79.巻き込まれた人々
「はぁ、それで私に開放都市に行けと?」
自分を呼び出した女性をジト目で見つめる。本来は不敬ではあるが、仲が良いとは言えないが付き合いは長いので、いまさら相手もとやかく言いはしない。
「えぇ、貴女方であればアレキサンドリアの上層街とは言いませんが、開放都市には問題なく入場できるでしょう? それに、あの娘たちとも面識がありますもの」
オルティア・レピドゥス・エリクシアは微笑みながらそう言う。北部エリクシアと王都ガラティヤの間の街道は、王太子妃である彼女の命令によって、完璧といっていいほどに整えられ、清潔にされている為、黒死病を理由に王都への参集を拒めない。
「貴女の狙いはわかりますが、私が彼女たちの信頼を裏切るような真似をするとは限りませんわよ?」
エリーゼ自身もそれは疑っていないが、逆に帝政エリクシアに不都合がある情報であれば、やはり伝えるだろうことも承知している。要は積極的に機密を漁ろうとはしないだけである。
「勿論それで結構ですわ。かえって機密を掴もうなんて考える方では、かの国に疎まれてそうそうに引き上げる事になりそうですもの」
にこやかな微笑みを浮かべるオルティアであるが、付き合いも長いだけにエリーゼが自分の命令だけでは動かない事を知っている。本人は恐らく喜んでいるでしょうけどと、内心思いながらも、確実にエリーゼを動かす為には、あと一手が足りないことも。
「悪いお話じゃありませんでしょ? 開放都市に侍女のふりをして何度か渡航していらっしゃるようですし?」
チッと舌打ちが聞こえたが、あえてそれを無視してさらに笑みをますオルティア。帝政エリクシア貴族として、敵国認定されているアレキサンドリアに渡航している事実を、あえて指摘する。
「それに、行ってくださるのであれば、殿下にお願いをして、一代限りではありますがクラウディウス公爵家の女頭首として認めてもらう事も考えておりますのよ?」
「……その件に関しては、口約束じゃ引き受けられないわね。きちんとサイン入りの公文書を頂けるかしら」
オルティアは扇を開いて口元を隠しながら、にこやかにほほ笑んだ。少なくても、この件に関する人選では最良の人材を当てる事ができたのだから。
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「あ~、あの女ったら本当に嫌な奴ですわ!」
互いに相手の考えがわかる分、腹が立つのは倍増する。エリーゼは王太子妃宮に与えられた一室で、整えられたベッドから枕を取り出して壁に投げつけた。
その様子を、ヘルガはやれやれといった顔で見つめ、レーナとフローラは呆れ顔で見ている。
「そんなに嫌なら、お断りになればよかったじゃありませんか」
フローラの言葉に、エリーゼはキッとにらみつける。
「こんなチャンスでもなければ、大手を振って留学なんてできませんのよ? 女頭首は今後でもどうにでもなりますが、あの娘たちといろいろ楽しめるのは今だけですわ」
……どうやら遊びが主目的のようである。貴族のお嬢様方との付き合いなど、毛嫌いしている4人ではある為、それは判るのだが……
「あたしは良いとして、お嬢様方は社交界を離れるのはまずいんじゃないですかね? みなさん年頃なんですし……ヘルガ様を除いては……」
「……ほぉ、どうやらレーナは私に何か思う所があるらしいな。後でゆっくり話をしようじゃないか」
ヘルガはそう言ってにこやかにレーナを見るが、その目は全く笑っていない。戦役から3年が経ち、ヘルガも現在の年齢は21歳であり、貴族令嬢としては既に行き遅れの域に達している。
実のところ、東西エリクシアの有力貴族の中では、ヘルガを伴侶に求める意向が多かったのだが、20歳を超えたあたりから減少している。
当人やエリーゼとしても、自国貴族が女性に求めることなど承知しており、束縛を嫌うヘルガは喜んでいるが、他人に言われると面白くない年頃ではあった。
ひえっと声をあげ、フローラの背後に隠れるレーナであるが、エリーゼを含めて3人とも17歳であり、平民あがりのレーナはまだしも、エリーゼとフローラには毎週のごとく夜会やパーティーの話、縁談などが持ち込まれているのである。
フローラは下級貴族のため、上位貴族の招待を断れる立場にないのだが、エリーゼの侍女に無体なことはできないために、とりあえず平穏な生活が営めてるにすぎないのである。
レーナ自身は、公爵家に努めたことがあるという経歴だけで、多少行き遅れても街の商家などでは引く手あまたであるため、精神的な余裕はあるし、エリーゼが暇を許可すれば他国への移動すら可能なのだ。
話の風向きが怪しい方向に進んでいたため、ヘルガ自身も話題を変えた方が良いと悟ったようだ。コホンと咳ばらいを一つして話始める。
「確かにチャンスとは言え、クラウディウス家も北部全体の統括に、西部エリクシアの委任領もある。エリーゼが不在となると、我々も負荷が大きくなるな」
ヘルガの言葉に、フローラはうんざりした表情を浮かべるが、エリーゼはさらりという。
「何を言ってるんですの? 西部は既に定期的な補給体制が確立していますし、家令のセバスに任せておけば宜しいことですわ。
北部の統治は4侯爵に任せますわよ。二言目には世継ぎや婚姻を言い出すお年寄りに、わたくしたちが不在になればどうなるか、知っていただくチャンスです。
報告は定期便で届けてもらえば良いのですし、留学が終わった後、功罪に応じて対応することを伝えておけば馬鹿な真似をするほど愚かな方は北領には既に居りませんわよ」
驚いたのはヘルガとフローラである。今のエリーゼの話では、留学期間中は各貴族に治世をゆだねるつもりらしい。
「しかし、エリーゼ。急に治世を任せるといわれても各貴族も混乱するだけではないか?」
ヘルガの言葉に、フローラもうんうんうなづいている。
「みなさんが優秀なのはわたくしも知っておりますが、これだけの領土の統治を、優秀だとは言えたった4人の10代(一部20代)の女の子が担っていることが、そもそも間違いなんですのよ。
侯爵家も伯爵家も存在しているのですから、北領としての基本的な事項に違反しない限り、それぞれの所領はそれぞれの貴族家が運営すべきです」
正論である。北部の貴族たちは、のんきで気の良い人物が多いが、面倒ごとはクラウディウス公爵家の判断にゆだねる気風が強い。そう感じるのは、4人が度々下層街とはいえアレキサンドリアを訪れ、違いを直接感じるからだろう。
アレキサンドリアでは、身分はなく、誰もが等しい法の下に、自分自身の判断で生きている。法に違反せず、他人に迷惑をかけないように生きていれば、自分の自由に生活できる事は、4人には素晴らしいことの様にみえたのである。
「ちょっと待って。エリーゼ様、今のお話ですと、私たちも開放都市に行くことになるんですの?」
フローラに問われたエリーゼは、ヘルガ、フローラ、レーナの顔を見ながら当然のごとく言った。
「そうですわよ? 貴女がたも私と一緒に開放都市に赴き、8月までは週末便でくる領地の決裁や報告書の処理をするとき以外は自由に生活してもらいます。
これは、貴女がたの日頃の献身に対する、わたくしからのご褒美ですわ。もちろん、拒否することは許しませんわよ?」
巻き込まれた3人ではあったが、食事や買い物ではない、今までとは異なる環境での生活に、心躍るものを感じるのであった。




