#23
純白の空間に裕也は居た。
上下左右は学校の教室のような広さでいて奥の壁が果てしなく遠く、最果てが見えない。
先程まで居た生活感溢れる少女の部屋は面影もなく、色彩も匂いまでも失って、眼前にただ白が広がっていた。
「ここはどこ?」
裕也が尋ねる。この状況に案内したクレイバーは当然のように答える。
「夢の中ですよ」
微笑すら浮かべて。
「誰の夢の中なの?真っ白で何もないよ?」
「そうでもありませんよ、ほらあそこ」
遠くに揺らめく蜃気楼のように、白銀のドレスが浮かび上がる。頭から被ったケープが顔を隠し、その表情は読み取れなかったが、その人物は裕也を一直線に見つめながら純白の中に溶け込んでいた。
「……由香ちゃんが、お嫁さんの服を着てる」
「ウェディングドレス、よくお似合いですね」
「じゃあここは由香ちゃんの夢?」
「そうです」
「どうして何も無いの?」
ーーさっきの部屋は何処へ行ったの?
「お家ばかりが夢の舞台ではありませんよ。学校や会社もね。そして過去や現在だけが夢見る時間でもありません」
「……どういうこと?」
「これはまだ見ぬ未来を夢見ているのです」
「将来何になりたいかって事?」
「そうです。お嫁さんになりたい。サッカー選手になりたい。野球選手、料理人もいいでしょう。未来に向かって決めた夢。他の事はわからない、だから真っ白。でもその中に決めた夢が一つある」
「由香ちゃんの夢はお嫁さんなんだね」
「そうですね。ミスターユウヤのお嫁さん、ですね」
先程の自分のセリフを思い出して、裕也は顔を赤らめた。
「……おや、顔が赤いですよ」
「うるさいなぁ」
「ミスターユウヤ、あの花嫁の姿は、実はミス・ユカだけのものではありません。ここを今からもう一人の夢と繋ぎます」
するとクレイバーはポケットから白いハンカチを取り出して広げ、端と端とを結び合わせて輪を作る。それをゆっくり足元に置くと、そのハンカチの輪を中心に、世界がカタチを取り戻すように広がり還る。起伏し、色付き、音が生まれ、匂いが風に流れた。
足元は赤く長い絨毯が伸び、背後に豪華な扉が現れ、左右にはいくつもの長い椅子が、正面に一段高くなった祭壇を置き、ステンドグラスの色彩が太陽の光を和らげて随所に差し込む。
祭壇の上には純白の花嫁が立ち、それを何人ものシスターが歌う讃美歌が包んだ。
花と木の匂い、長い椅子に人陰が並び始めると、二人の正装した夫婦が花嫁の傍らに起立する。
クレイバーはよく響く建物内で、なるべく静かに告げた。
「今繋がりました。これがミス・ユカのお母様の夢です」
教会の鐘が予想外に大きく鳴り響くのを裕也は少しも不快に感じなかった。