28.不穏な気配④
戦闘訓練場は、日頃は修練する人が多いのですが、今日は誰も居ませんね。流石に人払いしてあるのでしょうけど、長時間だと色々問題があるでしょうね。今回、訓練場は森林地帯を模して設定されていますが、遼寧の虎相手に森林戦って、勝ち目が感じられませんね。
どうせイェンさん相手なら通用するかわかりませんが、左右のガンブレードをショックガンモードで最強値に設定します。5分後には戦闘開始でしたね。
「《索敵(An enemy is detected)》」
周囲に探索魔法を展開して、僕は手頃な木の枝を伝って樹上に移動します。木の上は移動に制限がでますが、相手に突然背後を取られる可能性は減りますからね。それに、人はなかなか自分の視線より上は確認しないものです。
戦闘が開始されて10分が経過しましたが、索敵エリアにイェンさんが入ってきた様子はありません。試験の合否は、イェンさんを倒す事ですので、僕が動かないと勝負が付かないことを狙っているのでしょうか?
そんな事を考えた瞬間でした。うなじの辺りが一瞬ザワつき、僕は咄嗟に隣の木に飛び移ります。なにかが僕のうなじを掠めましたが、無視して着地。連続で移動しながら、索敵エリアを確認しますが、反応はありません。慌てて大きな樹の幹の裏側に回りこみます。
「なんです、今の攻撃は?!」
首筋に手をやると、右掌が真っ赤に染まっています。いつの間に……、そう思った僕の目の前2mほど先に、腕組みをしたイェンさんが立っていました。
「正直、すこし期待はずれだよ、クロエ君。それでは、フーの家では3日と生きていられない。」
イェンさんは僕をみて言います。まだ加速は使っていませんが、困りましたね。魔法が通じないのか、索敵魔法には目の前にいるイェンさんの反応がありません。いつも通り淡々と話すイェンさんは、ホントに怖いですね。
「さすがに、遼寧のフーと比較されても困りますよ。こちらはか弱い女子学生なんですからねっ」
話しながら加速を始動、瞬間的にイェンさんの右に回りこみましたが、その場を横蹴りで迎撃されます。イェンさんはこちらを見てもいないのに……
「なっ、加速していたのに……」
背後に転がり、なんとか起き上がりましたが、驚きで言葉が出てきませんね。確かに、人間の身体の限界以上はだせませんので、某アニメの様にはいきませんが、それでも目で追えるものじゃないはずなのに。
「移動先を最初に目視で確認するようじゃ、余裕で先読みされるよ。」
言われた途端、イェンさんの姿は視界から消え、直後右からの前蹴りで、僕は蹴り飛ばされ土まみれになります。
「いたぁ……」
「耐久力は確かに少女の身体より遥かに高いようだが、多人数に永遠になぶられ続ければそれではもつまい? 捕まってしまっては、駄目なんだよ。」
確かにこのままではいいところがありませんね。脚をすくうか、どちらにしても一方的では勝ちとは認められないでしょう。
とっさに右手でガンブレードを抜き打ち発射。左手は地面で魔法を発動します。
「《大地よ、全てを飲み込め!泥濘》」
足元が一瞬で泥濘に変わりますが、イェンさんは軽くバックステップして避けます。でも、逃がしませんよ。影響範囲を広げて、戦闘訓練場の全ての床を泥濘に変えます。木々が次々と泥の中に飲み込まれる状況を見て、イェンさんは舌打ちをしながら沈んでゆく木々を足場に、泥濘を避けていますね。身体能力では勝ち目はありませんからね。魔法も織り交ぜて戦わせてもらいますよ。
「《風壁》、《風弾》!」
風壁は不可視の空気の塊を使う魔法です。動きませんので察知される可能性は極端に低いはず。詠唱破棄しながらの魔法の発動と、右手のガンブレードから放たれる風弾は徐々にイェンさんの動ける範囲を狭めていますが、それでも徐々にこちらに接近されてしまいます。手加減しているのか、遠距離攻撃は封じているのでしょうかね。
「《|走査、識別完了。《亜空間転移マッピング(Sub-spatial change mapping)》、OK!」
続けて魔法を連続詠唱して、戦闘訓練場全てを走査します。さすがに、これからは逃げられないようですね。詠唱破棄で魔法を発動し、左手もガンブレードに切り替えて、距離をつめるイェンさんの迎撃の手数を増やしますが、それでも接近を止められません。このままだと、魔力のチャージよりも射撃速度が上回って、弾切れになりそうですね。それでも、弾幕を絶やせば、あっさりと近づかれてしまうでしょう。実際、こうしていてもあっという間に距離は詰められ、もう2mもありません。
「これでお仕舞いだ。クロエ君、虎爪葬。」
僕は微笑みながら答えます。
「ありがとうございました、イェンさん。《接続》」
そして、僕はお腹にイェンさんの右手の突きを受けました……
*****
「なっ、なにが」
私は泥にまみれた身体を起こそうとして、力が全く入らない事に気づいた。口の中には血の味が広がっている。血の味など、久しぶりに味わったが、私にこの打撃を与えたはずの少女を目で探すと、大きな木の幹に寄りかかって、こちらを見ていた。泥濘に変わっていたはずの床は、既に固さを取り戻している。なんとか上体を起こし、彼女の腹部をみるが、傷一つない。
「馬鹿な……あの距離でかわせる訳が。」
私の目の前で、少女はクスリと笑う。
「かわせませんでしたよ。さすがはイェンさんです。あんなに魔法や銃を撃ったのに、全く当たっていないなんて、反則ですよ。」
咄嗟に、私は左手で棒針を飛ばし、彼女の左脚に命中するのを確認した。途端に左脚に何かが突き刺さった痛みが走った。辛うじてうめき声を出さずに、左脚を確認すると、私が投げた棒針が左脚を貫いている。
「僕の体表面の直前の空間は、いまイェンさんの体表面直前に、一方通行でつなげてあります。イェンさんといえども、流石に0距離ではかわせないでしょう? 攻撃は全て御自分に返りますよ。降参してくれませんか?」
少女の言葉の意味を飲み込めた私は、両手を上げるしかなかった。倒すためには攻撃を加えなければならないが、それが全て自分に返るのでは、倒す事は不可能だろう。
「驚いたな。魔法ではこのような事までできるのか……」
少女は私の声を聞いて、「これは、ほぼ呪術ですけどね」と、意味がわからない事を呟いた。だが、正直ここまで完璧に倒されたのは、初めての事だった。
やがて、倒れた私のところに、エリック、アレクシア、リリーの3人がやってきた。3人の表情をみると、心底申し訳なさを感じるが、これは仕方がない。私の実力が、クロエの実力を下回ったのだから……
*****
僕は、イェンさんの治療を始めたリリーさんを見ながら、その横に立ち竦むエリックさんの処まで歩きます。収納から、ユイ用に製作したベース『太極六十四卦球 Edition0』を手渡しました。
「これは、ユイへの魔道具のベースとなればと僕が作りました。後は宜しくお願いします。」
僕の言葉に、驚いたのはエリックさんだけじゃないようですね。イェンさんの目も大きく見開かれています。ふう、さすがに疲れましたよ。でも、最後までアレクシアさんは笑顔を見せてくれなかったなぁ……
突然視野が真っ黒に染まり、僕の意識はその段階で途切れてしまいました。




