決断
戸川から儀式の顛末を聞いた浅川は、絶句するしかなかった。
すべての事件の根源が自分にあったのである。
兄、新三郎が存在しなかったという事実は、最初は信じられなかった。ただ、それはすぐに確認できた。戸籍上、浅川に兄はいなかったのだ。たしかに法事などの仏事に自分が行っているのだから、浅川家に長男はいないのだ。親にしても周りの人間たちも浅川が見る幻影に惑わされていたことになる。
そして浅川が職業訓練校に行くことが、すべてのトリガーになっていた。よってこの事実が分かってからは、浅川は現地には行かないようにする。
戸川の方でも調査したところ、確かに書類上、職業訓練校の職員に浅川新三郎なるものは存在していなかった。代わりに経理課には稲川という男性がいた。ただ、職員も含め、その稲川を新三郎だと思い込まされていた。まさに悪霊のなせる業だった。
エノーが言う今回の悪霊の手口は、石室の京極パワーを利用しているという。よって石室近くに行けば、新三郎の力が発揮できることになる。戸川の調査で判明したことは、事件が起きた日時と、浅川が訓練校を訪れた日時が完全に一致していたことだ。浅川が行った日以降に被害者が出ていた。
全貌が明らかになり、浅川は絶望の中にいた。まさに自分が諸悪の根源だったのである。
エノーの助言で、浅川は神山神社の神殿で寝泊まりすることになった。神の御加護を受けた結界を作り、その中で生活していた。
エノーは準備があるとかで、その後、二日間不在となる。どこに行ったのかは、はっきりしない。そして二日後、フランソワと神殿の浅川を訪ねる。
神山神社の神殿に、この二日間で見違えるようにやつれた浅川がいた。
戸川は浅川番としてへばりついている。
フランソワがエノーの通訳をする。
「浅川サン。コレから言うことはエノーからの提案デス。コレヲあなたが受けるか断るかはあなた次第デス。強制できるコトでは無いデスカラ」
浅川はぼんやりと頷く。
「アクマを葬りたいですか?」
浅川が目をむく。「もちろんです」
エノーに話すと眉間にしわを寄せ、フランソワに何やら話した。
「アクマを倒すためには、あなたが犠牲になるコトが必要デス」
戸川が頭を抱える。浅川が確認する。
「私が死ぬということですか?」
「ソウデス。あなたの中にアクマがいます。あなたがイナクなれば彼は存在できまセン」
浅川はどこかでそんなことを考えていた。浅川が依り代となっているのだから、それを封印するしかないではないか。
「私ごと封印すればいいんですね」
フランソワがエノーに確認を取る。そして肯定した。
浅川は決意する。
「大丈夫です。そのつもりでした。私が終わらせます」
エノーは浅川の決意に力強い顔で応える。ピリピリとした彼女の感情が伝わってくる。
「ありがとうございマス。これでこの地に平和が訪れマス。では、エノーが考える封印について説明シマス」
ここで戸川が叫ぶ。
「ちょっと待ってください。それを私は了承できません」
「どうしてデスカ?」
「警察が殺人ほう助など容認出来るわけがありません」
フランスワはきょとんとしている。浅川が言う。
「それはわかる。でもしなくてはならないことなの。だから、戸川さんは知らなかったことにして」
「そんな…」
「そして、事が済んだら、私が自死したことにすればいい。そういった細工はするから」
戸川が唇を噛む。
「戸川さん、私に敵を討たせて、そしてこれを終わらさせて」
戸川は下を向く。そして小さくうなずいた。
浅川がフランスワに進めるように言う。
それを受けてエノーは話を進める。
エノーが言う手順は次のようなものだった。
・綾辻新三郎の骨壺を石室に持って行く。
・京極の骨壺と新三郎の骨壷を同じ封印されし石室内に置く。
・浅川が石室で命を絶つことで、新三郎ともども封印する。それにより、京極を含めたすべての悪霊が封印されることになる。
この流れをブードゥーに則ってエノーが取り仕切る。
エノーの言葉をフランソワが成り代わって念を押す。いわば最後通告だった。
「浅川さんはこのまま、ここにいれば新三郎はアクマにはナレマセン。だから被害者は出ない。ただ、コレカラ、アクマがどのように進化するかわからナイデス。だから封印するのデス。浅川さんいいデスカ?」
浅川はじっと考える。彼女の葛藤がわかる。このままでも犠牲者は出ないかもしれないのだ。いや、その可能性は高いだろう。でもそれでいいのか。今後、再び厄災が来るかもしれない。そういった保証はどこにも無い。さらに敵を取りたい。この地の悪霊退治に協力し、命を無くした結城宮司、阿久津宮司、萩原教授、関口助手、さらには何の落ち度もなく殺されていった犠牲者たちの無念を晴らしたい。
浅川が真っ赤になった目で睨むように言う。
「決心しました。私の命に代えても悪霊を封じてください」
エノーは静かにうなずく。浅川の決意が伝わったのだ。




