5.リネンの街
ササクから更に北東に進んだ場所、大河デナウの中流にエリクシア東部属領の街『ゾムニ』があります。周囲は広大な畑と放牧地・休耕地が碁盤の目の様に交互に並び、空から見ると緑の濃淡のチェック柄にみえますね。広大な畑地は、今は放牧された牛達がのどかに草を食み、牧人がそれらを見ているというのどかな風景が広がっています。
ゾムニの街周辺は、小麦と亜麻の糸・布の産地として知られています。亜麻の加工は、ゾムニの最大の産業ですので、街道がキチンと整備されているのもその所為ですね。やや高地で冷涼な気候ですが、春から夏・秋にかけては亜麻が栽培され、10月以後に小麦の栽培を行っており、一年を通して安定した仕事がある為、この地方の人々は平民としては裕福なほうと聞いています。今は9月ですから、時期的に亜麻の刈り取りもほぼ終っているようです。
人気がない川の中州にFC1を止めて、街道まで歩きました。街道は石畳で舗装されていて、ゾムニに向って歩く僕を、荷馬車が何台も追い抜いていきます。石造りの立派な街門は、大きく開いて特に入出門のチェックは行っていないようです。
街に入ると、いきなり広大な荷馬車の溜り場です。亜麻糸や精麻の引取り所が街門にはいって直ぐの場所にあり、品物の納品と交換で、種類・品質・量が書かれた木の札を受け取り、受付で換金する仕組みのようですね。
入り口でぼぉっとしていると。踏まれそうになりますから慌ててその場を後にします。引取り所を後にすると、通りには食品や肉、パンなどの店舗が並んでいます。肉といっても、燻製などの保存加工済みの物が販売されているだけですけど。
町の中央には比較的大きな建物と、鍛冶屋や各ギルドの窓口、直売所などが並んでいます。比較的大きな建物は、アレキサンドリアでは冒険者ギルド、エリクシアではハンターギルドと呼ばれている建物のようですね。一応看板は統一されているので、間違いはないでしょう。
ハンターギルドに興味はあるのですが、入るのは危険ですよね。一応僕も認識証は頂いたのですが、クロエ・ウィンターの名前ですし、Eランク(オーク討伐であがっただけですね。あとは依頼を受けていないので)ですから、他国へ移動しながら依頼を受けるランクには足りません。酒場も併設されているので、お約束の絡まれイベントなんかがあると面倒です。
街行く人は、殆どが男性でササクの教会でみた、ひし形を十字が貫いている印のネックレスを首からさげている様です。幸い僕は外套を着ているので、見た目には印をつけているかは判らないでしょうけど、早急に用意したほうが良さそうですね。
三方の街門からの大通りが交差する十字路で、僕は西の方角をみて驚きました。西は川のはずですが、そちらにも街門があります。驚いたのは、街門の先にも建物が連なっているのです。
僕は西の街門の方に歩き始めますが、周囲の様子が先程までと違ってきているのが判ります。通りの道は生活用品や食品などのお店が並んでいますが、武器などの店はありません。それだけでなく、布製品のお店が軒を連ねています。通りを歩く人たちも、大半が女性ですね。
興味深かったので近くのお店を覗いてみると、白く光沢のある布で作られたハンカチや衣類などです。勿論質は下のクラスから特上といっても良いランクの品ですね。お値段もそれなりの品ばかりです。まあ、丈夫さを追求しているような物は比較的安めですが、それでも他の町より1~2割りは高いです。
「はぁ~、これがゾムニのリネンですか。さすがに一級品といわれるだけありますね。」
思わず感嘆の声をあげてしまった僕に、お店の店員さんが声を掛けてきます。
「おっ、小さいお嬢ちゃんなのに、なかなか目が高いじゃないか。ここは、ゾムニで一番と言われるリネン師、『ティティス』姉さんの一門が作った製品を販売する店さ。なかなか品薄で手に入らない商品ばかりだよ。」
確かに一番と言われてもおかしくない品物ですね。リネンなのに絹製品のような光沢をもつものもあります。でも、いま売り子のお姉さんは僕をお嬢ちゃんって言いましたよね。
「あの? どこで僕が女の子って判ったんですか? 旅をしているもので、簡単にわかるようなら、ちょっと困っちゃうので教えて欲しいんですけど。」
僕の言葉に、売り子のお姉さんはケラケラという表現がぴったりな笑い声を上げて言いました。
「なぜって、うちの品揃え見て判らないかい?」
さも可笑しそうに笑うお姉さんの言葉で、僕は周りを見渡します。えっと、ハンカチにアンダードレス、ズロース……下着類が多いじゃないですか! 僕の表情をみて、お姉さんが続けます。
「お嬢ちゃん位の男の子が、この店の商品をみても物怖じしないのなら、そりゃたいした女たらしってことさ。」
なるほど、どおりでこの通りには男性を余り見かけないわけですね。まじまじと見てたら、怪しい人認定間違いなしです。お姉さんの許可を得て、布地を触らせてもらいましたが、肌触りがさらさらしていて、マジヤバイですね。アレキサンドリアで下着を作った素材も、かなり良い物を使用したのですが、これには負けてしまいます。まあ、高級布地を使うつもりは無かったから余計なんですが。
お財布的には十分購入できる額は持っているけど、完成品をお土産として購入するには、体のサイズが判りませんね。ユーリアちゃんにはまだ早いとしても、イリスとユイにはお土産がないと帰ったときに騒がれそうですし、アレクシアさんやリリーさんも同様です。
人数分の素材を買うのは余りにもお財布にダメージがありますしね。とりあえず自分用に少量の生地を買おうと、お姉さんにお会計をお願いします。
「はいはい。毎度~……、ってちょっと生地だけなの? デザインとかが気に入らないのかい?」
あっ、お姉さんの機嫌が悪くなりましたね。そういうわけじゃないんですけどね。
「そんなんじゃないですよ。僕の身長では少し大きすぎますし、お土産として買うには相手の身体のサイズが分からないと買えないものですから」
「そうかい? 無理にとは言わないけれど、アンダードレスや寝衣なんてのは、あまり身体にピッタリなものにはしないもんだし、少し余裕があるものにすれば大体合うもんだよ。
それに、お嬢ちゃんの丈ではちょっと長いかもしれないけど、引きずらない程度の長さのものもあるんだけどね。そうそう、お父さんかお母さんは近くに居無いのかい? 相談してから買ってもらってもいいけど。」
ん~、お姉さんはそう言ってくれますが、友達とはいえ下着がお土産ってのも如何かと思いますしね。イリスさん達にハンカチで良いかな。アレクシアさんには奮発して寝衣にしましょう。
「僕は1人旅なので、親は居ませんよ。それじゃあ、リネンのハンカチ3枚に、大人用の寝衣を1着、あと生地をお願いします。」
僕の言葉を聞いて、お姉さんが少し固まっていましたが、直ぐ再起動できたようですね。何故か指をパチンと1つ鳴らした後、言葉が続けられます。
「一人旅って、お嬢ちゃん1人なのかい。これから、どっちに向うんだい。まさか西の方じゃないだろうね?」
お姉さんの話だと、エリクシア本国に近づくにつれて危険が増えるから、おとなしくお家に帰りなさいということですね。むぅ、家出娘に見られたのでしょうか? とりあえず、家出娘では無い事を話して、お会計を済ませます。その後振り返った途端、ぼむっと何か柔らかいものが顔に当たり、思わず一歩後ろに下がるといつの間にか周りには複数のお姉さん達が……。あっというまに身体を抱えられて、騒ぐ間も無く店の奥へと。そして奥から二階へと運ばれてしまいました。
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「いや~、突然すまないね。店先であれ以上話すのは危なかったんでね。」
数分後、僕は長椅子に座ってお姉さんの説明を聞いていました。ここゾムニでも、最近は街中に盗賊や人攫いなどの密偵のような輩がいるようで、一人旅というのは男女問わず危険なそうです。お姉さんがいうには、今は帝国本国に向う程に治安が悪くなるという不思議な状況になって居るそうで、色々説明してあげるといわれます。このお店の2階は『ティティス』さんの一門の紡ぎ師・織り師・裁縫師さん達の住居になっているとのこと。共同生活の場ということで、気遣いはいらないよといわれます。
お姉さんは店番があるとのことで、やがて階下に降りていきましたが、今日はお休みという織り師さんが、織った布を解きながら僕の相手をしてくれています。折角織った物を何故解くのか疑問に思ったので、ついつい聞いてしまいました。
織り師の方は、ニトラさんという13歳の女性で、ユイと同年齢ですね。ニトラさんが言うには、もともとこの糸は商品にするには質が悪いとはじかれた物だそうです。ニトラさんは、僕にゾムニのリネン職人について教えてくれました。リネン職人はゾムニでは紡ぎ師・織り師・裁縫師の3つの仕事に分かれるそうです。
紡ぎ師は、リネンの精麻から糸を紡ぐ人です。精麻は1m程の長さで、繊維質の物も同じ長さかやや短めになりますね。これを他の精麻から取り出した繊維質の物と寄り合わせて、糸にしていきますが、この段階でロスもでますし、品質の低いものもでます。それらの糸から紡ぎ師の見習いは糸を紡ぐ練習をしているそうです。
織り師は、紡がれた糸で布を織りますが、単にリネンの布と言っても、帆船の帆に使用されるようなものから、女性用の下着に使用されるものまで様々です。紡ぎ師の方が紡いだ糸を使い、用途に合わせた布が織れる様になるまでも練習が必要ですが、見習いの織り師に大量の糸は戴けません。ボロボロになるまで織っては解いて、何度も練習に使うそうです。それこそ、休む間も惜しんで。そして、糸の限界が近くなったら、自分達の普段使いするタオルやハンカチなどを作るんだそうです。
裁縫師は言わずと知れた、織った布で製品を作る人達ですね。それでも自分の製品が商品として認められるものを作れるまで、こちらも端材などから先輩職人達の裁断の仕方など、無駄を極力切り詰める必要があり、苦労は絶えないようですね。
元々リネンの栽培は、この地方の農家の女性の仕事として行われていましたが、リネンの生産にはお湯や乾燥する場所などが必要で、大量に生産しても自宅では捌けません。品質もまちまちになるので、以前の領主様がゾムニの街の西側の区画に、リネンを専門に加工する工房を作り、近隣の農家から腕の良い娘を専属で雇ったのが、ゾムニのリネン工房の始まりとされているとのことです。
ここにいるニトラさんも、村の中では一番の紡ぎ師と言われたそうですが、ここでは見習いからスタートしたとのこと。それでも、ゾムニの織り師に選ばれただけでも、地元では大変な名誉だそうですよ。そんな話をしている間に、日は落ちて夜になってしまいました。お姉さん方の好意で暫くこのお店の2階にご厄介になることが決まりました。




