#24
桜井由香の夢はどこまでも白い世界だったのに対し、由香の母親の夢は細部まで鮮明で現実そのものに近い。それは経験によるものだとクレイバーは付け加えた。
二人の背後に鎮座する木製の黒扉。
大きく、鉄の細工が縁どりに施されている。花嫁が父親と共に入場する扉だ。それがゆっくりと開く。
人が一人通れるだけの隙間を開けて、扉から紺色のドレスを着た女性が姿を現した。
すぐに裕也と白兎に目が合う。
「珍しい客だな、夢渡りのクレイ」
「ミカガミの姫、お久しぶりです」
白兎が丁寧に頭を下げる。
栗色の長い髪をまとめ上げて、大きな紅い宝石が印象的な髪留めをしている。顔は端整で細く、切れ長の眼は冷たく、一度睨まれたら忘れる事が出来なさそうだ。細い眉を少し上げて、裕也に視線を移すと、その足元から頭までゆっくりと見上げていった。値踏みでもするかのように、冷たい眼光が裕也を眺める。
「はじめまして、僕の名前は菊地裕也です」
裕也は白兎にしたように深々と頭を下げた。なるべく丁寧にを心がけたつもりだが、さほど変わった言葉も気の利いたお世辞も出てこなかった。それでもミカガミの姫には充分だったらしく、感嘆混じりに反応があった。
「ほう、いつぞや連れて来た小娘の時とは大違いだな、ちゃんと礼儀がある。はじめましてユウヤ、私はサリィ。ゆっくり話すにはここは人が多い、部屋を変えよう」
言うと扉へと向き直る。クレイバーがさっと回り込んで扉を先程よりも大きく開くと、サリィが扉の外へと出る。首だけ振り返り、一瞥を持って二人を後に促した。
扉を出ると短い廊下があり、また豪華な扉が一つ。それを出ると樹木や花が咲き乱れた屋外なのだが、それを出ずに手前で折れる。また廊下が伸びており、いくつか小さなドアが並ぶ。
親戚などの控え室に使われる小部屋だ。
廊下を中程まで進んで、一つのドアの前で、サリィが立ち止まると、クレイバーが前に出てまたドアを開けた。
こういう紳士的な動作が出来るにも関わらず、裕也の前であまりしないのは何故だろうかと少年はふと考えてすぐやめた。
部屋はさほど広くはなかったが、裕也はその中央の壁に置かれた大きな鏡に圧倒された。
豪華な細工が施された、少し古めかしい鏡だ。それは裕也を二人分でも背丈が届かないし、裕也が三人手をつないで横に並んでもまだ足りない。
サリィは鏡の中央に裕也を促した。
「ここは花嫁の着付けをする部屋だ。私はこの鏡が一番好きだ。平民も貴族もなく、一人の女が花嫁に変わる。人生で最も美しくなるために、笑い、涙し、時に悩む。不安にかられる。何かを決意する。そういう姿を何度もこれは見て来た」
「まだ何も言ってないのに……」
「私に会いに来たのなら、だいたい察しが付く。クレイと共に現れたのなら、そういう事だろう。それに見たところ、今から婚礼に参加する格好でもなさそうだしな」
裕也の言葉に、サリィは鏡に写したパジャマ姿の少年を皮肉混じりに見つめながら答えた。




