8.近郊の森にて④
「クロエ……」
ジェシーが僕を突いて、ある方向を指差します。僕はその方向を向いて固まってしまいました。そこには、仲間に入りたそうな視線の男子が……。
すっかり忘れていましたが、自分達で用意してこなかったんか~。僕の心の叫びを理解したのは、イリスだけのようですね。
「目の前で、こんなの出されて食べられたら、誰も固パンなんて出せないわよ。」
いや、確かにそれは真理でしょうけど、リアンにワイアット、留学生の男子2名だよ? よりにもよって、僕を殺そうとした連中ばかりじゃない? そういえば僕の周りはこんな男子しかいないな。
「どうします?」
エマの問いかけに、彼らから視線を外して僕は答えます。
「今回はリンが作ったから、彼女に聞いて。彼女が良いっていうなら、僕が口出す事じゃないし」
エマは肯くとリンの処にいって、説明しています。僕はそっぽを向いていましたが、リンが4人の処に歩いていくと、イリスがチョイチョイっと手招きしていますね。僕が隣に座ると、正面を向いたままイリスが口を開きます。
「いいの? みんな、貴女に危害を加えようとした人達よ?」
僕は収納からコルクで栓をされた瓶詰めの冷えたサイダーを、人数分取り出して狩人さんやユーリアちゃん一家に手渡します。まだまだ、残暑が厳しいですし、温かい食べ物を食べたばかりですからね。彼らも僕が渡したボール遊びをしていれば喉が渇いていることでしょう。
「ん~、僕自身に手を出される事は、余り気にしてないから平気だよ。僕が護りたいものに手を出したときは別だけどね。それにちゃんと意趣返しはするからいいよ。エマ!」
僕はエマを呼ぶと、男子4人分のボトルを取り出してエマに手渡します。
「彼らに渡してきて。」
エマが4人に手渡すのを見た後、僕は視線を逸らせますが、わくわくしていて見てみたくて堪りません。イリスは呆れた目で僕を見ていますね。
その時です。ブシューっという音と共に、勢い良く噴出したサイダーが彼らを濡らします。良く振ったサイダーのコルク栓を抜けば、そうなりますよね。僕はちらりと男子の方を見てみます。むぅ、引っかかったのはリアンと派手な顔の留学生オリバーだけですか。ワイアットは僕をを見て、ニヤッと笑います。どうやらワイアットにはばれてしまっていたようですね。細目のアレクシスも何かに気付いたのか栓を開けていなかったようです。みんなはサイダーまみれになったリアン達を見て、笑い出します。
僕自身も、笑っちゃ駄目だ、笑っちゃ駄目だと思っていたのですが、サイダーにまみれてずぶ濡れの2人をみて、堪えきれずに噴出してしまいました。
「あは、あははっ、駄目もう堪えきれない!」
お腹を抱えて笑っている僕をみて、リアンは真相に気付いたようです。突然大声で騒ぎました。
「くそっ、殺人兎め、だから俺はお前なんか大っ嫌いなんだ~」
そして、リアンの声を聞いた狩人さん達が飲み物を噴出します。ちょっと、汚いですよ!
「なっ、まさか噂の、殺人兎が君ってことか!」
ちょっと狼人の狩人さん、噂のってなんですか。それに僕を見て怯えてませんか?
「良かった~、兎人族の人じゃなくて、本当に良かった~」
兎人族のお姉さん、それってどういう意味です? そして、犬人族と猫人族のお兄さんお姉さん、子供の前で抱き合わないで下さい。フシダラですよ。こんないたいけな女の子をつかまえて、酷いですよみなさん。僕がぷんぷん怒っていると、イリスが肩を叩きます。
「あのね、貴女が学院で叩きのめしている近接戦闘職の殆どは冒険者でもある狩人さんよ。あれだけ叩きのめしてるんだから、どう思われるかわかるでしょう?」
イリスの言葉に納得はいきませんが、仕方なく肯きます。そこに余計な一言が入ります。
「殺人兎といつも一緒にいる、ダークブロンドの人形のような少女! まさか君が不殺の人形、悪魔の人形か!!」
ぶちっと音がしたような気がして、僕は恐る恐るイリスさんを振り返ります。あっ、切れてますね、これは。
「うふふ、誰かしら~、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた気がしますわ~、宜しければお名前を教えていただけますでしょうか? 今度ギルドに指名依頼を出して差し上げますわよ。勿論私の名前で。」
ひぃっ、という声を上げて、犬人族のお兄さんは近くの木の後ろに隠れてしまいますが、お尻と尻尾が丸見えですよ。
「クロエ!」
はいはい、僕は収納から予備のボールを取り出すと、イリスに手渡します。イリスがボールをぽいっと放り出すと、一瞬彼女のスカートがひるがえります。イリスに蹴られたボールは弧を描いて、木に隠れた犬人族さんのお尻に直撃し、ギャワンっと言う悲鳴が聞こえた後、沈黙が広がります。他の方もドン引きしていますよ?
「イリス? 淑女のする事じゃなかったんじゃ?」
僕の言葉に、イリスは赤面しつつもストンと座り、黙々と食事を再開します。微妙な雰囲気の中、細目の留学生アレクシスがやって来ます。
「先日は悪い事をした。申し訳なかったね。自己紹介をしていなかったのでさせて貰ってもいいかな?」
僕はイリスの顔を見ますが、イリスも肯くので同じように肯きます。
「ありがとう。僕は隣国アルベニアから来ている留学生のアレクシスだ。あっちにいる派手な男は、エリクシアから来ている留学生のオリバーだよ。今後は宜しくね、可愛いお嬢さん方。」
「お初ではありませんが、ご挨拶させて頂きますわ。私はイリス。こちらはエルフ族の才女、ユーリア嬢とその後家族よ、リンはご存知よね。そしてこれがクロエ。」
イリスさん、僕だけペットのような紹介なんですけど? 酷くそっけない言い方だし!
空気を察したのか、アレクシスは話題を変えてきます。どうやら空気を読む才能があるようですね。
「先程のメモで説明されていた、サッカーとかいう球蹴りをしてみましたが、イリス嬢のようにボールを蹴る事ができるとは、初めて知りましたよ。アレキサンドリアには他にも興味深い事が多いようで、楽しみが増えました。」
アレクシスの言葉に、狼人族の狩人さんが喰いつきます。
「おぉ、先程のボールを蹴る遊びはサッカーというのか。どうだろう、食後の腹ごなしに我々も参加してみたいのだが」
まあ、馬車が迎えに来るまでにはまだ時間もありますしね。ミロシュさんも乗り気のようですね。こうして馬車が来るまでに、男性達と一部の女性狩人さんはサッカーに興じたようですね。みなさん、装備を放り出して汗が光っていますよ。
馬車が迎えに来るまで、サッカーに興じていた男子を尻目に、僕達は他愛ないおしゃべりと、お茶を飲みながら時間を過ごします。ユーリアちゃんは、お父さんのミロシュさんの応援をしていたりと、ほほえましかったですよ。
迎えの馬車が到着すると、狼人族の狩人さんに頼まれて、仕方なくボールとルールを簡易に書いたメモを提供します。芋煮の方はレシピというほどの物はありませんので、味噌の調達先だけを伝えます。
僕達は馬車に載ろうとしましたが、その……。みなさん汗のにおいが酷いですよ。耐え切れずに僕は彼ら全員に水球を生成して頭からずぶ濡れにします。
「水流生成」
服毎、皆さんを濯いでしまいます。
「衣類水分除去弱、衣類水分除去強」
連続魔法を使用して、人心地ついた僕をみて、イリスがユーリアちゃんやリンに何か言ってますね。
「こうやって、この人はやらかすんですのよ。気がついたら止めて下さいませ。無理でしょうけど……」
その言葉に周りを見渡すと、来たときよりも綺麗になっている狩人さんにミロシュさん、男子学生4人が呆気にとられて僕を見ていますね。
そして、カタリナさん。今の魔法覚える気まんまんですか? 帰りの馬車が怖いですね。こうして、いつも通りに僕がやらかしてこの日のピクニック(芋煮会?)は終了しました。
追記
ちなみに、イリスの二つ名不殺の人形は、イリスとリリーさんが冒険者ギルドに依頼を出していて、その依頼を受けた誰かが言い始めて広まった二つ名だそうです。とても高額の依頼であり、拘束時間も比較的短く割のいい依頼なのですが、一度受けると二度と受けようとする人は滅多におらず、今ではあまり受ける狩人さんはいないそうです。
なぜなら、イリスの二つ名の通り、死ぬことは絶対なく、後遺症も残らない代わりに、心は折れる(場合によっては砕ける?)人もいるらしく、今では一部のその手の趣向があるハンターさんだけが受ける魔の依頼となっているそうな。……リリーさんにイリス? 貴女方は一体何をしているんですか? 正直怖くて本人には聞けませんよ。
また、サッカーは獣人族の狩人さんの日頃の訓練の一環として取り入れられ、エルフ族にはミロシュさんから伝わり、アレキサンドリア国内でルールが統一されたスポーツとしてひろまったそうです。
そして、獣人族の皆さんが春や秋のお天気の良い日は、東方風の鍋を囲んでサッカーに拭ける姿が、あちこちで見られるようになり、売れなかった味噌が大量に消費されて、下層街のある貿易商が大喜びしたそうな……




