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駄女神に拉致られて異世界転生!!どうしてこうなった……  作者: 猫缶@睦月
7.女王の奏でるラプソディ
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49.エリーゼの一日①

◆ 艦内時刻 午前5時半 ◆


 「……ん……ん~」


 室内を満たす甘い香りに、エリーゼは目を覚ました。ブラインド越しに差し込む光は柔らかであり、そのかたわらでは固定された椅子に腰かけたヘルガの姿を照らしている。


「あぁ、エリーゼ様。申し訳ありません、起こしてしまったようですね」


 小さな丸テーブルの上にはティーポッドが置かれ、白い陶器のカップを優雅なしぐさで傾けていたヘルガは、そういいながらエリーゼに微笑んだ。


「あぁ、もう起床時間が近いのですわね」


 エリーゼは小さなあくびをすると、二段ベッドの下段からゆっくりと降りて、軽く背伸びをした。常ならば、帝都で流行しているデザインの寝衣(パジャマ)をつけて寝る二人であったが、Q(クイーン)A(アレキサンドリア)に乗艦してからは、支給された寝衣(パジャマ)を着ている。しかし、着心地が良いからと言う訳だけではなかった。

 Q(クイーン)A(アレキサンドリア)とは言え、非常時には急いで退艦する可能性がない訳ではない。

 たかが寝衣(パジャマ)といえど、万が一の場合に着の身着のままで退艦しても問題の無い機能性とデザインを備えているのだ。


「ヘルガ、私(わたくし)はシャワーを浴びてまいりますわ」


「かしこまりました。その間にクロエ艦長から頂いた紅茶を入れておきます」


 短いやり取りを残して、シャワーブースに消えるエリーゼを見送ったヘルガは、部屋に備え付けの給湯ポットに、水差しから水を汲み、沸騰させる。

 一分とかからず湯が沸き、ヘルガは手早くティーポッドとティーカップに湯を注いで茶器を温めた。

 再度汲んだ水が沸騰したら、温まったティーポッドに茶葉を三グラムほど入れると、ポッドに勢いよくお湯を注ぐ。

 注いだ湯で、茶葉がガラス製のティーポッドの中を踊る様子を、満足げに眺めると、二分半ほど蒸らしておく。

 この間はティーポットが冷めないように、美しい刺繍の入ったティーマットの上にポットとカップを置いておく。

 エリーゼがシャワーブースから出るのは、ヘルガがティーポットの中をスプーンでひと混ぜするのと同時である。ティーストレイナーを使って茶殻をこしながら、最後の一滴を純白の陶器製のティーカップに注ぐのと、エリーゼが着替え終わるのがほぼ同時であった。


「どうぞ。目覚めの一杯としては、なかなか贅沢な代物かもしれません」


 対面に腰かけたエリーゼに、ヘルガは入れたての紅茶を置いた。舷窓脇の狭いエリアでは、エリクシア貴族家の作法に則ったお茶の出し方はできないのはやむを得ない。

 着席したエリーゼは逆時計回しにカップの取っ手を右へと回すと、スプーンをカップの向こう側へと置きなおして、取っ手をつまむように口をつけた。


「……さすがはヘルガですわね、とてもおいしい紅茶になっていますわ。それに、香りの割には癖のない、良いお茶ですわね」


「この茶葉は、クロエ嬢から頂いたものです。アレキサンドリアで茶葉を生産している訳ではないようですが、茶葉を厳選してブレンドするブレンダーによってブレンドされたお茶だそうですよ。

 それはそうと、今日の予定はどうなさいます?」


 エリーゼの評価にうなずきながら、ヘルガは今日の予定をたずねた。エリクシア貴族は、午前中に政務や所領に関する問題を処理したり、武術の訓練や貴族としての勉強に費やし、午後からはお茶会などの家族や友人とすごす時間をとり、娯楽や談笑に費やすのが常であったが、二人はQ(クイーン)A(アレキサンドリア)の艦内でも似たようなすごし方をしていた。


「そうですわね。朝食後はトレーニングルームといったかしら。そこをお借りして、剣術の訓練をいたしましょう。その後は図書室で知識を高めましょうか。エリクシア貴族としては、ただ遊んでいる訳にはまいりませんもの」


 お客様(ゲスト)の中でも、魔術技術学院【スクオラ・ディ・テクノロジア(Scuola di tecnologia)】に在籍している者たちは艦内でも専門知識を深めるために各部署に配置されていたが、エリーゼや一部の純粋な冒険者たちは特にすることを決められている訳ではなかった。

 とはいえ、多くの者はトレーニングルームや提供された専用スペースで訓練を行っている。これは、乗艦しているギルドの受付嬢であるパトリシアの手配によるものだ。


「パトリシア殿に依頼すれば、対戦相手はすぐに見つかるでしょう。冒険者の技量と体力維持はギルドの仕事の一つといって、艦内にしっかりと一室確保しておりましたし」


 クロエが知らされずに乗艦していたパトリシアであったが、アレキサンドリア海軍の上層部の許可はもちろん取り付けてある。軍としても艦内における冒険者の処遇を、ギルドに一任できるために、パトリシアの乗艦を断る理由はなかったのだ。

 ギルドとしては依頼内容と冒険者パーティーの技量などを判断して管理する必要があり、冒険者とアレキサンドリアとの直接取引をけん制し、ギルド経由での依頼を斡旋するためにも、パトリシアの存在は必須であった。


 やがて、起床時刻を知らせるアラームが鳴るが、お客様(ゲスト)であるエリーゼ達には特に定められた任務はない。しかし、満足な食事を摂りたければ、起床時間から一時間以内に食堂に出向く必要があった。

 さすがに各個室に食器を洗う水場の備えはない為、ヘルガは給湯室に茶器を洗いに行き、その間にエリーゼは普段着に着替えた後に、朝食を摂りに右舷展望デッキへと向かうのであった。


◆ 艦内時間 午前九時 ◆


 まっすぐに突きこまれる細剣(レイピア)を、コリーヌは左手に構えたバックラーでその軌道をそらせた。今日のコリーヌは片手剣に小楯を装備した標準的な前衛の装備をまとっている。盾がある以上コリーヌの防御は鉄壁を誇り、相手の攻撃を寄せ付けないが、こちらの攻撃可能な間合いはやや狭い。

 攻撃を仕掛けた者は連続した突きを軽くいなされた時点で後方に飛び、たやすくコリーヌを間合いには入れてくれない。

 相手の懐に踏み込むには、細剣(レイピア)の長い間合いに踏み込む必要があるが、相手は一定の距離をとったまま、左右に回り込み刺突を繰り返していた。


「……なるほど。さすがはエリクシアの上位貴族の方ですね。とても綺麗な戦い方です」


 綺麗な戦い方…… 基本的に市街地や建物の中など、床や舗装された街道などの比較的足場がしっかりとした場所での、貴族同士の一対一の戦いかたとして洗練された細剣(レイピア)の使い方に特化しており、流麗な剣捌きと身のこなしを極めた戦い方が、ヘルガやエリーゼといったエリクシア上位貴族の戦い方である。

 コリーヌのつぶやいた声を拾って、笑みを浮かべるのはヘルガである。北部を収めるクラウディウス家の武技は、上位貴族としては実践的でありながら、流麗であり澱みなく流れる水に例えられることも多い。


「『四季の剣士』にお褒めいただくのは大変名誉なことですね。ですが、私とて『流水の剣』と唄われしクラウディウス家の系譜に連なる者。ただの貴族の護身用の剣ではありませんよ」


 ヘルガの言葉に、コリーヌは珍しく笑みを浮かべた。ヘルガとエリーゼの戦いは、既に二十分を超えているが、疲労の具合がまるで違っていた。事実ヘルガが多少とはいえ肩で息をしているのに対し、コリーヌは呼吸すら乱れていない。

 実戦第一主義のブランシェ家の戦い方は、無骨ながらも無駄や隙はない。戦場の指揮を取るエリクシア上位貴族と、最前線で戦うブランシェ家の戦い方はどちらが優れているというものではないが、戦いにおいて心身や精神の疲労への対処はコリーヌに一日の長がある。


(それに、エリクシア貴族としての矜持でしょうね。綺麗な戦い方にこだわりすぎています)


 コリーヌはバックラーを前に掲げると、ヘルガとの間合いを詰めるが、先ほどよりやや早い。それに対して、ヘルガはカウンターとなる飛込切りを放とうと踏み込んだその時である。現在は石畳の街道を模した演武場の床がグズリと崩れ、ヘルガはバランスを一瞬崩した。

 そして、その一瞬の間がコリーヌに対しては致命的であったのだ。足場の乱れはそのまま振り下ろす細剣(レイピア)の速度を落とし、軌道を歪ませた。コリーヌはバックラーで細剣(レイピア)を受け止めると、右手の片手剣をまっすぐ突き込み……


「そこまで! 今回の模擬戦はコリーヌ嬢の勝利です」


 判定を決したパトリシアの声とともに、コリーヌの片手剣はヘルガの喉元でぴたりと止められている。防御を行うべきヘルガの左手のダガーは、飛込切りの姿勢が崩れた為に、前面の防御を成しえずに終わった。


「……何故足場が……」


 呆然と足元を見たヘルガは絶句した。彼女の足元から、先ほどコリーヌのいた場所までの幅五十センチメートル、長さにして五メートルほどの石畳が粉々に砕かれていたのだ。


「岩石崩壊(クローロ・ロッシソ)。魔法を使い、足元を崩させていただいた。流れる水のごとき華麗な剣は、その足さばきにある。突如足場が崩されれば、対応はできませんでしょう?」


 淡々とコリーヌは語ったが、コリーヌは今まで一切の魔法を使ってこなかった為に魔法攻撃を失念していたのだ。あえて愚直に飛び込んだと見せかけて、カウンターとはいえ単調な直線攻撃を誘って。


「……さすがは戦場の剣というべきかしら。それに長時間の戦いでも、呼吸一つ乱しませんのね。さすがは常在戦場を家訓とするブランシェ家と言うべきですわね」


 エリーゼは呟いたが、その声音は意気消沈している。ヘルガが負けたということは、エリーゼもコリーヌには勝てないということになるからである。


「自分の有利な戦場を選べぬのでしたら、それを崩して自身が有利となる戦場を作り出す。これは、ブランシェの教えではありません。魔術技術学院【スクオラ・ディ・テクノロジア(Scuola di tecnologia)】は、私に敗北と新たな戦術を教えていただきましたから。ユイ教官やクロエ教官に感謝しております」


 そう語ったコリーヌの笑顔は、ヘルガとエリーゼには輝いて見えたのであった。

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