70.結末……①
艦に戻った僕を待っていたのは、にっこりとわらったイリスさんと、頬を引きつらせているオスカー副長でした。しかし、お小言をきいている暇はありませんよ?
「海賊船団、第二波総数12隻きます、距離1km時隔11分、敵射程まで8分です」
「敵船団海賊旗掲揚11。1隻はその場で停船、R旗掲揚しております」
見張り員からの報告がはいり、二人とも不満そうにこちらを見た後、戦闘が先と結論付けて持ち場に戻ります。
「艦長、着替えをなさった方がよろしいですよ。こちらは、問題ありませんので。人魚族の皆さんも、宜しければサロンでお茶などいかがでしょうか?」
ユイの言葉にうなづいて、僕はそそくさと艦橋をでて自室に戻ります。さすがに、穴あきの服やススや海水で汚れた服では、人魚族の皆さんの前では失礼ですしね。
人魚族の皆さんも、10隻の船団との戦闘をみて、戦闘自体の問題はないと見たのと、やはり一方的な戦いをみて、殺伐とした感情になったのでしょう。ユイの提案にほっとした顔を浮かべて、サロンへと移動していきます。
艦橋区画から自室に戻った僕は、扉をあけて私室にはいります。はぁ、仮初の部屋とは言えホッとしますね。汚れたジャケットやスカートを椅子に掛け、軍帽や剣帯をデスクにのせます。髪紐を解いて、腰まである髪を下ろします。
胸元に流れた白髪の毛先を手にとり眺めてみます。そういえば、あまり手入れというか手間をかけていませんが、特に枝毛があったりはしませんね。
「はふっ」
ちゃっちゃとシャワーでも浴びてしまいましょう。シャワーブースで髪と身体を洗いながら、傷の有無を確認しますが、ほとんど傷は見当たりませんね。さすがに、レイピアが貫通した部分だけは、他の部分より淡い色になっています。
「status check」
ゲームと違って数値化はされませんが、情報量が多いので問題のある個所のみ表示されています。
腹部については、内臓も幸いにして修復は完了しているようですが、完治まではあと数十分はかかる見込みです。
イリスさん達医療班であれば、すぐに治せるのでしょうけど、僕の技術では応急処置が精一杯です。そして、ある事に気づいて更に落ち込みます。
「むぅ、視線を落とすだけで傷の確認ができるというのは……多少なりと落ち込むものですね」
一葉との過去のやり取りを思い出して、少し悪いことをしたと思います。女子になって初めてわかる事もあるんですよね……
*****
新品のジャケットに、スカート、定番のニーソ仕様の脚防具などを身に着けて、サロンを訪れて人魚族の皆様と対話します。治療に協力していただいた時に、簡単なお礼をしましたが、深夜でしたのでさほどお話はできませんでしたからね。
「先日は私自身の治療にご協力いただいて、ありがとうございました。皆さんとのお約束も、今日で無事果たせるかと思います。これは私個人からのお礼ですので、宜しければ食してみてください。レギニータ嬢にも好評でしたので、皆さんのお口にも合うと思うのですが」
エマとジェシーに給仕してもらって、四季の新作ケーキやチョコレート菓子、紅茶などを提供してみます。
レギニータからの事前情報では、アルムニュール国はフルーツを使った氷菓子などはあっても、チョコレートは飲み物としてしか存在していないので、珍しいものも多いでしょう。
「へぇ、レギニータの奴、こんな物を食べているのかい?」
緑髪の人魚さんが、イチゴショートケーキを口にしながら僕に問いかけます。
「いえ、このイチゴショートケーキは、イチゴが希少種でして用意できる数が少ないため、僕個人が『特別なお客様』に提供させていただいている物ですので、レギニータ嬢も食したことはないはずです」
それを聞くと満足げにうなづきます。特別という点と、レギニータも食べたことがないという事がご満足いただけたようです。
「人族には、変わった食べ物があるものだな。われわれも陸者から果物を仕入れるようになって久しいが、これはこれで甘味や食感がすばらしい」
武人風の黒髪の人魚さんが、チョコレート菓子を食べながら、賛美します。
「ただの氷に色付きの液をかけただけの代物が、こんなに美味しいなんてね」
金髪で小柄な人魚さんの言葉に、みなさんがうなづいています。
「皆さんに喜んで頂いて、こちらとしては喜ばしいことです。今回の私の治療に当たって、皆さんとのお約束した件は全て果たしたことになると思います。
ですが、この海域での海賊に対する対応は、アレキサンドリア側としても海上交易の要ですので、今後とも継続していくことになります。そこで皆さんにご相談なのですが……」
僕がお願いしたのは、オスカー副長と事前に打ち合わせておいた件で、海戦の行われた島である『アネル・デュプロ』を租借できないかという事です。
あの島は、地形が切り立った岩山とサンゴ礁で構成された島ですし、真水を得る事ができないために無人島となっています。しかし、嵐を避けたりするには良い地形なので、時折交易船が立ち寄るために、海賊のねぐらの一つになっています。
そこをこちらの拠点の一つとして借り受ける事ができれば、海賊退治にも役に立てますし、修理や休憩ができれば海軍の戦闘継続能力も上がるはずです。
「ふむ、悪いがこの場で結論は出せないよ」
「えぇ、問題はありません。こちらとしても準備が必要ですので」
『長』の言葉に僕が返事をすると、他の人魚さんから質問が上がります。
「島を拠点とするということだが、海を汚されるのなら返事は『否』一択だが、どうなんだ?」
武人風の人魚さんに問われます。僕はにっこりほほえみます。
「もちろん、この艦で使用している汚物浄化システムを設置させていただきますよ。それに、休憩地としても使わせていただきたいので、許可された場合には、いま皆さんに食べていただいた、デザートの販売店である四季の支店も置くようになるかと……」
僕の言葉で、人魚族のみなさんもピクッと身動きします。ふふふっ、胃袋をわしづかみされた後のこの提案はいかがでしょうか?
「……それは、その島を訪れた者も購入できるということで良いのかしら?」
銀髪で目をずっと閉じている人魚さんが質問してきます。僕は片頬に人差し指を当てて、小首をかしげて考え中を装い話します。
「そうですね。みなさんのご理解が頂けるのであれば、軍以外の民間区画に出店することも可能かと……
あぁ、その際には治療院の設置や、汚物浄化用の魔道具の販売店なども出店できるかもしれませんねぇ~。なんでしたら汚物浄化用の魔道具を設置したトイレなんかを、イハ・セリアに試験的に設置して性能を確認していただいても……」
人魚さん達も、人型で食べる物を食べれば出る物も出ますからね。海を汚すほどの量ではないにしろ、自分たちの居住地での汚物が、海に流れている事を気にならないはずはありません。プールでおしっこをしている人のそばに寄りたくないというか、同じ水につかりたくはない気持ちは変わらないでしょうからね。
「「「「「「……」」」」」」」
うんうん、もう一押しできそうですね。
「人魚族の方がすすめれば、国としてテネリなどの都市部に、大規模な汚物浄化システムなども設置できる日もくるでしょうね。人が増えれば、出る物も多くなりますから、多少なりと海も汚れていきますし、そういった問題にもお力になれればいいかなぁと……」
「……なぁなぁ、おまえの国では他にも、もっと美味いものがあるんだろ? そういう店も……」
おっと、汚れよりも食事で押した方がよさそうですね。ふふふ、ほぼ勝負ありましたね。
「えぇ、これらはデザートですから、他にも多様な食事はありますね。当然そういった食事も提供する店舗も、皆様の許可があれば出店できるかと……」
ガシッっと僕の肩を人魚族の『長』さんがつかみます。そして、他の代表者さんをみて言いました。
「さて、この提案に対して皆は……「「「「「『是』!だ」」」」」」……」
おや、賛成が5人? 一人足りませんね。僕や『長』さん、他の代表者さんの視線が、緑髪の人魚さんに集まります。そして、緑髪の人魚さんは口を開きました。
「あたしは『否』さ。不味いものはお断りだからな。あたしの舌を納得させてくれれば、いくらでも賛成してやるよ」
緑髪の人魚さんの言葉に、みなさん「おおっ」とか言ってますね。よろしいでしょう、少し時間は早いですが、艦内食堂に皆さまをご案内しようじゃありませんか。
「では、艦内食堂にご案内いたしますね。本艦の食堂は、本国の一流店にも負けはしませんので、皆様もきっと満足していただけると思います」
皆さんを食堂に案内する途中、医務室でレギニータを強制連行します。食堂についた僕たちは、シェフにお願いをしてみなさんが食べてみたいものを作っていただくことにします。
あぁ、もちろん名前だけではわかりにくいでしょうから、写真入りのメニューを皆さんに見ていただいたうえで注文していただきました。
結果? ふふふっ、答えはレギニータが皆さんに半ば本気でボコられたことでわかるかと思います。理由? それは、『一人だけ良い思いをしやがって!!』だそうでしたよ




