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12 第二の召喚獣

 バイセルン城の地下牢で、突然、銃声が轟(とどろ)いた。


 リクトがゆっくりと目を開(あ)ける。

 目の前で看守の男がふらりとよろめき、泥酔したかのように半目のまま牢内をさまよい歩く。


「bochemu……? Vnedapnoz……donnyy……」


 次の瞬間、男の頭がカクンと後ろへ垂(た)れ、そのまま床(ゆか)に崩れ落ちた。

 しん、と静まり返る牢内(ろうない)。

 リクトは恐る恐る近づき、倒れた男を覗き込む。


「……あ、あのう~……大丈夫ですか?」


 返事(へんじ)はない。

 胸の奥がひやりと冷える。


「も、もしかして……死んでる?!」


「いえ。生きていますよ。

 ただ眠(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)だ(・)け(・)です──」


 背後から、聞き覚えのある少女の声。

 振り向くと、囚人用のベッドに腰かけた小さな人影があった。

 妙な懐かしさが胸を刺す。


「お久しぶりですね。

 まさかこんなところでマスターのお顔を見る事になるなんて……

 “現世(うつしよ)は常夜(とこよ)の夢よりも不思議なり”ですね」


「……もしかして、“メア”?」


 名を呼ばれ、少女は露骨に肩を落とした。

 月明かりが差し込み、その姿がはっきりと浮かび上がる。

 片目を前髪で隠した馬耳の少女。

 無気力そうな視線が、じっとリクトを睨んでいた。


「他に誰がいるんです?

 私を召喚したのはマスターでしょう。

 用(よう)が無いなら、

 駒(こま)に帰らせていただきますからね」


「あ、ちょ、待って!

 帰らないで! きみの力が必要なんだ!」


* * *


──《夢魔(ナイトメア)》。


 眠りに干渉し、悪夢を与えるモンスター。

 《淫魔(サキュバス)》の亜種。

 右手の甲に刻まれた『S』の魔印。

 その刻印が、彼女が召喚獣である証だった。


──……懐かしい。

 だが、今は感傷に浸っている場合じゃない。


「ZZZZ……」


 メアの固有(ユニーク)スキル《夢ノ籠(インキュナビュラ)》。

 看守は文字通り、深い眠りに落ちていた。

 リクトは状況を簡潔に説明する。

 この世界のことだけを。


「……事情は理解しました」

「助かるよ」


「“目覚(めざ)めの世界”では、私は非力です。

 なので……少し強引な方法を使いますが」


 メアの片目が、闇色に染まった。

 倒れていたはずの看守が、ゆらりと立ち上がる。


「大丈夫です。彼は眠ったままです。

 《心操支配《カルディアドミネーション》》で遠隔操作しています。

 指示をどうぞ」


 リクトは短く息を吸い、告げた。


「目立たずに外へ。

 それと……モモカさんと、あの妖精のところへ案内してほしい」


「グカッ……zzzz」


「今のって……?」


「『了解』です」


 マクシムと名乗る看守は、夢遊病者のように牢を出ていった。


「ありがとう、メア」

「召喚獣ですから」


 だが――


「Poz'mi wenya Dozhe! Vozhaluysda!」


 向かいの牢から、必死な声が響く。

 パイソンだった。

 翻訳はもう効かない。

 彼の訴えは、言葉として届かない。

 やがて彼は崩れ落ち、嗚咽を漏らした。

 リクトは歯を噛みしめる。


「……連れて行くべきか」

「決めるのは、マスターです」


 リクトは一度、目を閉じた。


 ここで彼を見捨てるのは簡単だ。

 だが――


(これ、ゲームだったら“分岐イベント”だよな)


 しかも、失敗したらやり直しは利かない。

 リクトは、静かに目を開いた。


──と、その時だった。


 遠くで、金属音が響く。

 複数の足音。

 誰かが、地下牢へ向かってきている。


「……まずい」


 選択を迫られる時間は、もう残されていなかった。


──脱獄は、まだ始まったばかりだった。

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