちが『はい分かりました』と言って、あなたに従うと思ってるわけ?」


 ルースさんの目配せを受けて、リクトはフリントロック式拳銃を。

 ルースさんはいつもの杖をフェリーロに向けた。


「二対一。有利はどちらか、言うまでもないわね」


 だが、フェリーロはフッと笑った。


「威勢が良いねずみはお客様の心を掴みます。

 是非ともその姿勢を保ち続けて下さい」


 途端、杖の先から光弾が放出され、ズドンッ! とフェリーロの身体に穴が開いた。

 殺気の眼差しがこもったルースさんの目に動揺の色が揺らいだ。

 フェリーロのほうに顔を向けたリクトは口を開けたまま茫然とした。


「あなた方、まだ戦いの場に慣れていないようですね。

 無策で相手の前に姿を現すのは愚か者のすることです」


 ルースさんの攻撃魔法で開けられた身体の穴は瞬く間に塞がった。


「分身の魔法……」


 ルースさんはぽつりとこぼした。


「話を戻しましょう。

 遺跡──我々は“迷宮(ダンジョン)”と呼んでいますが、迷宮(ダンジョン)には、ねずみを獲物とする狩人が徘徊しています。

 狩人たちは容赦なくあなた方に襲い掛かってくるでしょう。

 立ちはだかる狩人たちを掻い潜り、脱出を目指すのです。

 優秀なるねずみには地位と報酬を授けます。ご期待下さい」


 それではお二人のご健闘をお祈り申し上げます、フェリーロはそう言うと、ズブンッと床に潜り、たちまち姿を消してしまった。

 その代わりに部屋の奥の壁に亀裂がピシッと走った。

 ギシギシと壁が左右に動き、暗がりの通路が二人の前に姿を現した。


「こっちにはゲームの拒否権どころか、人権すらも無いってわけね」

「狩人が徘徊してる……って、死ぬ危険性しかないよね?」

「大丈夫っ! 一度くらいなら祈りの魔法で死んでも生き返らせてあげるから」

「復活魔法って一度きりしかできないの……?」

「は? 当たり前でしょ。

 無限に復活できちゃったら、この世は生者だらけで狭苦しい世界になってるわよ。

 そんな世界になるの想像してみ? キモいでしょ」

「そりゃそうだ……」


 キモいかどうかはともかく。


──もしここがゲームと同じなら、プレイヤーに死は無い。

 生き返る事だって理論上、可能のはずだ。

 けれど、今まで現実としか思えない体験を沢山してきたんだ。

 今更、死ねるかどうか試す度胸なんて、リクトにはない。


……ルースさんのほうをちらりと見る。

 むすっとした顔でルースさんはこちらと目を合わせると、互いの意思を示し合わせるようにしてコクリと頷いた。

 どうやら進むしかない、か……。

 互いに武器を手にすると、ルースさんとリクトは暗がりの通路へと足を進める。


「そういや、さっき無詠唱であいつに攻撃してたよね。あれって詠唱しなくても出せるものなの?」


「は? できるわけないじゃん。事前に詠唱しておいたのよ。

 魔法を扱うならそれくらい常識」

「へ、へぇ」


……常識だったんだ。


 こうして、リクトとルースさんは半ば強制的な流れで過酷な闘いへのスタートラインを切るのだった。


 そして……ここから始まるんだ。

 本当の戦いが──。

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