1.加速していく……
『QA』の処女航海も無事終了しましたが、帰港した艦を待っていたのは、ドッグ入りでした。処女航海で問題のあった箇所の修繕や、破損個所の修復の為です。
被害体感システムも改修され、身体に反映される被害の上限が設定され、艦の被害によって僕自身が行動不能にならない程度に抑えられるようになりました。
その他にも、衝角攻撃時の破損個所の修復と、耐久力の向上や、ガラス部の防弾化なども施されています。
問題となっていた乗員不足に関しては、乗組員からの口コミ(二人部屋やトイレ・シャワーなど)が広がり、他の船からの転属希望も多く、問題無いように見えました。
しかし、もともと3隻で200名前後の規模の海軍ですので、『QA』ばかりに人を回すわけにもいきません。
各船のトイレなどは、ドッグ入りの際に改修することで、平等化を図る方向で軍部は動いており、『QA』に新たに乗組員を回す方向まではいかない予定です。
もともと、各船のドッグ入りしている期間を『QA』に肩代わりさせる運用予定でしたので、人員不足でも稼働できれば当面は問題ないという結論がだされてしまいました。
まあ、僕たちもずっと海上に出ているわけにもいかないので、3隻の海軍船にアレキサンドリアの海軍司令部に緊急連絡を入れる事が可能なシステムを装備し、問題海域に『QA』を派遣する方式で運用することが検討されているようです。
2月も末になると、『QA』も改修が終わりましたが、2つの理由で未だにドックに入渠したままです。
1つ目の理由は、海賊退治のうわさが広がり、下層街や開放都市に、各国から偵察に来たらしい人々が押し寄せた件です。
2つ目が同じ理由で、魔術技術学院【スクオラ・ディ・テクノロジア(Scuola di tecnologia)】への入学を希望する人が、急に増えてしまった為に港に停泊させていると、乗船しようとする一般市民+密偵が後を絶たないと予測された為でした。
『QA』の入渠したドッグは滝の裏にありますので、下層街からは近寄れませんが、それでも夜間に泳いで近づく人が居たそうです。
滝つぼも深く危険なので、禁止が出ているにも関わらずの行為なので、ファロス島の基部で軍港と商港を分ける方向で都市計画をする案まで出ています。
実際、商港機能は開放都市建都の際に、大きな船溜まりをつくりましたので、そちらに移転するようです。
ですが、商会なども全てを移すと下層街で生活する人々の利便性が悪くなると話題になっているようですね。場合によっては、地上をはしる電車をつくる必要があるかもしれないとのことですね。
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「はぁい、クロエさん。しばらくぶりですが、お元気の様ですわね」
魔術技術学院【スクオラ・ディ・テクノロジア(Scuola di tecnologia)】へ、ユイとイリスさんの護衛(最近ではお供になってるような……)をして、帰る前に四季のチッタ・アペルタ店に立ち寄った時のお話です。
「あれっ? エリーゼさんじゃないですか。今日は飛空艇の便はないのに、ここに居て大丈夫なんですか」
北部エリクシアを統括する、クラウディウス公爵家の一人娘エリーゼさんが、有能な事を僕たちは知っていますが、その分自分が負った責務を知っている、貴族としての矜持をもった方だったはずです。容易く遊びにきて領地経営を放り出す方ではないはず……
「まさかとは思いますが、密偵ではありませんよね? 帝政エリクシア本国が、噂の真偽を知りたいと思うのは当然ですし」
ユイがそう言いますが、僕は思わず吹き出してしまいます。ユイやイリスさんが呆れた顔で僕を見ますが、ついつい本人の前で声を出して笑ってしまいます。
「あは、あはははは、無理だよ、ユイ。密偵として送るには、エリーゼさんじゃ目立ちすぎだし、あはは」
笑い続ける僕をみて、二人も納得しかけます。
「……さすがはユイさんですわね。クロエさんも私を馬鹿にしすぎですわ」
えっ、という事は、マジでスパイなんですか? 笑いをおさめてエリーゼさんの顔を見上げると、苦笑していますね。
「そうおっしゃるという事は、本気で密偵をしに来たんですの? ロンタノ辺境伯も密偵を街に入れるなんて、よく簡単に認めたものね」
イリスさんも苦笑しつつ、エリーゼさんをうながし四季の店内に入ります。女主人に軽く挨拶をすると、心得たレギニータの案内で店の奥の階段をあがり、3階の一室に入ります。
4人掛けのテーブル席は、解放都市の中央にある、魔術技術学院【スクオラ・ディ・テクノロジア(Scuola di tecnologia)】を正面に見据え、オープンカフェからは、こちらの座席が見えないように配慮されています。ここなら、安全にお話できますね。
「それで、先ほどのお話は本当なのかしら?」
イリスさんの問いに、エリーゼさんは肩をすくめて答えてくれます。
「少なくても、オルティアはそのつもりですわね。ですが、わたくしは公的に認められた留学期間を楽しむつもりですわ」
ユイと僕は、エリーゼさんから出て来たオルティアとの、接近遭遇を思い出し、顔を見合わせます。
確かオルティアさんは、南部エリクシアを治めるレピドゥス公爵の娘さんだったはずですね。そして今の会話では、エリーゼさんに密偵を頼んだのは、オルティアさんという事ですね。
「……宜しいんですか? そんなことを私たちに話してしまって?」
ユイが質問しますが、エリーゼさんは気にしてないようですね。
「かまわないですわよ。あの方も私が秘密を探るようなことに向かない事は承知の上ですし。わたくしとしては、日頃頑張ってくれていた侍女たちにも、自由な時を過ごしてもらう事が目的ですもの」
エリーゼさんも大胆ですね。コリーヌさんの様に他国の貴族家の娘さんも、開放都市で暮らしていますが、エリーゼさんは帝政エリクシアの4公爵家の娘さんです。
そして、ここにはエリクシア東部属領などからやってきた、帝政エリクシアの被征服民もいるんですよ? 被征服民のいる街での高位貴族令嬢の単独行動なんて、普通はしませんよ。
まあ、あのロンタノ辺境伯が認めたという事は、なにかしら対策をとっているとは思いますが。
そんな事を考えていると、4人分のケーキと紅茶をもって、レギニータとコリーヌさんの二人がドアをノックして現れます。コリーヌさんも引き続きバイトを続けるようですね。
二人は僕たちの顔をみると、少し微笑みますが、見知らぬ人エリーゼさんの存在に、レギニータは多少気後れしているようです。確かに、エリーゼさんからは高貴なオーラというか、そういうものが発散されている気がするんですよね。二人が配膳を終わると、イリスさんが声をかけます。
「ちょうどよかったわ、レギニータにコリーヌさん。こちらのお嬢様はエリーゼ・クラウディウス嬢よ。帝政エリクシアからの密偵さんなので、気をつけてあげてね」
ちょっと、イリスさん、それを言いますか。案の定、二人は固まっていますよ。僕はエリーゼさんに気になっている事を確認します。
「エリーゼさん、オルティアさんは一体何を考えているんです? エリーゼさんが思った通り動くなんて考えてないんでしょう?」
僕の問いに、エリーゼさんは小首をかしげて考えますが、すぐに答えは出たようですね。
「彼女もわたくしが率先して機密を探るなんて思ってはいないでしょうね。ですが、わたくしがこちらで生活をして、見聞きするものの中に、帝政エリクシアにとって危険な存在と判断すれば、報告いたしますわ。
わたくしが危険と判断したものは、彼女にとってもそうでしょう。そして、それが最初に帝政エリクシアの障害となるものでしょうね」
エリーゼさんの言葉に、僕はうなづきつつも障害となるモノが想像できてしまうのでした。




