19 来襲
城内は巨人の強襲により混乱に満ちていた。
リクトは監視の目が弱まった瞬間を見計らい、人波に隠れこんだ。
数秒遅れて監視役の一人が気づき、声をあげる。
「お、おいっ! 囚人が逃げたぞ! 探せっ!」
二人の兵士はあわてて周囲に視線を巡らせた。
すると、二人の後方から上官の男の声が飛んできた。
「一人の囚人なんぞに構ってる場合じゃないだろっ! 東門の守りが手薄だ。ジェスターとミケは俺と来い!」
二人の兵士は渋々といった面持ちで人波をかき分け、謁見の間から去っていった。
リクトはその様子を確認したのち、兵士達の人波に飛び込んで身を任せた。
群衆の波に押し流されるようにして謁見の間をあとにしたリクトは壁沿いに歩いて進んだ。
とりあえず大きな難関は抜けた。
だけれど……。
リクトは視線を下に向ける。
両の手はいまだに後ろ手に手錠をかけられたままの状態だ。
どこかで手錠を取り外す方法を考えなきゃ。
しかし、そんな心配は杞憂だと言わんばかりに横を走り抜けていく兵士達はリクトに目もくれず、慌ただしく城の外へと消えて去っていく。
外からは野獣のような唸り声が凄まじい地響きと共に聞こえ、その獣の声が唸るたびに城全体が大きく揺れた。
壁伝いにようやく扉を見つけたリクトはすかさず身体ごと体当たりし、城の外へと飛び出した。
そこに広がっていた景色にリクトは目を大きく見開く。
……そこに広がっていたのは“地獄絵図”だった。
一つ目の巨人達が城下町を我が物顔でのし歩き、民衆を捕食するその光景はまさに『地獄』という以外に言葉が見つからない。
巨人は衣服を身に着けていなかった。
全裸の姿をした巨人もいれば肩や腕、腰の辺りにのみ、破れた衣服を一部だけ残す者もいる。
巨人は全員が男のような顔立ちだが、個体によって性器は異なり、性別があるのかさえ分からない。
大きな共通点は頭に生えた一本角と一つ目、
そして、ピンと尖った大きな耳だ。
外見は熟した大人の姿だが、しかし、彼らの動きはまるで幼児のようであった。
町を破壊し、人を食する事を心の底から愉しんでいる。
リクトの目にはそう映った。
しばらく悪夢のような光景を茫然と眺めたリクトの口は自然とある“巨人の名”を口ずさんだ。
「……“《サイクロプス》”」
《サイクロプス》とはゲーム内で何度か戦った経験がある。
勿論ゲームの中の話で、だが。
でもたしか、ゲーム内だと《サイクロプス》は中ボス級の強さだったはずだ。
あいつらの強さがゲームと同じなら勝てない相手じゃない、けれど……。
「あんなバカでかいヤツを5体も出すとか、ありえないでしょ!」
……途端、背中をコツンと先の尖った硬いものが当たった。
「──……混乱に乗じて、逃げる気かね?」
背後から聞こえた男の声にリクトは振り返る。
──声の主はセオドアだった。
リクトよりも二回りほど背が高いセオドアは感情が読み取れない大きな黒い目でリクトを見下ろした。
彼は背中に突きつけた剣の切っ先を今度はリクトの鼻先に向ける。
「残念だったな。もう少しで脱獄が成功できたかもしれぬのに」
「ぼくなんかに構ってる場合ですか? 目の前でもっと大変な事が起きてるってのに」
「言われずも対処はするさ。だが、脱獄囚をこのまま見逃すわけにはいくまい」
セオドアは冷淡な口調でそう口にすると、リクトの腰に括り付けた縄をぐいっと引っ張り、城の入り口に足を進めた。
「しばらく事態が治まるまで地下牢にいろ。それがお前たち囚人の務めだ」
「……ぼくなら、この状況を覆す事だって出来るかもしれないですよ?」
自信たっぷりに言って見せる。
けれど、正直に言うと、自信なんてカケラも無い。
ただこの状況を打破するための嘘。
……最後の抵抗のつもりだった。
すると、セオドアは足を止めた。
「召喚術、か……ようやくやる気になったか」
リクトはうつむいて告げる。
「……この事態を招いた原因はぼくにあります。
でも、何度時間を巻き戻したとしても、結局同じ事をしてたと思う。
だからこれは『責任』とか、『誰かに頼まれたから』とかじゃありません。
自分はただ──」
顔をあげたリクトの顔を目にした途端、セオドアは少し驚いたように黒目を更に大きくした。
「こんな酷い光景はもう見たくない。それだけです!」
「……」
沈黙が下りる──
すると、背後からガチャリと音がした。
振り返ると、手錠は取り払われていた。
「ならば、やってろ。だがもし、逃走を図れば……分かっているな?」
リクトは黙って頷いた。
直後、城全体に突然大きな影が覆った──……。
「「!?」」
二人の目に巨大な物体が城めがけて飛んでくる。
“それ”が“石橋の一部”だと気づいた時には、時すでに遅かった。
飛来した石橋は巨大な石斧の如く、城の中央を叩き割り、その衝撃によって粉々に砕け散った石の雨が、城の後方にあった建物群に容赦なく降り注いだ。
──ドドドドドドオオオオオッ!!
そのうち、三つほどの巨大な岩が町へ落下した。
一つは町を悠然と歩く一体の巨人に直撃し、残り二つは教会の建物の壁をかすめた。
二つの岩は地面に落下してもなお、勢いを落とさぬまま大地を削り、巨大な道を作ってようやく止まった。
そこから立ち上る土煙の大きさが、石橋の破壊力と衝撃の凄まじさを物語っていた。
地面の揺れになんとか耐え抜いたリクトは城のなれの果ての姿を茫然と見上げ、つぶやく。
「アレを、あいつがやったというのか……?」
セオドアは忌々しげに目を細め、そう口にする。
リクトはセオドアの視線を追いかけ、“それ”を目にした。
“それ”は、リクトのいる現在地から3キロほど向こう、
町の西入り口にかけられた──いや、かけられてあったはずの石橋のそばに、それは立っていた。
「……ウソだろ! “6体目”の巨人……!?」




