17.宣告……
「はぁ、やっと帰ってきましたね……」
時差も考慮して、日が暮れる前にアレキサンドリアに戻ってきた僕たちですが、さほどのんびりしている余裕はありません。他国の女性たちは、ちゃんと開放都市へと戻りましたし、貴族の令嬢たちは多少複雑な顔を浮かべている方もいましたが、概ね楽しんでもらえたようですしね。
ほっと息をついた僕の肩を、アレクシアさんがポンと叩いて軽くおっしゃいます。
「じゃあ、クロエちゃん。夕飯はリリーの処で反省会だからね」
「ちょっと待ってくださいよ、反省会なんてきいてませんよ……」
僕は悲鳴交じりに声をあげますが、アレクシアさんは聞く気が無いようです。
「安心していいわよ? 貴女だけじゃなく、イリスちゃんやユイちゃんにも聞いてもらう事があるだけだから」
なにか、とても恐ろしい事があるような、嫌な予感が僕を襲いますが、アレクシアさんはいうだけ言うとさっさと部屋を出て行ってしまいました。
僕がどう言おうが、アレクシアさんとリリーさんを含めた面々に、何かを言えるわけもありません。荷物をいろいろ片付けながら、反省会とやらを待つとしましょう……
*****
イリスさんの家エアリー家は、上層街の個人宅としては大きな建物です。もともと、ファロス島の居住区画第三層は、アレキサンドリア始祖四家の近親者が住む区画ですので、三層の四分の一をそれぞれの家が占めているんですよね。
区画自体はどの家も変わらないのですが、白家はもともと四家が集まって話をしたりする機会が多いので、食堂や厨房が大きいんですよね。それもあって、今回もイリスさんの家に集合するのはわかるのですが……
長テーブルの上座、短辺方向には誰も座っていませんが、窓側にはリリーさんとリリーさんの旦那様であるオスカーさん、アレクシアさん、エリックさんとエリックさんの奥様であるジェシカさん、海軍長官のジャスティンさんが並んで座っています。
始祖四家の家長がそろい踏みですが、末席にはなぜかイェンさんの姿もありますし、いつもと違う堅苦しい雰囲気の中で食事が進んでいますね。
(どんな反省会なんだろ……)
その対面に座らされ、戦々恐々とする僕ですが、隣に座るイリスさんやユイも同じ気分の様ですね。ユイと椅子を三つほど開けて座らされているのが、リアンとワイアット、そしてなぜかアーシャの姿も見えます。
(まさか、リアンの婚約発表会とはいいませんよね……)
(それなら私たちだけじゃなく、アーシャのご両親も来るでしょう?)
(でも、そうでもないと私やイェン、アーシャがここに居る理由が……)
膝上に置いたタブレットで、二人と会話しますが、結果はでませんね。話の進展を待つしかないようです。
和やかとは程遠い雰囲気の中で食事が終わると、グラスに飲み物が提供されます。鑑定魔法を使ってみると、かなり弱めのお酒のようですね。無詠唱で酒精を飛ばして、無害化しておかないと、過去の醜態を再度さらす羽目になりそうです。
全員の手にグラスが握られた事を確認した後、エアリー家家長のリリーさんの挨拶で、乾杯をした後、アレクシアさんがついに口を開きました。
「今日集まってもらったのは、あなたがたに対してアレキサンドリア共和国委員会からの通達事項を連絡する為です」
そう言って、一息ついたあと、アレクシアさんはエリックさんをうながしました。エリックさんは、微妙な表情を浮かべながら話します。
「まず、言いやすい話題から話そう。リアン、アーシャ」
エリックさんに呼ばれた二人は席を立ちました。エリックさんは二人をみて言葉を続けます。
「本日をもって、リアン・スミスとアーシャ・スチュアートの両名を、婚約者として認定する」
その言葉を聞いて、リアンは盛大に口にしていたお酒を吹き出しました。アーシャは顔を赤らめていますが、嬉しそうではありますね。
やっぱり、婚約発表? そう思った僕たちが拍手をしようとしたところで、リリーさんから目線で止められます。
「思う所はあるだろうが、続きを話させてもらうよ、リリー」
そしてエリックさんはリリーさんの顔をみます。リリーさんは僕たち一人ひとりの顔を見た後で、改めて口を開きました。
「みなさんが承知している通り、始祖四家の次期当主最年少のクロエ・ウィンターが今年成人を迎えました。これにより、アレキサンドリア共和国委員会から通達があります。
『始祖四家次期当主である、クロエ・ウィンター、イリス・エアリー、ワイアット・フィッシャー、ルゥオ・ユイの四名は、国内の異性より伴侶を定める事を、正式に要求する。
期限は、最年少であるクロエ・ウィンターが十八歳を迎える新年までとし、それぞれが伴侶を選べなかった場合、現当主が定める相手を伴侶と定める事とする』 との事であり、これは決定事項となります」
なっ……僕たち全員ですか。でも、ユイは始祖四家とは関係がなく、自由に伴侶を選んでもよいはず……
そう思って、イェンさんの顔をみますが、特に表情は変わりません。リリーさんが言葉を続けます。
「……それぞれ思う所があるのは承知しています。ですが、あなたがたは他国で言えば貴族と同じで、これは国家に対する義務です。力ある貴女がたを他国に娶らせるわけにはいかないのです。
ただ、私たちとしてもワイアットを含めた貴女がたに無理を言うつもりはありませんが、国内・国外からも強い要請を抑えるには限度があるの。私たちが貴女がたを守れる、この三年の中で自分自身で伴侶を選んでほしい」
傍らで、「俺はどうなんだよ……」とつぶやくリアンの声が聞こえますが、僕にはそれを茶化す気力もありません。イリスさんやユイの顔を見ても、僕ほどの動揺は無いようですね
。
軽く咳払いした後、海軍長官であるジャスティンさんから話が続きます。
「さて三つめの話だが、海軍からは任務を伝える。『クイーンアレキサンドリア』は、東方海域で警戒任務中の海軍一番艦の入渠に伴い、アレキサンドリア海軍の東方拠点である青玉島への出港を命じる。一番艦の改修と現地までの所用期間を考慮すると、三カ月ほどの長期任務となる。十分に準備をするように」
……これは、ある意味これから国内で起る騒動からの避難を命ぜられたと考えて良いでしょうね。
「今回は、アドバイザーとしてのオスカー副長の乗艦はあるのでしょうか」
ユイが船務長の顔になっていますね。動揺は全くないのでしょうか? ジャスティン海軍長官は、オスカーさんの顔をみて言いました。
「オスカー提督は、改修した三番艦に乗艦し、君たちが尽力してくれた南方海域での拠点の設営を行ってもらう。
東方には既に拠点があり、軍の将官も存在している為、アドバイザーの乗艦はない。既にオスカーに学んだように、任務に励むように」
そう言って、みなさんは部屋を出ていきました。直後に、僕は崩れるように椅子に座り込みます。
「……はぁ、全く想像していませんでしたよ。皆さんは平気なんですか?」
僕がイリスさんに話しかけたその向こうで、ワイアットがリアンとアーシャの二人にお祝いの言葉を伝えています。割とそつのない行動をする男ですね。
アーシャは信じられないと言った表情を浮かべながらも、ワイアットの祝辞にうなづいています。
ユイやイリスさんに促されて、僕もアーシャにお祝いの言葉を伝えた後、エアリー家を辞して自分の家へと向かいます。そして僕の後を、なぜかユイやイリスさんもついて来たのでした……




