12.プラントとドーラと……
士官が集められ、会議が行われている頃の話である。乱闘に巻き込まれて、破壊されたプランターや薬草を医療班の治療区画に持ち込もうとしたアルバートは、水密扉前でカレンに区画内に入る事を止められていた。
アルバートは、クロエに酷似した精霊?に言われた通り、ドーラに説明しようと、カレンを通じて水密扉前まで呼び出してもらったが、ドーラの機嫌は悪いようだ。
「そないな物持ってきて、どないしろっていうんどす? うちは植物を癒す事なんて、出来まへんえ」
乱闘騒ぎによるけが人は、後遺症が残るような大けがをしているものはほとんどおらず、たいがいは殴り合いのために軽い打撲や打ち身といった軽傷であったが、簡単な外傷の治療を行われただけで、薬品による治療を行うに留められて、既に医療区画に残るものはいない。
魔法治療を行えば、瞬時に傷をいやすことは可能であったが、自らおこした騒動によるけがは、治療不要と判断されたのだ。任務に関係しないけが、しかも自己責任によるけがにたいしての魔法治療を施すことはしない。これは、懲罰的な意味も含まれているのだ。
ただし、脳震とうを起こしているとみられているディランとエリオットの両名は、現在医療区画の管理病棟に留められているのだが……
アルバートはドーラの詰問にたじたじである。もともと植物を相手にしているだけに、アルバートの対人スキルは低く、さらに女子受けするような会話など頭に浮かぶこともない。さらに、ドーラは俗にいう美人さんであり、アルバートとしては対峙しているだけでも緊張するのだが、この男は植物絡みだと平気らしい。ドーラに対して、先ほど言われた言葉を取り合えず伝える事に成功した。
「あんたに、『クイーンが許可した』と伝えろと言われているんだ。あの、艦長によく似た精霊から……」
その言葉を聞いて、ドーラは一瞬動きを止めると、周囲の様子を伺い、誰もいない事を確認して、アルバートに話しかけてきた。
「……ほんまやろうな? うそをついたらえげつない目にあいますえ」
そういうと、着いて来いと言わんばかりに、アルバートの前を歩き出す。アルバートは大人しくその後ろをついていくが、二層ほど下がり艦首方向に歩いていくドーラに話しかけた。
「おい、いったい何処に行くんだ。そっちは、俺は立ち入りを禁止されている区画なんだが」
そういうと、ドーラがすかさず言葉を返す。
「ええさかい黙ってついてきたらええのに。クイーンに『許可する』て言われたのなら問題はあらしまへん。うそやったら、途中でえげつない目に合うだけどすし」
やがて二人の前に現われたのは、両開きの普通よりも大きなドアである。大きいがやはり船内だけあって、水密扉でもあるようであった。
ドーラが左腕をかざすと、水密扉は左右に開いたので、ドーラと共に中に入ると再び大型の水密扉が待っている。二人がはいると、入ったばかりの後方の水密扉は閉鎖され、気密が確認されると、始めて二人の前の水密扉が開いた。
「なんだここは……」
アルバートが呟くのも無理はない。天井から照らす光は、ほのかに暖かく、室内は心地よい気温と湿度に保たれている。三層抜かれた区画は、大規模な多段ラックが設置され、一段一段をまばゆい光が照らしている。土の匂いはなく、液肥による水耕栽培がなされており、多段ラックの各段は細かく仕切られており、前後左右の船の揺れを完全に抑えて常に水平を維持する構造になっている。
「ここはQAの植物プラントどす。艦内で消費される野菜類を主に育ててますが、別な区画には薬草やらもありますえ。どすが、あんさんを連れて行くのんは、ここやあらしまへん」
そう言って中空に設置された通路を、すたすたと進んでいく。通路の先を仕切る扉を通過すると、左右に仕切られた部屋が現われる。部屋のプレートをみると、高山Aとか、湿地帯Aなどと記載されており、部屋ごとに設定されている温度が異なるらしい。
そして、ドーラは突き当りの扉の前で立ち止まった。アルバートに向き合うと、声を潜めて話す。
「このプラントの事もそうどすが、この先の部屋については他言無用どすえ。艦長も含めて、わずかな人間しかその存在を知りまへんさかい」
アルバートが頷くのを確認して、ドーラはその扉を開けた……
開いた扉の先は、一面緑の丘であった。艦内のはずなのに、優しく日の光が注ぎ、頬を風がなでる。目の前には巨大な樹木がそびえたち、どこからか川を流れる水音さえ聞こえる。
そんな大樹の根本で、白髪の少女が大の字になって転がっていた。その姿を見てドーラはため息をつく。
「うちに厄介な事ばっかり押し付けんといてくれまへんか?」
入ってきたことなど知っているだろうに、大の字で寝転がっている少女は、ドーラとアルバートの方を見ようともせずに話す。
「ここまで入れていいとは言ってなかったんだけどなぁ。まあ、いいや。ドーラ、薬草の育成室は空いていたっけ?」
尋ねるクイーンの声に、ドーラは素っ気無く言い返す。
「うちよりも詳しゅうご承知やろう」
そんなドーラに舌打ちをして、クイーンはスカート姿のまま胡坐をかいてアルバートに向き合う。あわてて視線を逸らすアルバートだが、クイーンは一切気にせずに口を開く。
「今入ってきた特別棟の、第一甲板左舷三号室が空いている。お前が育てている薬草なら、そこで十分収まるだろ。水平維持のできるプランターに移し替えれば、二日くらい様子をみれば後は安全だろ。育成用の装備を何処まで使うかは、自分で判断すればいいさ。
あと、ドーラにも言われたと思うけど、ここの事は他言無用。質問も受け付けない。ドーラにきいても無駄だからね」
それだけ言うと、そのままひっくり返って大の字で転がっている。ドーラの諦めたようなため息は、聞こえなかったことにして、二人は部屋をでたのであった。
「「………………」」
二人の間にしばしの沈黙が流れたが、やがてドーラが明るいブロンドの髪を軽く振った。
「とにかく、あんたはんにはこの区画への立ち入る権限を付与しますけえ。そやけど、温度や湿度の管理もされてる部屋もあるんやさかい、許可された薬草室以外は覗かへんこと。宜しいどすなぁ」
ドーラの言葉に、アルバートは頷くしかない。アルバートに使用許可のでた第一甲板左舷三号室に出向いてみると、船が傾いても常に水平を維持するプランターや、水の供給用装置など様々な魔道具がところ狭しと設置してあった。生育条件さえ判れば、土自体は不要であり、昼夜の設定や、時間ごとの温度設定も可能らしい。
一通りの魔道具の使用方法と設定方法をドーラに聞き終えると、アルバートは喜々として作業に没頭しだした。
「ちゃんと艦内放送やシフト時刻の通知を確認して作業するのやで」
自分のアドバイスもほとんど耳に入っていないかのように、「あぁ」とだけ答えて作業に没頭するアルバートをみて、ドーラは少し悪戯心を起こした。
そっと育成室を出る前に、艦内放送や通知機能の音量を最大にして部屋のドアをすり抜ける。
「ほんまにおもろい人多いどすなぁ。それに免じて面倒事も少しは引き受けてあげまひょか」
そう呟いて歩き出すドーラは、何処か楽しそうでもあったのである。




