08 隠されし部屋
野党らと一定の距離を保ちながら、足音をたてないように忍び足で進んでいく。
やがて、野党らは突き当りの壁に置かれた石像の前で足を止めた。
すぐさまリクトたちは壁に張り付いて、息を押し殺した。
十字架に磔にされた男の石像の前に立った野党の一人が、腰に差した短剣を手に取ると手のひらを軽く切り裂き、ボソボソと呪文を唱えながら、石像の頭の上に血をツーッと垂らす。
次の瞬間、大勢の男とも女ともつかぬ囁き声が、生温かな風とともに野盗達の間を縫って通り過ぎた。
すると、石像の口の中から、まだら模様の蛇がうねうねと這い出てきた。
蛇は鎌首を持ち上げ、不気味な眼球をぎょろりと動かし、縦長の瞳孔が野党達の目を見据える。
野党二人は膝をついて頭を下げた。彼らの額からは汗がツーッと流れ落ちる。
「捧げものをお届けに参りました。どうぞ、お受け取りください」
まだらの蛇は、シューシューッと枝分かれした長い舌を出しながら、野党が連れてきた者達をぎょろりと見やる。
「……入るがいい」
まるで地の底から轟くような不気味な声が響いた途端、蛇は器用に壁の隙間に潜り込んだ。その直後、壁全体がグラグラと揺れる。
野盗二人は身の危険を感じたように瞬時に立ち上がり、壁から離れた。
すると、パラパラと敷き詰められた石の壁が一つ一つ次々と反転し、ルービックキューブを解いたかのように扉の絵画を完成させた。
やがて、それはくっきりとした形になり、本物の扉へと顕現する。
その光景をボーッと眺めた野党の一人は、のどに溜まった痰を勢いよく吐き出すと、口元を手で拭いながら言う。
「しっかし、何度見てもすげえな。“魔法”ってのはよう」
「はぁ~。感心してねぇで、とっとと終わらせるぞ」
野党の一人が扉を開き、灯りの点いた部屋の中に入ると、片割れの野盗は返事代わりに再び痰を吐き、連れてきた者達を従え、部屋の中に足を踏み入れた。
……数分もしないうちに二人が部屋から出てくると、野党の一人が扉を閉じた瞬間、たちまち扉の表面がブロック状に切り分けられ、一つ一つのブロックが反転し、元の壁の姿を取り戻した。
「さあて……今回連れてきた奴らの中で、一体何人が幸せに死ねるだろうね」
「俺らの知った事か。ほら、さっさと行くぞ!」
野盗二人は互いに松明を手に持つと、足早に立ち去った。
次第に野党の足音が遠のくと、床と壁の間に放置されていた布の塊がモゾモゾと蠢き、布をはねのけて床に寝転んでいたルースさんとリクトが顔を出す。
「ぷはぁっ! あー、死ぬかと思った……」
立ち上がり、全身に付いたホコリを払い落とす。
ルースさんは頭をブンブンと振り、髪に付いた埃を払い飛ばした。
しかしなぁ、とリクトはルースさんが捨てたボロの布きれをジトリと見やる。
あいつらがもっと注意深く周りを見てたら、これワンチャン死んでたんじゃ……?
そう考えると、ブルブルッと身体が震えた。
その一方、ルースさんは突き当りの壁を手でぺたぺたと触っている。
しかし、どこを触ってみても、そこにはただ無機質に冷たい壁があるだけだ。
「これはあたしの予想だけど、ピスケのお父さんはたぶんこの秘密の部屋に十中八九いると思う」
「でも、どうやって部屋に入る?」
「そこが問題なんだよねぇ~」
壁にもたれかかったルースさんは眉を八の字にして、うーんと唸った。
「黒魔法を使ってるのは分かってるんだけどさ、神官が黒魔法を使用するなんて無理な話だし、あたしにゃ専門外だわ」
そう言い、ルースさんはお手上げと言わんばかりに肩をすくめた。
互いに腕を組み、しばしの間考え込んだ。
沈黙の時間が数秒ほど流れ──ペシッと手を軽く叩いたルースさんは覚悟を決めたような口ぶりで言った。
「こうなったら仕方ない。野党を一人捕まえて、秘密の部屋に案内してもらうしかないわっ!」
「……え。それ本気?」
すると、ルースさんは顔をしかめた。
「え、何? もしかして、あんた……ビビってんの?」
「いやだって! 人間相手と今まで戦ったことなかったし……」
まあ、ゲームの中では、一応あるんだけど……。
PVPと直に戦うのとじゃ、ワケが違うし。
ルースさんは深いため息を吐き出すと、軽蔑を込めた眼差しをこちらに向けた。
「はぁ~呆れた。巨人と戦って生還した人の言葉とは思えないわ」
返す言葉が見つからない。
全力で巨人から逃げてたのが、正解だなんて、とても言えない……。
「フフフ。ご安心ください。そのようなお手間は取らせませんよ」
突然、闇の中から女の声がした。
「「!?」」
互いにビクッと肩を震わせると、声がした方向を凝視する。
それぞれの武器を顕現させ、ガシッと武器を手に取ったリクトたちは戦闘態勢に入った。
カツン、カツン、と靴音を響かせ、闇の名からメイド服を身に纏ったウサギ女が現れた。
「あなた方が、わざわざいらっしゃらなくても結構です。こちらからご案内いたしますので」
──ストンッ。
「……?」
なにか背中に当たったような感触がして、背中に手を回す。
「ルースさん?
いま何か変なのが当たった気がしたんだけど、そこ……から……見え……」
フラリとして意識が遠のくと、気づけばバタリと倒れていた。
「リクト!?」
──ストンッ。
ルースさんの背中に小さな矢が突き刺さった。
ルースさんは悔し気に天を仰ぐ。
「まじか……」
くそっ、と恨めし気に歯を食いしばったが、しかし、やがてルースさんも力を失い、リクトのそばにぐたりと倒れた。
リクトはルースさんの悔しそうな顔をぼうっと見つめ、次第に自身の力も失われていくのを感じると、リクトの意識も成す術なく暗闇の中へと落ちていった。




