#20
裕也はすぐに理解出来なかった。現在の自分も、クレイバーの焦りも。情報が不足し、混雑して何も行動を起こす事が出来なかった。
由香の掴む腕がわずかに緩む。だがそれは解放されたからなどではなく、由香の腕が裕也の傷口の包帯へと向けられたからだ。
由香は左手で裕也の腕を掴んだまま、右手を伸ばして裕也の顔に触れた。
「事故だったんだよね、かわいそう。痛かったでしょ。でもどんな姿でも、私の想いは変わらないわ。まだ五年生だし先の事は解らないけど、私は信じてる。裕也くんはカワイイしモテるだろうから浮気の一回くらいしちゃうかもしれないけど、大丈夫よ。私も迷ったけどアレからずっと考えたの。事故したって聞いた時は心臓が止まるかと思ったわ。今度の土曜日に病院にお見舞いに行くつもりだったのよ。みんなで行くと迷惑になるから、私が代表って事で行くつもりだった」
「……本当?」
「もちろん、本当よ。でも、私が一人で代表っていうわけにはいかないかも。男子か女子でもう一人……かな、多分」
裕也の発した短い問いは、その事だけを確認しているわけではない。夢の中で、いつもと違う様子の由香の言葉が何故か不安で現実味が無いモノのように感じられた。その不安感から来る問いだった。
本当?
何が本当?
好きって本当?
僕の事が好きなの?
今の君は本当の君?
クレイバーが叫んだ。
「彼女の言葉は偽りない想いです!自制心が無くなって本音が出ている。だが、想いが強い!強すぎる!危険です、ミスター!」
部屋のあらゆる場所からギシギシと不快音が騒ついた。
地震が来た時のように空間が振動を帯びていく。音が激しくなり、もう部屋が揺らいで見える。
「由香ちゃん、手を離して、もう行かなきゃ」
「私は裕也くんが好き。好きよ。裕也くんは?私の事、好き?」
振動が激しくなり、机や本棚から物が落ち始める。
「クレイバー!どうなるの!?壊れちゃうの!?」
「もっと深刻な事態が現実世界で起きているんです!想いが、彼女の強すぎる想いが【ヤツら】を引き寄せている」
裕也の漠然とした問いにクレイバーは応えながら、部屋の片隅に置いてあるぬいぐるみの中から、カエルの人形を手に取る。
「ミス・ユカを落ち着かせる手もありましたが、ここまで膨らんでは止まりようがない。まだ向こうでは防人たちが堪えていてくれますから、いっそこの夢を最高に良い夢にしてしまいなさい!想いに答えて差し上げるのです!でなければ【ヤツら】に喰われます!」
「裕也くん教えて。私の事どう思ってるの?」
見つめる由香の瞳、
裕也はそれを見つめ返しながら一瞬の戸惑いを見せる。
だがクレイバーの声と、異常なまでに大きくなる振動に、危機感を全身に覚えて、口を開く。
それはいつか年賀状に書いた言葉だ。
「僕は由香ちゃんが大好きです。結婚したいと思っています」
刹那、空間が七色に光り輝いた。
その輝きに目を奪われる裕也。
クレイバーが裕也の背中から襟首を引っ掴み、持っていたカエルのぬいぐるみを宙に投げる。
光りを浴びたカエルがゆっくりと一回転すると、カエルの口が大きく開き、少年と白兎を呑み込んだ。
ただ一人、部屋に残された少女は、恍惚とした表情で立ち尽くしていた。が、程なく、糸の切れた人形のようにベッドへと倒れ込んだ。




