30.僕の安寧はどこに……
「やっと、帰ってきましたね。何故か今回は疲れましたよ。」
ドローンもどきを格納庫に止めて、機体から降りた僕は心から思っていたことを発言します。今回も目立たぬように、夜間の帰還ですが、エマの操縦は全く危なげなくDM1の機体を滝脇の格納庫へと降り立たせます。
「「お疲れさまでした。クロエ」」
うん、二人にそういってもらえると元気も出ますね。お土産にもらった鹿肉もありますし、近日中にはおいしく頂けるでしょう。
格納庫内で三人で話していると、エリックさんがやってきました。
「やぁ、クロエ君お帰り。今回は行儀見習いに行ったはずなのに、相変わらずの非常識さを発揮してくれたようだね。試作体も役に立てたみたいでよかったよ」
エリックさんがねぎらってくれますが、エマとジェシーは不満の様です。
「「元マスター、私達はクロエに正式な名をいただきました。既に試作体ではありません。訂正を要求します。」」
えっ、エリックさんに反論できるの? これも進化の一種なのかも。僕はエマとジェシーの二人を驚いて見つめます。エリックさんも、やはり驚いていますね。
「これは驚いた。クロエ君、君は何をしたんだい。二人がきちんと自立した自我を持っているように、僕には見えるんだけど。」
「特に何もしてませんよ? エマとジェシーと名前を付けて(誤解によりますが、訂正は不可でした……)、普通に護衛をしてもらっただけです。とても、役に立ってくれましたよ。」
二人を見ると、とても満足そうに笑っています。
「じゃあ、僕は家に帰りますね。エマ、ジェシー護衛をありがとう。とても助かったよ。」
僕はそう言い、その場を去ろうとしました。しかし、その後をエマとジェシーが付いてきます。え~と?
「あの~、エリックさん? これはどういった事でしょうか?」
「ちゃんと言っただろう? クロエ君を主としたと。今後も君の護衛兼ストッパーとして、稼働することはアレクシアも了解しているからね。よろしく頼むよ。」
つまり、彼女達は僕の護衛であり、且つ監視役ということですね。確かに僕は彼女達に勝ったことはありませんしね。彼女達は学習能力が高いので、一緒にいればいるほど僕に勝ち目はないでしょう。自分で云うのもなんですけど、得体のしれない余所者ですしね。共和国側としては、国に危険が及んだ場合の処置として必要処理なのでしょうね。
「はぁ、判りました。エマ、ジェシー今後ともよろしくね」
「「勿論です。クロエ」」
こうしてエマとジェシーは僕の家にやってきました。
*****
「お久しぶりね、クロエ。エルフの町はどうでしたの?」
いつも通り、イリスがやって来ました。僕はまだベットから起きて、髪をエマにとかしてもらっている最中でした。
「ジェシー、準備が整うまで入ってもらっちゃだめだよ。イリスだからよかったけどね。」
「ごめんなさい、クロエ。以後注意します。」
ジェシーはそう言い、僕とイリスにお茶を入れてくれます。二人が僕の身づくろいを終えて部屋をでると、イリスが僕に尋ねてきました。
「ねえ、なんで『緋の双姫』が貴方のメイドをしているのよ? しかも、あれ試作の子達でしょ。名前を呼んでたってことは、貴女がマスターってことなの?」
あ~、イリスは知らないよね。僕はエルフの里へのお使いの話を含めて、イリスに話をします。
「はぁ? ケイティー様に会っただけじゃなく、精霊樹様に身体を乗っ取られた? しかもなによ、そのドローンもどきとかいう変なもので空を飛んだですって? で、私やリアン達が同行できないから、『緋の双姫』が貴方の護衛として付いたですって?」
いや、そんなに質問を連呼されても、答えようがないよ、イリス。ジェシーの入れた紅茶を一口飲んだイリスは、やや不機嫌そうにいいます。
「紅茶の入れ方は、まだ修行が足りないわね。少し、お湯の温度が高かったみたいね。」
「えっ、そうなの? イリスの入れてくれる紅茶と殆ど差が無いくらいに思ってたよ」
僕がそう言うと、ますます不機嫌そうになりますね。いや、イリスの入れた紅茶のほうがまだおいしいのは知っているんだけどね。僕がフォローすると、少し表情が和らぎます。
「僕が入れた紅茶に比べた「貴女の入れた紅茶と比べられるほどの侮辱はありませんわよ?」……」
むぅ、そんなにひどい言われようをするとは思わなかったですよ。少し険悪になりかけた雰囲気の中、部屋のドアをノックする音が聞こえます。僕はこれを幸いと返事をします。
「クロエ。ケイティー様がお見えです。お通ししてもよろしいですか?」
「ケイティーさんが? どうぞ。」
さっきの話からすると、イリスも会いたいでしょうしと、僕は許可をします。
「やぁ、久しぶりだね、クロエ。元気そうで何よりだよ。」
ケイティーさんがやってきて三人で話を始めます。エマがすぐにケイティーさんの紅茶もお出ししますが、どうやら及第点をいただいたようです。
「なに、今日来たのは伝言を預かったのと、個人的な興味からだよ。まずは、伝言の方からだが、こちらはエルフの仮族長からだ。できれば、時々クレナータの町を訪ねてほしいそうだ。」
「えっ? 子供達から新しい依り代を探してお言葉を伝えることになったんじゃ?」
僕がクレナータを出るときにはそうなっていたはずですが、どうしたんでしょう?
ケイティーさんの話によると、今子供達の間では、『クロエちゃんごっこ』が流行っているとのことです。なんです?その怪しそうな遊びは。
「クロエの真似をして、精霊樹様が乗り移って悪いことをした大人たちをやっつけるごっこ遊びさ。それが流行ったせいでねぇ」
ケイティーさんの話では、そのせいで精霊樹様の言葉なのか、子供たちのごっこ遊びなのかが判らなくなっているとのこと。たまにでいいから顔を出してほしいというのは、仮の族長ヴィクトルからの伝言だそうです。来てくれないと、向こうから押し掛けるとか、勘弁してください。しかたなく、気が向いたときは出向く皆を伝えます。
「それで、ケイティーさんの個人的な興味って、何でしょうか?」
僕が引き続き尋ねると、しれっとした顔で言いました。
「なに、エルフ族の魔法を無効化したり、詠唱を封じたという魔法に興味があってね。それはアレキサンドリアでは聞かない魔法だったからね。」
「……クロエ? あなたまた何かやらかしたの?」
イリスがジト目で僕を見つめます。いや。あれは身の危険もあったので、魔法陣を描くよりも手早そうな陣を即興で試したものなんですが……。そこまで、思って僕はケイティーさんに尋ねます。
「あの、ケイティーさん。その事はアレクシアさんに話したりはしてませんよね?」
僕を見るケイティーさんは、とてもいい笑顔でいいました。
「何言ってるんだい。こんな面白い事伝えなければ、私が怒られちまうよ。今日の予定の変更をしたら、すぐ来るそうだから待ってなって言う伝言だよ。」
やばいです。アレクシアさんが帰ってきたら消し炭になる未来しか見えません。慌てて逃げようとする僕の耳に、玄関ドアの勢いよく開く音が聞こえます。
「まったく、あの子はあの年になっても出入りは変わらないね。いつも注意していたんだけどねぇ。」
ケイティさんの声に、僕の隣に座る位置を変えていたイリスが、肩を叩いていいました。
「大丈夫よ? 怪我をしても私がすぐに治してあげるから。」
いやいや、そういう問題じゃないですから、お願いしますから、アレクシアさんを止めてください。僕の全力でのお願いは、イリスにもケイティーさんにも、そしてアレクシアさんにも全く通じなかったことはお伝えしておきます。
結果? 危なく、また観察(治療)容器に入る寸前でしたよ




