#21
大きな何かに引っ張られて、虹色の光から逃れた。目の前にあった桜井由香の笑顔は頬を赤く染めていた。
次の瞬間、裕也はまた部屋に居た。
知らない部屋ではない。
暗がりでまだ目が慣れないが、視界の端々に映る家具の配置が居場所を認識させる。
ピンクのカーテン、ベッド、勉強机。なんら変わらない配置と景色は先程と同じ部屋だと教えてくれていた。
一瞬光に包まれて暗くなっただけかとも思ったが、さっきまで目の前に居たはずの桜井由香が居ない。
そして鼻を刺激する甘い蜜乳のような匂い。男の本能で感じる淡い刺激。むせ返りそうなほど部屋に充満して、過去からずっとこの部屋にはあった匂いだと、裕也に現実世界を突き付けた。
ベッドに視線を投げる。
ピンクハートの毛布に包まるように眠るのは、現実の少女、桜井由香に間違いない。
裕也は息を呑んだ。
声を出してはならない。
物音をさせてはならない。
起こしてはならない。
絶対に見られてはならない。
冷や汗で背中に悪寒が走る。
大人の解釈論ならば不法侵入なのだろうが、少年の解釈で言うならば、
『これじゃあ僕は変質者じゃないか!』
と、なるようだ。
硬直状態から忍び足状態に移行した裕也の顔をいきなり覗きこむ白兎。
「どうしたんですかミスター?」
「!!??」
変わらない音量に悶絶する。
「何かのダンスですかモガモガモガ」
慌ててウサギの口を両手で塞ぐ少年。口と同時に鼻も塞いでしまって苦しむ白兎。
さらに、
「こら〜!やっぱり‘夢渡り’が遊んでやがったな!」
声が投げかけられる。
裕也くんは怒られて思わず硬直。
クレイバーは解放されて一命を取り留める。
本棚に並ぶ少女マンガの陰から声の主が姿を現す。
赤いとんがり帽子を被り、何処かの国のカンフーっぽい衣装に日焼けした浅黒い肌、黒い髪、赤い瞳。そして手の平サイズの身の丈。
その背中には身長に釣り合わない、同じくらいのサイズの、彼には大きそうな剣を背負っていた。
「お前らのせいで大変な目にあったんだぞ!」
小さな男の子は本棚から身軽にジャンプして、勉強机の上に着地する。
「……!?」
その声と姿と二重に驚いて口をパクパクさせる裕也に、白兎が言う。
「普通に喋っても彼女は起きませんよ。私達は夢の世界の魔法を継続してますから」
「……こ、こここ、小人だ」
裕也がやっと言葉を発した。すごくぎこちなかった。
対してクレイバーは冷静に紹介した。
「彼は夢防人。外側から夢を守る戦士の一族です」




