20.桜舞う丘の上で③
僕達3人が恐怖で固まっていると、ユーリアちゃんが気付いたようですね。僕達の視線の先を眼で追って、一言呟きます。
「あれっ? 精霊様が姿を現すなんて珍しいですね。」
えっ、精霊様? 幽霊じゃないのかぁ~。僕はほっとして力を抜きましたが、イリスはそのままへたり込んでしまいました。これは、相当苦手なんですね。下手に追求するのは危険ですから、止めておきましょう。
ユイもほっとした表情を浮かべていますが、何故着物姿などと呟いています。うんうん、僕もそう思いましたよ。僕の記憶にある、振袖を着たお姉さんにみえます。
桜の樹の精霊様が僕達に手招きするので、6人でゾロゾロと桜の幹の元に移動しました。側に寄ったので、なにか話しかけているようですが、生憎僕には精霊様の声は聞こえません。イリスさんやユイも同じようですね。ユーリアちゃん一人だけ頷いているということは、ユーリアちゃんは聞こえているのでしょうか?
「ユーリアちゃん?」
僕が声をかけると、少し待ってください的なジェスチャーをされましたので、僕らはおとなしく精霊様とのやり取りを見ています。どうやら、無事会話は終了したようですね。ユーリアちゃんがこちらを向いて話してくれます。
「え~とですね、ここは私達がいう遺跡で合っているそうです。此処からは私もあまりよく判らないのですけど、星の精霊というか、意思とお話をして、いろいろな事ができるらしいのですが……」
色々な事ですか。しかも、星の精霊・意思とかきましたよ。某国民的MMOやRPGが思い出されてしまいます。
「遺跡に入るには、清らかな乙女6人でなければならず、一応ダンジョンの様にもなっているので、それなりに危険なそうです。最後に利用されてから、数千年経ってるという事なんですけど、精霊様は嘘は言いませんから本当の事なのは間違いないですよ。」
清らかな乙女ですかぁ。ある意味鉄板のネタですね。あ、これって動画とっておかなきゃですね。一応ユーリアちゃんに確認してみましょう。
「ユーリアちゃん、今の状況を動画に撮ってアレクシアさん達に報告したいんだけど、大丈夫かな? というか、精霊様映るのかな。」
僕がそう言って悩んでいると、立ち上がったイリスが、あっさりスマホ型カメラで撮影してしまいます。イリスさん、相手の了解がまだ取れていませんよ?
「え~と、精霊様がいうには恐らく映ったりしないだろうとのことですが……」
「本当ね。全く映らないわ」
イリスさん……さっきまで震えてたのに、いきなり強気な行動にでますね。
「それでは、精霊様はどのような用事があって、私達の前にお姿を現せたのでしょう?」
ユイはいいとこ突きますね。なんの用事かは大事です。精霊様は、どうやらこちらの声は聞こえているようで少し移動して手招きをします。突いていくと、精霊様が地面に手を着いてそのまま手を上に挙げました。突然その場の地面が、音もなく上昇して、そこには地下へと続く階段が現われます。うわぁ、桜の樹下のダンジョンですか。
「精霊様は、挑まれますかと聞いています。」
ユーリアちゃんが通訳してくれますが、さすがに何の準備もしてないのにダンジョンに挑むほど僕は無謀ではありませんよ。一人なら判りませんが。
「準備もしていないし、今の僕達じゃ無理なんじゃないかな。このメンバーだとバランスは悪くないんだけど。」
エマが盾役タンクですし、ジェシーが物理アタッカーですね。僕は銃と遠距離魔法のレンジアタッカーですし、ユイは補助系魔法使いのバッファー、イリスは勿論回復系魔法使いのヒーラーですね。ユーリアちゃんは弓を使いますから僕と同じレンジアタッカーになりますが、彼女はまだ小さいので、あまり大きな弓は使えません。ダンジョン攻略なら必須であるシーフ系の作業が出来る人はいないんですよね。
「それに、何か見つけても変に弄らないで帰る事が約束でしたしね。」
僕の言葉に、ユーリアちゃん以外は肯きます。ユーリアちゃんは精霊様のお願い事みたいな事を聞き入れたいのでしょうけど、現状の僕達では何の責任も取れません。
「ユーリアちゃん、今回は挑まない。挑むのに期限とかあるのかを確認してくれる?」
僕がそういうと、精霊様とお話をしてくれます。精霊様は特に気を悪くした様子もないのですけどね。
「精霊様のお言葉ですと、あと7年は大丈夫とのことです。ただし、それまで私達が清らかである事が条件らしいのですが……そこは、意味が良くわからないんです。」
あ~、はいはい。お約束といえばお約束です。ユイが少し顔が赤いですし、イリスさんは平常運転ですね。挑まないと伝えたからか、入り口はあっさりと元に戻って、何処が入り口かは判らなくなります。
「でも、映像にも映らないんじゃ、こんな話信用してくれるかな。結局なんの為の遺跡かもわからないし。星の意思・精霊と話す場所ってだけじゃ、ダンジョンがある意味がわからないよ。」
僕の言葉を精霊様に伝えてくれたのか、精霊様は別の場所に手を着くと、今度もその場所が上昇し、中には木の箱が一つ? その脇には妖精を模った人形があります。よくあるフェアリータイプですね。
箱はユーリアちゃんしかあけることが出来ないようで、ユーリアちゃんが開けると一冊の古書が現われます。そして、妖精人形が動いた?!
あっけにとられて、僕達は人形を見つめますが、どうやら人形ではなく本物の妖精、フェアリーの様です。フェアリーはユーリアちゃんの周りを一回りすると、その肩に座ります。
「これって、この本とそのフェアリーが証拠になるって思ってよいのかな?」
僕たちは顔を見合わせた後、ユーリアちゃんにたずねます。
「はい。この妖精さんも、ここに挑む事のできる期間だけ起きている事ができるそうです。その後は眠りに就いちゃうらしいですけど。」
「ちなみに、その眠りの期間ってどの位なの?」
僕は恐る恐るたずねます。なにか、悪い予感しかしませんが。ユーリアちゃんは、精霊様と会話した後、ごく普通にいいました。
「はい、たった990年だそうです。」
やっぱりかい。エルフの時間感覚違い過ぎ! たった990年って、ユーリアちゃん以外誰も生きてないよ、それ!!
「……判りました。じゃあ、今回は引き上げますね。お騒がせしてすいませんでした。」
僕がそう言うと、なぜか精霊様は僕に布に包まれた何かを渡してくれました。なんでしょう? あけて見ると桜の苗木ですね。でも、桜って接木や挿し木が増やす一般的な方法のはず。でも、折角頂いたのですから、もって帰りましょう。アレキサンドリアでは珍しい樹のようですしね。
この後、全員でDM2に乗って無事アレキサンドリアに帰り着きました。
帰り道の途中で、ユーリアちゃんから僕達に質問がありました。やはり、精霊様のお願いは聞き届けられなかった事を気にしていたようですね。
「ダンジョン探索をするには、罠の探索や解除をする専門の人が必要なんだ。僕達の中にはその技術を持った人が居ないからね。探索系の冒険者さんを雇わないと無理だと思う。」
僕の言葉に、イリスさんもユイも頷いてくれます。それに言葉にはしませんが、ユーリアちゃんは幼いですからね。ダンジョンの中で、敵対する者を殺す行為は、見せたくありませんし。
ユーリアちゃんは、僕達の言葉に一応納得はしてくれたように、頷いてくれました。
頂いた桜の苗木は、自宅の庭に植えました。花が咲くまでに、しばらく時間がかかるでしょうけど、いつかは庭でお花見が出来そうです。そしてDM2の映像と、遺跡の各所を映した記録結晶は提出させられます。後日複製を作って返してくれるそうですよ。
*****
翌日、魔術学院から帰ってきた僕は、いきなりアレクシアさんに捕まりました。今日に限って妙に帰宅時間が早いですよ? それに僕は何もしていないはずですが。そのままアレクシアさんの執務室に連行されます。
「クロエちゃん? これはどういう事かしら?」
アレクシアさんが僕に見せたのは、カウンターで酔いつぶれて寝ていたり、ソファーの上で疲れ果てて眠っているアレクシアさんの写真でした。中にはかなりアレな写真もあります。後から本人に見せて、生活態度を直してもらおうと、思って撮影した写真ですが、大失敗です。お花見に行く寸前に新しい記録結晶に交換するのを忘れて、過去撮りしたアレクシアさんやエマ、ジェシーの姿などが入っている記録結晶をそのまま使ってしまったので、アレクシアさんに見られてしまいました。
背中をダラダラと冷や汗が流れているのを感じます。
「えっと、これはですね。その、家族の普段の姿を後日思い出して、懐かしもうとした……」
あ~、アレクシアさんのコメカミに#マークが浮かんでいますね。
「え~と、もちろんお一人で編集作業をしていたんですよね?」
まさか複数の人達で、僕たちが適当に撮った写真を見ながら選別するとは思えませんし。
「えぇ、幸いにも私とリリーだけだったわ。お陰で、私がリリーからお説教を喰らったじゃない! どう責任取ってくれるのかしら?」
ひえ~。アレクシアさん怖いですよ。
「そうだわ、罰としてクロエちゃんの写真も撮りましょう。複製してお店で販売すれば一攫千金「ごめんなさい。お願いします、それだけは止めて。」……」
アイドル写真じゃないんですから、買う人なんてそんなに居ないですよ。そうじゃなくても恥ずかし過ぎます! 結局、次にやったら販売するわよと脅されて、週末のお酒のおつまみの新作提供を約束させられてしまいました。うぅ、大失敗ですが被害が少なくてよかったですよ。
遺跡から持ち帰った古書と、撮影された写真は、遺跡関連の研究部門にその後提出されて解読が進んでいるようです。期限があと7年という事ですので、早めに終わらないと、990年後の人に全てを委ねるようになりますが、さぁどうなるのでしょうか。とりあえず、お花見に端を発した騒動はこれにて終了となりました。




