11 黒鴉の女
「変だ……魔導銃が出ない」
《ワイヴァン》退治で《ビッグ・ピョンチュー》を召喚した際は、念じるだけで即座に現れた魔導銃だが、どうしたワケか反応しなかった。
──魔導銃の呼び出しには長い詠唱が必要なのか?
「古の神々よ。
我の言葉に応えたまえ。
像に封じられし者を召喚せし道具を我に貸し与えたま──」
「……呪文唱えたって無駄だぜ。新入り」
突然、向かいの牢から男の声がした。
鉄扉の小窓に顔を近づける。
すると、向かいの牢の小窓から再び男がした。
「この“上”にある教会のせいだ。ここじゃ魔法なんてろくに使えねえよ」
「どうして魔法が使えないんです……?」
すると、向かいの牢の小窓から男の顔が現れた。
小窓が狭いため、男の顔は二つの細長い目しか見えない。
二つの目はリクトの顔を怪訝な目で見つめた。
「あん? お前、共通語が話せねえのか?」
「いや、さっきから喋って……」
ついに翻訳魔法の効果持続時間が切れてしまったのか。
だとすると、相手の言葉が分からなくなるのも時間の問題。
リクトは頭を悩ました。
途端、男の二つの目が好奇の眼差しに変わる。
「カムイ語を話せる奴なんざ、初めてだ。こっちが何言ってるかは分かるのか?」
──リクトはコクリと頷いてみせた。
「なら、こっちの常識がわかんねえのも無理ねえわな。オレの名はパイソンだ。お前の名は何だ?」
「リクト・サシューダ……です」
「リクタン?」
「リ・ク・ト」
「リコータ?」
だんだん二つの目が三日月のようになり、ニヤニヤと薄く笑みを浮かべる。
このおじさん、わざと間違えてるな……。
パイソンとの会話は時間の無駄だと諦めたリクトは小窓から目を離す。
牢屋の扉に背中をつけたままズリズリと座り込んだ。
後ろからリクトを呼ぶ男の声がしたが、無視することにした。
少し顔を上げると、向かいの壁に鉄格子の窓が一つある。
窓の向こうには、夜空にポツンと浮かぶ月が見えた。
半分は雲に隠れているが、物凄く大きく感じる。
この世界ではあの大きさが普通なのだろうか?
「よいしょ」
リクトは腰をあげ、壁の窓に近寄ると、外の様子を窺った。
城塞都市というだけあって、夜の街並みが眼下に広がっている。
日本に住んでた頃の夜の風景とは違って、看板の明かりも灯っておらず、街全体が薄暗さに包まれていた。
《アスカナ》のゲームにおいて、魔法が使えない場所はいくつかあった。
冒険の拠点となる町や教会、神殿などだ。
制限がかけられる理由は、主にイベント周りのバグ対策やPK対策も兼ねてだったけれど。
「外は結界とか、無さそうだな……」
窓からなら──と、右手を窓の外に出し、念じてみる。
すると、瞬時に魔導銃が手元に出現した。
「よし……!」
すかさず銃を手に取るリクト。
窓の外に手を出した状態で、空いた片方の手をポケットに突っ込む。
そして、ポケットの中から四個の小さな球体を取り出した。
正確に表現すると、これはただの球体ではない──“銃弾”だ。
四個の銃弾は《ワイヴァン》を倒したあと、アスカナバッグの中身を徹底的に漁った結果、新たに発見したものだ。
つまり、いま手元にある銃弾が現時点でリクトが使用できる召喚獣、ということになる。
この数はゲーム内で自分が召喚スロットに配置し、編成していた召喚獣の数と一致する。
手の上に転がった四個の銃弾のうちの一つを見やる。
その一つは青白い粒子が銃弾の上半分を覆っていた。
「これが《ビッグ・ピョンチュー》のやつってことか?」
銃弾の表面には文字が刻印されていたが、リクトには読めなかった。
さらに他の銃弾も一つ一つ確認してみる──
二個目の銃弾は表面に亀裂が走っていた。
その銃弾を見た瞬間、胸の奥の古傷を舐められたような痛みを覚えた。
「これは《ルキアナ》の……」
リクトが口にしたのは、身を犠牲にしてアヴィスの攻撃を受け、彼女はリクトの目の前で消滅した召喚獣の名であった。
ヒビ割れた銃弾が、彼女の死を否応なく再認識させる。
胸の中で音もなくさざ波が押し寄せてくるのを感じた。
「……っ」
重い感情を引きずったまま、リクトは三個目の銃弾に目を通す。
三個目の銃弾は青白い粒子が表面全体を覆っている状態だった。
おそらくこれが召喚獣を解き放てる状態ということなのだろう。
四個目の銃弾に視線をちらりと移す。
その銃弾は他の銃弾とは明らかに異質だった。
銃弾の表面を覆い隠すように古びた包帯でぐるぐる巻きにされており、それはまるで、何か恐ろしいものを封じ込めているかのように見えた。
これが何なのかは推測できるが、とりあえず今は置いておこう。
正体が分かったところで、今使える代物ではない。
……これまでの観察結果をまとめる。
青白い色の粒子がおそらく魔法の源『マナ』と呼ばれるもの。
被造物人形を弾丸に変えて撃つ方法が本来の召喚方法なのだろう。
《ワイヴァン》を討伐した際にやった方法でも召喚することは可能だった。
けれど、あの方法はあまりやらないほうがいいかもしれない。
召喚できる限界距離があるかもしれないし。
「いま使える召喚獣はこの一体のみ、か……よし」
通常の召喚方法を試すのはこの世界に来てから初めてだ。
ごくり、と生唾を飲む──
手始めに頭の中で銃口から弾を装填する光景をイメージする。
リクトの所持する銃はフリントロック式ピストルをモチーフにしているため、弾の装填方法はリクトが元いた世界の時代で使われるものとは異なり、かなり面倒な手順で弾丸を装填する仕組みになっている。
しかし、ここはゲームと同じく魔法が存在する世界だ。
複雑な手順は魔力操作で省略してくれる。
引き金を引くと、撃鉄が作動し、火花が炸裂する。
同時に青白い閃光が銃口から迸った。
「ひっ!」
そこから現れたモノを扉の小窓から目撃したパイソンは、世にも恐ろしい“何か”を見たように顔をひきつらせた。
* * *
普段は寂れた場所であるリーズ城跡だが、今宵はにわかに騒がしい。
この地に眠る死者の魂たちはきっと、そうぼやいているに違いない。
──そこへ新たな5人の来訪者がどこからともなく現れた。
全身黒ずくめの服装をした彼らは皆、つば広めの黒帽子を被り、黒鴉の頭を模した仮面を着けている。
“不吉”──
彼らを見た一般市民に彼らの第一印象を聞けば、誰もが口を揃え、そう答えるだろう。
黒ずくめの4人を従えた淑女は地面に開いた穴の手前で立ち止まり、穴の底を覗き込んだ。
数時間前まで、穴の底にあった《ワイヴァン》の死骸は黎明騎士団によって処理された後であった為、そこにはもう何も残っていなかった。
しかし、淑女の紫色の瞳には、穴の底で漂う《ワイヴァン》の霊魂が映っていた。
その数は全部で6つ。
「ほんとにこれ全部あの少年がやったの?」
淑女が鴉の仮面を外すと、色白の顔が現れた。
少し水色がかった銀髪。
片側だけ長く伸ばした前髪が風に揺れた瞬間、片目に宿した紫色の瞳が淡い光で輝きを放った。
「どうやらそのようです」
彼女が手に持っていた鴉の仮面が何処かへと消え、同時に煙草ケースがあらわれると、淑女の背後に佇んだ部下の一人が、彼女の問いかけに答えた。
「実際に《ワイヴァン》を討ったのは小僧ではない。
小僧が放ったモンスターだ。そこを間違えなきように」
「しかしだ。あのようなクラスのモンスターを手懐けるヤツが今の時代にもいたとは驚きだ」
「二千年前だったか。この地に忽然とあらわれたレオニード以来の逸材やもしれぬな」
「どちらにせよだ。新たにあらわれた《調教師》の存在は無視できん。
このままヤツを放置すれば、ヤツの力を利用しようと企む連中が続々と現れ、争奪戦になるのも時間の問題。
今すぐにでもヤツの確保を優先すべきでは?」
部下たちが後ろで論じ合うなか、淑女は煙草ケースからスッと一本煙草を手に取った。
慣れた手つきで煙草ケースを何処かへ消した後、口に咥えた煙草の先近くに風よけの壁を掌で作り、煙草の先に何もない所から火を点けた。
淑女は退屈そうに紫煙を細く吐くと、穴の底で泳ぐ霊魂をぼんやりと見つめる。
「で、その少年は今どこ?」
「黎明騎士団本部かと」
淑女は顔を上げてコートを翻して踵を返すと、部下達も淑女のあとに続いた。
「“バイセルン”へ直接行かれるので?」
「老害連中に先を越されたくない」
「彼にそれほどの価値があると?」
「“価値”ってのは、そうすぐに生まれるものじゃない。じっくり磨きあげないとね」
満天の星空を見上げ、淑女はまだ見ぬ少年を想う。
(磨けばただの石ころか、あるいは煌めくミルラの原石か……見極めさせてもらおうじゃないか。少年!)
──漆黒の鴉達が羽ばたく先、嵐ノ予感。




