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工藤メイの短編集  作者: 工藤メイ
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ノイズシャドウ

いつからだろうか、こんなにも自分が嫌いになったのは。

いや、分かっている。

自分にも何かができると思っていた。

それが間違いだと知った時からだ。


「自己嫌悪を続けて何になる?どうにもならないと高をくくり、自らで思考する事を放棄した愚か者だ。」


うるさい、黙っていてくれ。


「お前には何もないとそれを考え続けたところで何もない。ならば価値を作る方向に自分を変えていけばよい」


そんなことずっとやっているんだ。


「ずっとやっている?ならば、なぜおまえは何も変わっていない?ずっとやっているというならば何かは変わるはずなのだ」


それがかなわない人間もいると、なぜわからないんだ。


「お前の中の弱者の心がそういうものを作り出しているんだ。問題は貴様自身にしかない」


ずっと頭の中にある言葉、誰かの言葉を引用した怪物、自分を責め立てるためだけに生まれたそれは容赦なく自分を殺そうとしてくる。憎しみでも悲しみでもない。正論をぶつけてくる。自分だけが聞こえる怪物。私はこいつをノイズと呼んでいる。


_________________


今日もバイトをしにコンビニへと向かう。28にもなってバイト戦士である。


「自己研鑽が足りていないからだろう?」


うるさい、自分が住む地域は都会の隣、もともとはそこに自分を変えるために田舎から出てきた。

だが、自分には働く適性はなかった。もともといた会社は自分の無能さで追い出された。


「どうやら自己意識が足りていないようだ。お前のやることは自己否定ではなく、どうしてそうなったかを分析し次につなげることだ」


そんなことわかってんだよ。もともとは運送業だったが、思いがけないことがあるとパニックを起こしてしまい、運転の適性がなく事故を連発したから追い出されたって言った方がよかったか?


自分がどれだけ頑張っているかなど、一つの指標に過ぎない。社会から見たらくそだ。


「社会などどうでもいい。お前の中の指標はお前がどれだけ幸せになれるかで決ま」


「うるさい!」


誰もいない店内に俺の怒号が響き渡る。今の時刻は深夜12時30分、店内にも俺一人だけしかいない。俺が深夜のコンビニアルバイトを始めたのは、まずある程度のことは謝ったらなんとかなるのと、マニュアルさえあれば大体のことを一人で終わらせられるからだ。


曰く、俺は人を不快にする天才らしい。今の店長にも若干嫌われている。


「それはお前が自分を見つめる努力を怠ったからだ」


うるさい...知ってんだよそんなこと。


枠組みで考えられたらどんなに良かっただろうか、どれだけのものを紡いだとしても、どうにもならないことだと知っていたとしても、俺は個人を見るのをやめられなかった。

だから、話が合わなかった。○○は■■だからという会話が俺はひどく苦手で、性格が悪い癖に性格が悪い人間とつるむのが苦手だった。


「性格が悪いでお前も枠組みに入れているではないか」


...ずっとこの声が否定してくる。頭の中でずっと、自分の考えをすべて否定していくこの感覚がずっとある。気持ちが悪い、自分を変える気がないのに、自分を変えろとずっと頭の中でささやいてくる。

頭が痛い。


「自意識に取りつかれているようだな、お前は自分の変える努力を怠った愚か者だ」


「やめてくれ...」


最後にはうずくまるしかなくなる。ずっと逃げ場をなくしてくる。何がしたいのか全く分からない。

本当に最悪な日々だ。


_________________


「どうにもならないと自分を切り捨てるより自分を変えていける努力をしたいです!」


面接官の前でそう宣言する。面接官たちは何かをメモしている。その表情は険しい。


「自分を変えていきたいとそう言ったね。」


「はい!私は」


「詳しい説明はいい、君の経歴を見させてもらった。君はずっと絵を描き、それをネットで上げているようだが、私たちが調べた限り、君の絵はとてもうまいとは言えない。

評価される努力をしてきたのかね?」


「...それは」


「結果が伴わない君は、わが社に何を提供できるというのだね?」


ずっと昔の記憶、まだ自分が夢を目指していた時に言われた記憶がまだずっと脳裏に残っている。

何をすればいいか、全く分からない。あの時、何を言ったらいいかわからなかった。


_________________


「...ああ」


眠りから目をさます。自分の部屋は相も変わらず荒れていて、洗濯ものが散乱していた。

それ以外は何もない。においが気になるから食べ物は捨てている。

テーブルの上にはいつ買ったかわからない絵の資料が置いてあった。


最悪な夢を、何回も見ている。この夢を見るたびに、ずっと閉じこもっていたものが出してと泣くように心の底を苦しめてくる。


...これを見るたびに、俺は机の上の鉛筆を取る。テーブルに座り、なにかを描こうとする。だが、何を描いていいのかわからなくて手が止まる。

そんなことを何回も繰り返している。何日も何年もそれを繰り返していた。


外は、日が落ちる寸前だった。


耐えられなくなり、持っているスマホを見るため、再びベッドへ寝ようとする。その時また、声が聞こえてくるんだ。そうやって耳をふさぐそんな日々を繰り返して...


「あれ?」


今日までずっと聞こえていた。その声が、全く聞こえなくなっていた。


_________________


外に出た。日が落ちるのに合わせて街灯がともっていく。それが美しいと思ってしまった。

ずっと下を向いていたからか。そのうつくしさを見逃していたようだ。

何かに耐えるように生きていたが、ストレスの発生源が一つ消え、心に余裕でもできたのだろうか。


「...世界ってこんなに変わっていくのだな」


昼と夜では違っていく世界を、見つめられていた。何が変わったのだろうか。いや、消えたのだ。

自分を否定する材料が消えたから、自分を見つめなくてすんでいる。


「なんと素晴らしい日々なのだろう」


どうやら自分はようやく、自分から解放されたようだ。清々しい気分だ。

さて、今ならようやく自分を終わらせることができそうだ。この美しい世界で死にたい。


「...あれ?先輩じゃないですか」


解放された気分が一転する。最悪な記憶が、気分ごと戻っていく。

この声を私は知っている。彼自体は悪くない。だが、彼に付随する記憶が、私の頭の中をいっぱいにしていく。逃げなければ、またあいつが現れる。逃げないと、逃げないと


「ちょっと!逃げないでくださいよ!どうしたんですか?」


手をつかむな、俺は見たくない。見たくない。昔の記憶なんて見たくないんだ。


「気分悪いんっすか?パニックになりましたか?大丈夫です。オレの顔を見てください。大丈夫ですから」


つかまれ、顔を見てしまう。俺はこの顔を知っている。

元居た会社、そこで自分が仕事を教えた最初で最後の一人だ。


_________________


「落ち着きましたか?」


「...ああ」


公園に移動され、無理やりベンチに座らせられる。手には後輩が持ってきたスポーツドリンクが握られていた。なんて情けないのだろう。


「それにしても、懐かしいですね。仕事辞めてびっくりしましたよ」


「...ああ」


「今は何を?」


「バイトだよ。やめた理由知っているだろ?」


「あー、みんなが言ってたあれですか?オレそういうの信じないタイプなんで」


「事故を起こしすぎてパニック障害を起こした。自主退職を促されてそれをした。これでいいか?」


「あー...そういうこともありますよね!」


やめろ、その顔をやめろ。俺に同情するな。


「もういいだろ。ほっといてくれ」


「えー!もっと話しましょうよ。せっかく久々にあったんですから」


「話せることなんてない。もう何もしていないバイトをして食いつないでいる日々だ」


「え?やめちまったんですか?絵描いてるって言ってましたよね」


「ああ、もうそういうのはやめた。かなわない夢をずっと追ってても無駄なだけだ。」


「オレはうまいと思いましたけどねー、先輩の絵」


「黙れ、やめろ世辞はお前のその言葉のせいで、俺は...いや忘れてくれ」


何をしているんだ俺は、自分の過ちを他人のせいにするなど人間として失格だ。俺は俺自身で夢を追ったんだ。かなわない夢に固執して現実から逃げ続けたのは俺だ。

こいつのせいなんかじゃない。


「...なんかよくわかんないっすけど、オレの目には今の先輩はあまり健康そうに見えないっすよ。ちゃんと寝れてます?クマひどいっすよ?」


「最近は、寝れてない。」


「寝た方がいいっすよ?」


「寝れるならそうしてる。寝れないんだよ。いろいろと事情があるんだ」


もううるさい、うんざりなんだ。頼む消えろよ。俺はもうあきらめたんだ。


「...よくわかんないっすけど、寝れないってことは。なんかやり残したことでもあるんじゃないですか?」


「...は?」


「いやあ、オレも寝れないときあるんっすけど、そういうときって大体、心の中にやりてぇ!ってことがあって、それが心残りなんっすよ。で、それをやり始めたら逆に寝れなくなったり!

多分心がやりたい!って叫んでるんっすよ。だからやりたいっておもっていることあるんじゃないっすかね?」


何を言っているんだこいつは、寝れなくなるのは神経が警戒モードに入っているからって...


「...帰る」


「ええ!?もう帰るんっすか?もっと話しましょうよ!」


「具合悪いんだ。帰らないと」


「あ!また会いましょうね!オレ先輩のこと結構好きなんで!」


_________________


気になってしまった。俺の眠りを妨げ続けて、俺を責め続けたあの声は、本当は俺に何をしてほしいのかと。机に座る。汚い部屋の中で、一つだけ目を引き続けたそのものの前に。


俺は何を求めていたのだろう。

何を、したかったのだろう。


嫌になるほど積みあがったスケッチブックの一つを手に取り、最初の絵を見る。

ぐちゃぐちゃに塗られた人間の絵が最初に描かれていた。昔考えていた。キャラクターともいえないノイズのような人型。


「ノイズシャドウ」


俺はそいつをそう名付けた。


「描け」


...何を描けっていうんだ。何を


「描け」


こいつか?これを描けばいいのか?これはガキの頃、俺が考えたただのキャラクターだ。使い捨てのキャラクター、いたらかっこいいと思った。ただそれだけの。


「描け」


...違うか、これじゃないか。これを描けって話じゃない。ただ描かないと、俺自身が納得するために、俺自身が描きたいと思ったものを。


「「描け」」


だが、描きたいものなど一つも...


「あ」


そうだ、一つあった。一つだけ、美しいと思ったものが、別に絵はキャラクターじゃなくてもいいんだ。


「街灯を描こう」


そうしていけば、自分を納得させて眠れる気がする。悪夢は見続けるかもだが、寝れる気がするんだ。


ああ、今日が休日でよかった。

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