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対決

 そして悪霊封印当日となる。

 秋の訪れを予感させるような涼風が吹く中、浅川が一人で瑞祥寺を訪れる。

 櫛来和尚には前日、電話にて事の次第を連絡済みであった。和尚もこのところの悪霊騒ぎに胸を痛めており、二つ返事で骨壺の移動に同意する。

 本日、浅川は封印のために萩原からもらった白装束の衣装を着ていた。

 和尚が骨壺を浅川に手渡す。

「大丈夫ですか?」和尚は沈痛な面持ちで尋ねる。

「お気遣いありがとうございます」

 和尚は浅川が命を懸けている事実を知らない。ただ、それに近いものを感じていたのだろう。

「ご両親はご存じなのですか?」

「はい、しっかりと話をしています」

 自分が死ぬことは言っていない。ただ、命を懸けるとは言った。

「神仏の御加護がありますように」和尚が手を合わせた。

「ありがとうございます」

 そう言うと骨壺を持って、現地に向かう。


 職業訓練校では木曽福島署だけではなく、県警の警察官も大勢来ており、100名を超える人間が周囲の警戒に当たっていた。

 戸川は野崎には悪魔祓いを行うとしか言っていない。当然、県警はそれを容認するわけでは無かった。彼らは悪霊の存在自体をいまだ認めてはいない。ただ、やることについて咎めるわけではない。よくある二重スタンダードというやつである。明確な解決方法が見つからない以上、結果を持って良しとするといった塩梅のようだ。

 所轄、県警ともに職業訓練校の周囲を警戒するだけである。不慮の事故に備えて対応だけはしたという体である。敷地内に入ろうなどと言う猛者は皆無だ。

 正門前には野崎と中山課長が待機している。

「野崎、戸川は大丈夫なのか?」

「大丈夫かどうかはわかりませんがね。本人が真っ赤な顔をして行かせてくださいっていうもんですから」

「野崎はいいが、何かあったら俺の責任だからな」

 野崎は返事をしない。それは認めたことになる。

「無事を祈るしかないな」

「アフリカ人のエクソシストだそうです。さっき見ましたが、不思議な人ですね」

「日本人の祓いしじゃ、もう無理なのかね。そこまでの悪霊ってことだろ」最後は小声になる。

「まあ」

 二人ともこれで上手く行くことを願うしかない。

 2度にわたって殺人事件が起きた、倉庫については非常線が引かれており、以降は誰も入っていない。

 今、そこにはエノーとフランソワ、さらに戸川しかいない。

 エノーとフランスワの衣装は、ダシキと言われる頭からすっぽり着る、腰まである白い服だ。襟は赤いアクセントが付いたVネックになっている。その下にパニエと呼ばれる一枚布が腰に巻き付けられている。顔には朱色で何か呪文のようなものが書かれていた。そして裸足になっている。

 彼女たちは準備をする。浅川がここに来ない限り、悪霊が出てくることは無いのだ。

 エノーは現場を見て、萩原が施した封印についてはこのままで容認する。これはこれで十分に封印の効果があると言う。よって新たに新三郎の骨壺を追加封印することで対応することにする。

 エノーは装飾が施された大きな箱を倉庫内に置いた。これから行う儀式に必要な物が入っているらしい。その中身は知らされていない。

 3人で骨壺が封印されている石室のふたを外す。戸川はおっかなびっくりである。おそらく彼女の人生において、今日ほどの命懸けの大役は初めてだ。

 二人は床に上がり、エノーだけが石室に残る。蓋は粘土で固められていた。それをエノーがナイフでそぎ落としていく。数分かけてようやく粘土が取れて蓋が外れた。その中には例の萩原が使った封印箱があった。骨壺はその中にある。頑丈に封印された箱のしめ縄をナイフで外していく。エノーは作業はここまでと、いったん地上に戻る。

 フランソワがエノーの通訳をする。

「戸川サンは倉庫の外で待機してクダサイ。浅川サンが来たら、いつ悪霊が現れるかわかりませんから。奴らはココデハ絶大な力を発揮シマス」

「わかりました」戸川の眼は真っ赤だ。「がんばってください」

 エノーが目で応える。何という目力だろうか、それだけで射抜かれそうである。

 戸川が急いで倉庫から離れていく。


 エノーが何かを感じたようだ。おそらく浅川が来たのだろう。

 校舎の端に浅川が現れる。骨壺を持って倉庫前にやってきた。明らかに周辺の空気が変わる。

 エノーは倉庫前で両足を大地に付けて、目をつぶってじっと待つ。

 浅川がエノーに話す。

「持ってきました」

 エノーはうなずくとそのまま倉庫に入って行く。浅川とフランスワが続いていく。

 浅川はエノーの落ち着きぶりに感心する。いつ新三郎の悪霊が現れるかわからないのだ。それなのにここまで泰然としている。おそらく今は悪霊とエノーが互いに力を探りあっているのかもしれない。戦いはこれからなのだ。

 石室がある部屋に来る。

 部屋はあの時とあまり変わっていなかった。萩原たちが施した結界はそのままだった。4神の印もあの日と同じだった。ただ、エノーが新たに床に灰のようなもので書き物をしていた。呪文のようなものと絵があった。

 フランソワが通訳する。

「浅川サン、骨壺を床下の箱に入れてクダサイ」

 浅川がうなずく。

「そしてその後、あなたはこの床の印の中で寝てクダサイ」

 例の灰で書かれた印には円形の模様があった。ちょうど人が入れる大きさだ。そこに寝ろということか。

 浅川は床下の石室に入る。内側が鏡になった封印箱があった。蓋は外れるようになっている。骨壺を石室の脇にいったん置いてから、封印箱の蓋を外す。

 萩原たちの思いのこもった箱だ。それを見るだけで熱い思いが呼び覚まされる。

 ゆっくりと新三郎の骨壺をその箱に入れた。

 そして蓋をする。何か起きるかと思ったが、何も起きない。これからだというのだろうか。

 床下から上がって、エノーが言う印の中に入ると、そのまま仰向けになる。そして目をつぶった。

 いよいよエノーが儀式を始めていく。

 フランソワが太鼓を叩く。トントト、トントトと実にリズミカルな音色だ。エノーはひょうたん型の聖具を使い、シャカシャカとリズムを刻みだす。そして呪文のような歌を踊りながら唱えていく。中近東で見る踊りのような華麗な舞だ。

 ただエノーの唄は力強い。まさに神の力を感じる。寝ている浅川もその力をじんじんと受ける。

 エノーが聖水を振りかけていく。エノー自身と浅川にも聖なる力を与えようというのだろう。

 踊りと唄が徐々に強さを増してくる。精霊がエノーに力を与えているのだ。

 いよいよ儀式が最高潮を迎える。それは浅川にとっては最後の時だ。

 浅川は身構える。このまま自分は精霊に看取られるのだ。自身の命と引き換えにこの地に再び平穏が訪れる。これも自身がまいた種だ。新三郎などに惑わされなければあれほどの被害も出さずに済んだ。萩原教授や結城宮司の顔が浮かんでは消えていく。彼らの思いを無駄には出来ない。

 いよいよその時が来た。

 エノーが叫ぶ。

『われは精霊ロア、汝をここで封印する』言葉はわからずとも浅川の頭にそれが響く。

 エノーは手にナイフを持っている。それを浅川の首に突き刺そうとする。

 その瞬間、凄まじい地鳴りに似た音と共にエノーが持つナイフが吹き飛び、何かが現れた。

 浅川は思わず目を開ける。

 床下から現れたのものは、この世のものではない。ありえないものだった。それはあまりに巨大な魔女だった。部屋中を埋め尽くさんばかりの大きさで、髪は蛇になってうねっており、目は爛々と血で真っ赤に輝く。大きな舌を牙の間から出しながら、舌なめずりをしている。地獄の底から響き渡るような叫び声を上げると、大きな手がエノーを掴む。

 掴まれたエノーは、そのままフランソワから大刀を受け取る。太刀は宝石で装飾されており、刃は青白く光り輝いていた。

 それを大きく振る。光の線とともにエノーを掴んでいた魔女の腕が吹き飛ぶ。

 魔女はさらにもう一方の手で掴もうとするが、それを避けるとエノーは飛び上がる。天井近くまで届く、驚くべき跳躍力だ。浅川はエノーがエノーではないことに気付く。光を帯びた別の生き物なのになっていた。

 あれが精霊ロア。

 大刀を再び振りかざすと、今度は魔女の首が飛ぶ。

 体だけとなった魔女の攻撃はこれで終わりかと思った。ところがその魔女は黒い霧と共に消え失せる。そして床下から何かが浮かび上がってくる。ふたたび地の底から響き渡る叫び声をあげた。

 軍服を着た新三郎本人だった。ただ、その顔は青くただれており、醜くゆがんだ口からは赤黒い泡のような毒を吐き散らしている。まさに悪魔そのものだ。

 エノーはフランスワから別の武器を受け取る。

 それは光り輝く槍だった。エノーが叫ぶ。

『消え去れ!悪魔!』

 まばゆい光を放つその槍を、新三郎目がけて投げつける。

 きらきらと光る弧を描きながら槍が落ちてくる。

 鋭い音と共に新三郎の脳天を串刺しにすると、槍は新三郎ごと、そのままずぶずぶと地面にめり込んでいく。地鳴りと共に悲鳴を上げて悪魔が沈んでいく。

 悪魔が地面に沈み切ったところで、エノーは素早く、骨壺が入った箱に蓋をする。

 そして詠唱を続けていく。その声は力強い。心地よい唄がすべてを浄化する響きを持っていた。

 浅川はただ茫然とそれを見ていた。

 ここでわかった。この人は精霊そのものなのだ。

 エノーに取りついていた精霊が徐々に離れていく。彼女の周囲の光が静まっていく。

 エノーの詠唱が緩やかに響き渡る。そして段々と軽やかな詠唱になっていく。

 そして厳かに終わりを迎えた。

 フランソワが笑顔で浅川に言う。

「終わりました」

「え、終わった?」

「もう大丈夫デス。悪魔は封印されマシタ」

 浅川は何のことかよくわからない。自分の命と引き換えだったはずだ。

「だって私の命と引き換えだったはず…」

 フランソワが笑う。

 そこに戸川が駆け込んできた。すべてが終わったことがわかったのだろう。

 そして浅川に抱きつく。

「良かった…」

 浅川が呆気に取られている。

「どういうこと?」

 戸川が泣きながら言う。

「これはすべてエノーさんが計画したことです。もしこれを浅川さんに言えば、新三郎に筒抜けになる。だから秘密にしろと」

「ああ」

 フランソワが話す。

「味方をだますことも必要デス。浅川サンが死ねば、悪魔も出現できなくナリマス。だから必死で止めるだろうと。自ら現れて対決するだろうと思ってマシタ。まさにそのとおりになりマシタネ。そこがチャンスデシタ」

「浅川さんに憑依している新三郎を切り離して封印するためです」戸川が涙ながらに話す。

「ああ、そうか」

「悪魔をだますための作戦デスネ」

 浅川はまだ実感がわかない。作戦だったとは。

 エノーがこちらの世界に戻ってきた。

 初めてエノーの清々しい笑顔を見た。日本語で言った。

「アクマハサリマシタ」

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