27.お馬鹿な二人……
空に現れた飛竜『カッチャトーレ』に最初に気付いたのは、ディランであった。この世界では空を仰ぎ見る者はそれほど多くない。人の目に触れる領域で空を飛ぶことができるのは、鳥だけしかいないからである。
無論、ハーピーやグリフォン、ワイバーンやドラゴンなどの様に空を飛ぶ魔物や幻獣・聖獣と言ったものも存在するが、生息域は限られており、普段一般人が目にすることは少ないからだ。
ディランが気付いたのは、自らが空を飛んだことがあるからである。日々の生活に追われ、多くの人々は足元の地面や自らの手を見るだけで、一日を追える生活をしている者も少なくない。空を飛ぶ鳥を目にしても、目に映すだけではその存在に気付かずに終わってしまうのだから。
切り立った崖の底から、見上げる狭い空を悠々とよぎったそれは、一旦空中に停止した様にみえた。しかし、直後に頂上へ舞い降りたにしてはおかしな体勢、頭から頂上へと突っ込んだようにみえた。
「あれはドラゴン! 何故ここにっ!!」
ディランの上げた声に、大部分の者が怪訝な顔を向けるが、僅かばかりの者は異なる表情をみせた。ディランの表情に気付き、彼が何を見ているのかを確認したライラも、そのうちの一人だ。
「……新たな竜!! まずい……」
ライラが振り返ると、あわてて艦橋へと走り出した。ライラがディランの傍らを通り抜け、艦橋への水密扉をくぐった直後の事だった。鈍い打撃音とくぐもった悲鳴、人の倒れる音が響き、ライラの後を追っていた視線を、ディランは音のした方へと振り返った。
その目に映ったのは、数名の倒れた整備班のメンバーと、一番機の後部座席に乗り込もうと手を掛けたエリオットの姿だ。
「ドラゴンを倒し、竜殺しの名を得るのはこの俺だ。ドラゴンを倒せば、こんな場所にいる必要はねぇ!! 酒も女も思いのままにしてやる!!」
機体にとりついたエリオットは、生来の膂力で整備員を蹴散らすと、ライラの倍はある体積の身体を無理やり後部座席へとねじ込んだ。そして、ディランに向けて騒ぐ。
「そこの優男、お前はどうする! このままここに居て、翼をもがれるのを待つか? まあ、口だけの貴様にはふさわしい結末だがな。
どのみち俺がドラゴンを狩った暁には、どのみち貴様も終わりだ。紅家の実力者に逆らった男の末路がどれだけ惨めかたっぷりと味合わせてやる」
そう言って、黄色い歯をむき出しにして笑みを浮かべた。ディランを動かしたのは、『翼をもがれる』の一言だ。失われそうになった彼の居場所、このままでは確実にディランはその席を失ってしまう。ならば、イチかバチかエリオットの言葉に乗るのも悪くないかもしれない。
どうせ、エリオットには機を飛ばすことは出来ないのだ。機を操る操縦士にくらべれば、砲術士は引き金を引くだけの、誰にでもできる仕事である。ディランとエリオット、どちらに功が多いかなんて一目瞭然であろう。
エリオットに気を取られていた整備員たちは、ディランの突破を容易くするしてしまった。ディランは、彼らの頭上を飛び越えて、操縦席へのタラップに足を掛けると、手慣れた様子で操縦席におさまり、機体を浮上させてしまう。
「竜殺しの称号は、アレキサンドリアで一番の操縦士である僕にこそふさわしい。おまえにも少しは手伝わせてやるよ!
それに、姫を助け出す役割は、王子がすると決まっているのさ。あいにくと、君では役不足だよ!」
ディランはそう言い残すと、機体をフラフラと飛行甲板上から離陸させたのであった。整備班の班長は、航空指揮所からの無許可飛行をとがめる放送に、あわてて艦橋に走ったのであった…… そして、数分後のことである。
「……馬鹿だとは思っていましたが、ここまでとは思わなかったですね……」
ワイアットは、整備班一班の班長から報告を聞いて、天井を仰いだ。その目には、よたよたといった感じで、湾内の崖にそって旋回しながら高度を上げている一番機が、情報パネルに表示されている。さすがに正規の搭乗者であるライラに比べて、倍以上も重いエリオットを乗せて居ては、二人の体重に合わせて浮力調整された一番機では動きが悪い。
無様な飛行の様子だが、新たな竜の飛来を報告にきたライラは、その様子を見て内心で安堵していた。自分の体重に合わせて調整したのに、エリオットが乗っても同じように飛ばれては、他班の砲術士の面々になにを思われるか分かったものでは無い。
「このままだと、艦長やコリーヌさん達に危険が及ぶのでは無いでしょうか?」
「でも、二匹目の竜が現われたのなら、クロエ艦長も援軍が必要なのでは?」
「連中が援軍になんかなるもんか! あいつらは竜を狩れればそれで良いって奴らなんだよ。
艦長の事なんて何とも思っていない。やつらも本家筋も、クロエ艦長なんて黒家の養子、替えなんていくらでも効くとしか思ってないんだ!!」
ユイと砲雷長の声に、否定的な声が続いた。ワイアットとイリスは、声の主であるハリーを黙って見つめる。それは、ユイやアンソニーも同様だったし、非常事態とアーシャに呼ばれて艦橋にいたリアンも同様のようだ。
艦橋にはレーダー手や通信手、ライラや整備班長などの士官以外も存在する。その中で、いわば上官への批判を口にしたのがまずかった。
「……すまない。言い過ぎたようだ……」
皆に見つめられて我に返ったのか、自らの発言の不見識を詫びると、ハリーはうつ向いてしまう。ワイアットはその様子を見ながらも、表情を変えることなく話した。
「船務長、万が一に備えて、出港準備をとりましょう。砲雷長、非常時の場合は一番機を切り捨てます。威嚇射撃の準備を。僕が無線で彼らに説得をしてみます」
その言葉に、ユイはイリスの顔をみて、彼女が小さくうなずくのを見ると、その提案を受け入れた。艦内放送で、出港準備を告げると通信士に回線の接続を指示する。
ハリーは操舵席に戻ると、舵輪の側の補助席を開くと、着座して瞑目してしまう。怒りや焦りの感情をもったまま、舵輪を握るのは危険だ。艦の操舵を預かるという事は、乗艦している全ての命を預かっているに等しいのだから、冷静になる必要があった。
リアンはリアンで、ハリーを見て軽く舌打ちした後、この場をアーシャに任せて、自分は出港準備を整える為に機関室へと引き揚げていく。
イリスは自席を立ってユイに寄り添うと、小声で何かを話しているようだ。二人は、会話をしながら、ワイアットやハリーに視線を向けたが、その瞳に特別な色を浮かべてはいないように見えたのである。




