74.騒動
本店からの応援と商品の補充が入り、さらに活気がます四季チッタ・アペルタ店ではあるがさすがにクラリスを欠いた状態では店外のオープンカフェへの注文品を届ける事が遅れ気味になる。
コリーヌも会計だけでなく、注文の品を各テーブルのお客様に受け渡しをしている中でそれは起こった。
「きゃぁ」、「何するのよ!」
という声が響き、カフェの一画、パラソルの下で騒ぎが起こったようだ。たまたま、そばにいたコリーヌは、椅子から転がり落ちた10才くらいの少女に手を貸して立ち上がらせると、少女を押しのけ席に座っている15才くらいの少年をにらむ。
「お客様、その席はこのお嬢さんの座席です。他の方と同じように、座席が空くまでお待ちください」
店の立場もあるため、努めて冷静にふるまっているコリーヌであったが、座席に居座った少年は、不快そうにコリーヌをみている。
隣に立つ20歳は明らかにこえているであろう青年も、テーブルに座る他の女性客を押しのけて、自分の座席を確保しながら周囲に宣言するように言った。
「この店は今からタラント伯が嫡子、エルモ様の貸し切りとなる。早々に立ち去るが良い」
この言葉に、周囲から非難の声があがるが、男は意に介した様子が無い。それどころか、少年はテーブル上の女性客たちが注文したケーキセットを素手でつかんで食べ始めている。
「それはこちらのお客様の物です。お止めください」
抱き寄せた少女が半泣きになっているのを見て、コリーヌが叫ぶが、エルモ少年は座席についた青年に目配せすると、青年ははポケットから一枚の金貨を取り出し、女性たちに投げつけた。
石畳の上を転がる金貨を見て、いかにも拾ってさっさと立ち去れという態度をみて、一部の客とコリーヌが更に怒りの表情を見せる。
そんな客たちの間を、騒ぎを聞きつけて来た女店主がやってきて背後にコリーヌと少女をかばって立ち、少年たちに言った。
「お客様、ここは『開放都市 チッタ・アペルタ』です。お国の身分は通用いたしません。また、お客様による貸し切りは承っておりませんので、お帰りください」
女店主の言葉に、周囲の客たちからも『そうだ、そうだ!』という同意の言葉と、『帰れ!』の言葉が二人の男たちにあびせられ、男とエルモ少年は不快そうに顔をゆがる。
「たかが平民の女が、伯爵家の嫡子である僕に逆らうのか? せっかく僕がひいきにしてやるといっているのに。
貸し切りがだめなら、店ごと買ってやるよ。さっさと、みすぼらしい客は帰らせて、店員の女どもは僕たちの相手をしろ。一人金貨1枚くれてやるよ」
その言葉にさらに周囲が反発するが、男たちは気づいていないのだ。開都から3カ月はたっており、『開放都市 チッタ・アペルタ』を訪れるアレキサンドリアからの観光客は減ってきているが、逆にこちらに店舗をだしたりすることで、常にそこそこのアレキサンドリアからの人の流入はある。
身分などない国民に対し、身分だけをカサに高圧的な対応をとるなど怒りを買うだけである。また、伯爵家は確かに高位貴族ではあるが、高位貴族の中では最下位の位置にある。
更に貴族としての地位と権利は頭首だけにあり、複数の爵位を持つ親から譲られていない限り、嫡男と言えど平民より少し上程度の権限しかなく、当然平民相手と言えど勝手に罰することはできない。
「タラント伯? アルべニア王国最北の弱小貴族でしょ。しかも、爵位も伯爵しかもっていないのだから、嫡子といえど土地も持っていない準貴族以下。手柄を焦って隣国にちょっかいを出しては、いつも追い返される弱小貴族家の嫡子がどれほどのものなんです?」
つぶやいた女店主の言葉は、しっかりと男の耳に入ったようだ。みるみる耳まで真っ赤にして女店主をにらんだ。
「貴様、我々だけでなく主までも馬鹿にするか!」
女主人は呆れたように男たちを見つめて、言葉を続けた。
「それに、貴方がたは勘違いしてるわ。貴族は貴族だから偉いんじゃない。いざ戦が始まれば、領民や国民を守るために戦場で戦う権利・義務があるから、偉いのよ。
自分は屋敷の奥に引っ込んで、部下だけを戦場で戦わせるような輩は、貴族本来の義務を果たしていないじゃない。挙句の果てに、自分自身が何も貢献しない他国の民や、他領の民に自分の息子やその護衛風情を尊重しろなんていう領主じゃ、どこが偉いって?」
険悪になった両者の下に、遅ればせながらも警ら隊がやってきた。両者と周囲の意見を聞き、タラント伯側が悪いことは判るが、貴族を警ら隊の詰め所に連れて行くわけにもいかない。
まして、今回の当事者はアルべニア王国貴族とアレキサンドリア共和国の代表的な店舗の店長である。どちらの肩を持つわけにもいかず、警ら隊の隊員はすっかり困り果ててしまった。
「どうやらお困りの様ですね。ここは、私に任せませんか?」
そして現れたのは、浅黒い肌に狐目の男。某食品メーカーを脅迫し、現金を受け取った男ではなく、アレクシスであった。この男、こういった場面では必ず現れる神出鬼没ぶりだったが、警ら隊側としては非常に助かる存在であった。
「なんだ、貴様は?!」
大抵の貴族家の者は、ロンタノ辺境伯の顔を知らない。アレクシスは第3皇子であり、長期間アレキサンドリアへ留学していたから、王宮に出入りしているような高位貴族でなければ、そうそう会うことは無かったし、二人の兄も、味方の中位以下の貴族をアレクシスに会わせて、味方に引き込まれる危険は避けたかったのであった。
彼は貴族に顔を知られていない事を利用して、この街での調停者としての裏の顔を楽しんでいたのである。
「私はアン・メディアトーレと申します。この街の行政府から調停者の役目を頂いております」
そう言って貴族側と話し始めるが、当然女店主にも、コリーヌにも正体はばれているし、市民の一部も知っている。市民はニヤニヤしてみているだけではあるが、女店主とコリーヌは呆れ顔である。
「ふむふむ、なるほどこちらのお嬢さんが粗相をして、貴方の服を汚した罰として、店を貸し切りにさせて自分たちを優遇を求めていると言う訳ですね」
「うむ、貴族として当然のことであろう」
男は満足そうにうなずく。アレクシスは、女店主とコリーヌ、そして少女からもそれぞれ話を聞くが、もちろんタラント伯の嫡子側からはクレームがはいるが、これも役目ですのでときっちりと話を聞く。少女から話を聞くときは、片膝をついて目線の高さを合わせる事も忘れない。
そんなアレクシスの様子を見て、にやにや笑いを深める一般人たちである。うんうんと一人でうなずいていたアレクシスは、ポンと左掌を右手で打って、運河までの左右の人込みを開かせると、タラント伯の嫡子にむかって言った。
「目撃者の証言などからすると、申し訳ありませんが伯爵家側の言い分が無理であり、不利となってしまいます」
そこまで言った段階で、貴族のいう事より、下賤な民のいう事を信じるのかなどと言われるが、それを制してアレクシスは言葉を続けた。
「とはいえ、貴族のお方が嘘を言うとは思えませぬ。このままでは、双方納得がいきませぬ。
そこでこういった、粗相をした店員の娘とお二人による木剣の打ち合いで勝負を決めませぬか?
娘一人とお二人の勝負、よもや貴族様が負けるわけもありませんが、勝った側の言い分をとり、貴族様側が勝てばお店を貸し切りに、娘側が勝てば、お店への立ち入りを禁止ということでどうでしょう?」
アレクシスはタラント伯側に見えぬように、コリーヌと女主人にウィンクする。すかさず、その意を受けた女主人が答えた。狐目でウィンクされても、わかる人間などほぼいないのではあるが……
「か弱い娘一人と、貴族様を戦わせるのかい? そんなの無茶だと言いたいところだけど、アン・メディアトーレの顔を立てて受けてやるよ。全く大損害だよ」
女店主迫真の演技である。負けなどあり得ぬ戦いで、この手の男たちが勝負を避けるわけもない。タラント伯の嫡子と護衛も、顔を見合わせて頷きあった。警ら隊から、暴徒鎮圧用のやや短めの木剣を借り受けて三人に手渡し、タラント伯側を運河よりに、コリーヌを店舗側に立たせて勝負の準備を行う。
「少しおびえた様子でお願いしますね。あぁ、殺すのは面倒になるのでほどほどに……」
勝負の前にアレクシスはコリーヌにそう伝えるのを忘れなかった……
結果は瞬殺である。これ以上は無いほどの……。男二人はコリーヌによって運河に叩き込まれ、まさか貴族様が負けてしまわれるとはと嘆くアン・メディアトーレと、市民たちの笑い声を背に、その場を逃げ出したのであった。
後日談ではあるが、ロンタノ辺境伯にとある貴族が、下賤な市民に恥をかかされたとの申立てを行った。
その貴族は、ロンタノ辺境伯と四季の女主人、女店員の謝罪を要求していたが、ロンタノ辺境伯と対談して、あの場にいたアン・メディアトーレがロンタノ辺境伯であるとしり、大慌てすることになったのである。
さらに、女店員が自分たちが国境を越えて侵入を繰り返し、撃退されていたミッテルベルヌ王国将軍、シャルル=ギョーム・ブランシェの愛娘であると知らされ、自分たちの挑発行為を国に知られてしまったのであった。勿論、辺境伯は裏をとって証拠は既に国王への親書として送付済みである。
その後、その貴族は無用な戦端を開こうとしていた罪により、爵位を奪われ何処かへと消えてしまったとの噂であった……




