48.運のない人々……
「あ、あぁ……俺たちの見せ場が…………」
肩を落とすリアン班十名の落胆具合は、なかなかの見ものであった。中には伝説のリアルOrzで、甲板上に両手両膝を突くものも居る。しかし、彼らの落胆ぶりは仕方があるまい。なぜなら、クラーケン迎撃を行った彼ら以外の班は、見物、ゲフンゲフン……もとい、観戦していた女性乗組員の集団に囲まれていたのだから。クラーケン戦に参加しなかった男性乗組員達も、女性乗組員共々各班を囲んで彼らを称賛しており、見せ場の無くなったリアン達の班には、憐みの視線が向けられていた。
真っ先に彼らをねぎらうべきクロエは、彼らの使った魔法に驚くやら呆れるやらで、半ば茫然自失の状態であり、ユイやイリスに囲まれて何やら打ち合わせ中である。
本来であれば、総員起こしをして戦闘態勢に変えたこともあり、通常任務の編成に戻さねばならないのだが、処女航海のオスカーと同じような立場の、年長の乗組員は乗船していないので、若い士官だけでは気がまわらず、クロエ達に諫言する者もいないのであった。
そんな悲喜こもごもの集団に、突入する気力もなかったお客様達は、飛行甲板後方に何とは無しに集まる形になっていたが、話題となるのはクラーケンとそれを撃退した男性乗組員たちが見せた魔法であった。
「クラーケンというんですのね…… 海にはずいぶん大きな生き物がいるんですのね」
エリーゼが珍しく呆然とつぶやいたが、傍らに控えていたヘルがもまた同様である。この時代、アレキサンドリア以外でも、外洋を航海する帆船に乗り組む女性は多くはなかったので当然のことである。
アイオライトでの現在は、地球でいえば大航海時代の先駆けにあたり、多くの国々では船を使った商取引は大陸沿いの沿岸都市を結ぶ地域が主体であった。
航海術の発達していたアレキサンドリア共和国を除いて、商取引きは隣国や比較的距離の近い島国との交易が主であり、当然船旅という概念自体が成立していないのである。
自身の出生地を離れることが一般的ではなく、支配階級以外の人々がそれをすれば国を棄てると同義ある時代であった。
ある意味、アイオライト史上初の船旅を味わっていたお客様方であったが、そんな時代背景もあって、クラーケンなる巨大生物が与えた恐怖と、それを撃退しえたQAの乗組員への驚きは小さくはなかったのである。
「クラーケンという魔物自体にも驚きましたが、私にはそれを難無く撃退どころか討伐してしまう、この船とアレキサンドリアの魔法にも恐れを感じます」
エリーゼの言葉を受けたヘルがのつぶやきに、周囲の者もうなづいた。クラーケンの攻撃を寄せつけもしない魔法障壁に、巨大なクラーケンすら倒してしまう魔法攻撃。海の男たちが噂する限りではあるが、本来クラーケンに襲われて助かる術はないとされている。
「はぁ、この船も化け物だと思っていたけど、あいつら揃いも揃って化け物揃いのようだね。ロンタノ伯が敵に回さず、何とか味方として取り込もうと躍起になるのもわかったよ。
それにしても、知らなかったとはいえ、エリクシアはよくこんな連中に喧嘩を売ったもんだね。あぁ、一応まだ喧嘩中なんだっけか」
サンドラは、あっけらかんとした口調でエリーゼとヘルがに話しかけた。一見平和に見えている現在の状況は、アレキサンドリア側が逆侵攻しない事で成り立っており、大陸西の大国『帝政エリクシア』が大敗をきっして以後、沈黙を保っていることをあてこすったのだ。
エリーゼやヘルガが乗艦しているのは、敵側の最新兵器であるQAや、その他もろもろの情報収集が目的であることはだれの目にも明らかである。とはいえ、その程度のことはエリーゼ達も承知の上である。それに、社交界の令嬢たちのやり方に比べれば、サンドラの物言いはかえって好感すら持ててしまう。
「私は軍事の専門家ではありませんもの。それに、アレキサンドリアへの侵攻は、一部の狂信者が行ったことですわ。幸いなことに、アレキサンドリア側には被害は全くなく、狂信者だけが殲滅されたのは我が国としても幸いなことですもの。それに……」
エリーゼはちらりとクロエのほうに視線をやった後、言葉をつづけた。
「……かの狂信者が蓄えていた膨大な金銀財宝は、首都の大聖堂に現れた紅瞳白髪の少女が、ねこそぎ奪っていったとの報告もありますもの。
狂信者の首班はすでに罰を与えられて死亡しておりますし、戦乱の主導者でもない我が国が非難を受けるのは理不尽と結うものではないでしょうか?」
エリーゼの言葉に、サンドラは苦笑した。確かに表面上はそれで通っているのだ。例え狂信者の中に、当時の皇太子と第二皇子がおり、遠征軍の中の精鋭兵は皇太子直属の西方遠征軍が占めていたとしてもである。
体裁が整っていれば多少の無理はゴリ押しできるのが、大国の外交であるのだから。役に国家として弱腰を見せれば、拡大政策によって領有していた各地で反乱が起きてしまうであろう。
アレキサンドリア側も、東部エリクシアの占領地域からのエリクシア東部属領への逆侵攻を望み、故国を解放してくれという声に一切応じることはなかった。
その為、エリクシア国内では小規模な騒乱はあっても国を揺るがす内乱には発展していないのも、エリクシアの中枢でアレキサンドリア討つべしの声が広がらなかった理由であった。
もちろん、裏ではクラウディウス家や当時の第二皇子のオリバーが尽力した結果でもあり、皇太子の死去と国教に近しいルキウス教西方教会の教皇が死亡したり、国内での黒死病の発生などもあり、他国と戦争を起こしている余裕がなかった事も大きかったのだが……
「まぁ、いいさ。今があるのもある意味ではその戦乱のおかげさね。そうでもなければ、母国を遠く離れて、異国を見聞できるなんてなかったしね」
そして、再びにぎわいを見せる甲板上の人々を見つめた。エリーゼ達も同様に視線を向ける中、ようやく話がまとまったのか、クロエが落ち込んでいたリアン達の小隊へ歩み寄り、リアンと何か話しこんでいるようだ。
クロエのそばにはイリスやユイだけでなく、アーシャがいるのは言わずもがなであったが、彼らの小隊が中断していた攻撃魔法の詠唱を再開したことで、どうやらまだ続きがあるようだと察することができた。
やがて、ユイから何かを受け取ったリアンが、言葉を発すると艦内放送に接続されたらしく、艦橋上からリアンの声が拡大されて聞こえた。
『あ~、これより魔法攻撃第四段を行うので、事前に注意しておくぜ。この魔法で、クラーケンの死体を完全消滅させるが威力が高い分かなりの熱と光を伴うはずだ。
直視したいた場合は、視力障害を引き起こすことになるから、効果を見たいだろうが避けてくれ。事前に通告したから、あとで医療班にクレームをつけても責任はとらないぜ。以上』
その言葉を聞いた面々は、期待を込めて彼らを見つめる。視線の先では、甲板上に何かが汲み上げられていく様子がみえるが、数分で完成したらしい。それは魔力で構成された大型の大砲のようにみえた。
『いくぜ、ディストラクト・エクスプロージョン』
リアンの合図とともに発射されたのは、直径五十センチメートルほどの椎の実型をした弾丸を巨大化したものである。
巨大な弾丸は、金属の骨組みに魔力で構成された砲身の中を、加速魔方陣によって高加速され、巨大で歪なイカの乾物のなり果てていたクラーケンへと真っすぐに向かい、命中した。
直後、直径五十メートルほどの巨大な火球が空中に形成され、その衝撃はQAを守る魔法障壁にさえぎられるが、その艦体を傾斜させた。あわててクロエが火球を包み込む障壁を張らねば、艦はさらに傾斜をまし、多くの落水者を出していたほどの威力であった。
「……なんで俺たちだけこんな……」
誰かのつぶやく声が聞こえ、甲板上に居並んだ男女が目にしたのは…… 髪や衣服に焼け焦げを作り呆然とたたずむリアンを含めた十名の男子と、発射の衝撃と熱量を吸収できずに一部が溶融した発射装置の残骸であった。




